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嫌な不穏回

   僕とライトは生まれた時からいつでも一緒だ。離れた事はないけれど、二人がバラバラになったら僕は死んでしまうと思う。

   二人で協力して色んな情報や音楽、人の声をご主人様に届けることが、僕達が生まれた意味だ。その役目を果たせないものは、ご主人様に捨てられてしまう。お金を払って買っていただいたのだから、当然だと思う。僕達の仲間はそうやって役目を果たし、そして捨てられてきた。運が悪いケースだと、猫に噛み千切られてダメになった子達もいるとか。  


 僕達二人のご主人様は、眼鏡のよく似合うお兄さんだ。僕達みたいな小物でも丁寧に扱ってくれる優しい人。踏んづけたり引っ張ったりもしないし、僕達はこのお兄さんのために働けて幸せだ。

   お兄さんは仕事熱心なので、家に帰ってからもパソコンを開いて仕事をしている。そんな時に僕達の出番だ。お仕事をするBGMとして綺麗な音楽を届ける。真面目で堅苦しい見た目に反して、ヘビーなロックが大好きなお兄さんのために、僕とライトは一生懸命歌っていた。


   でも最近、お兄さんは可愛い曲ばかりリクエストする。若い女の子が好きそうな恋愛ソングばっかり、しかも同じ曲を繰り返し聴きたいらしい。それはこの間お兄さんにできた彼女さんが好きな曲だから。


   その中でも『ココア』は二人の初デートの時に歌った思い出の曲だ。そうそう、彼女さんに可愛いねって褒められたの、嬉しかったな。「バニラ色で可愛いね」って。お兄さんは僕達の色なんて気にしてなかったみたいで、「そうかな」って笑っていた。とっても楽しそうだったから、今度のデートも僕達頑張らなきゃだねってライトと笑った。  

 お兄さんも彼女さんも僕達二人も待ち望んでいた今度のデートは、土砂降りの日だった。僕とライトは雨があんまり得意じゃないから、お兄さんが今まで濡れないようにしてくれていた。


   でも今日はお兄さんと彼女さんのデートの日だ。お兄さんは彼女さんのことで頭がいっぱいだったみたい。一つの傘をお兄さんと彼女さんで分けっこして、僕達二人はギリギリその傘に入る所で音楽を添えた。


   でも強い風が吹いて、お兄さんとライトがびしょ濡れになった。お兄さんと彼女さんは顔を見合わせて笑っていたけれど、ライトは何も言わなかった。お兄さんは眼鏡を拭いている途中にライトの異変に気付いた。

   僕は一生懸命『ココア』を歌ったけれど、ライトは一言も発しなかった。やがてお兄さんは、僕達に歌わせることをやめた。  

 二人のデートが終わってから、お兄さんはもう一度僕達に歌うよう指示した。僕はまた精一杯歌ったけれど、ライトは何も言わなかった。いや、言えなかった。ライトは壊れてしまった。  

 それ以来、ライトは声が出なくなってしまった。優しいお兄さんだったけれど。片方使い物にならなくなったらあっさり捨ててしまうんだなと思った。僕達はゴミ箱に投げ入れられてしまった。数日後、お兄さんは新しいものを買っていた。「今度のは黄色にしたんだね。これも可愛いね」彼女さんは満足そうだ。  

 なんだか、さみしくなった。僕はまだ歌えるよ、頑張るから僕を捨てないで。捨てられたライトが捨てられた僕を見てボロボロ泣いた。声は聴こえなかったけど、「ごめんね」と言ったのが口の動きで分かった。僕はずっとライトの隣にいた。僕達は生まれた時からいつでも一緒だ。  

 僕達は灰になった。

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