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綺麗なもの

   もう高校生なんだし一人で行けるでしょ?と母親に言われ、田舎のじいちゃんの家に向かっている。昨日じいちゃんが軽トラを脱輪させ、その時の衝撃で腰を痛めてしまい、店を空けられない両親に変わって俺が来たという訳だった。


   じいちゃんばあちゃんの住んでいる地域は自然豊かで近所付き合いも密接で、要はド田舎だ。最寄り駅からバスに乗って三十分かかるし、途中で「これが最後のコンビニです」と書かれた看板が立っているし、気軽に足を踏み入れてはいけない雰囲気が漂う土地なので、一人で来ることは今まで一回もなかった。
 


 バスに乗っても降りてもじいちゃんばあちゃんの知り合いから声を掛けられ、道に迷うことはなかったが、じいちゃんの家に着いてからどっと疲れが出た。着いたはいいけど土産渡したらいそいそと準備して俺に出すし、手伝うことあるか聞いても二人とも「顔見せてくれるだけでいいんよ」って言うし、すぐお小遣い渡そうとしてくるし、俺が来た意味を考えてしまうな。なんならじいちゃん畑仕事してたし。
 

   翌日は学校だったので始発の電車で帰ることにした。ばあちゃんが作ってくれた甘めの稲荷ずしと、実家へのお土産の野菜で、行きよりも荷物が倍ぐらい増えた。最寄り駅ではICカードが使えないから、切符を買ったのに駅員が爆睡していた。申し訳なくなりつつ駅員を起こし、改札を通ったが誰もいなかった。


   まだ四時……、あと三分で五時になる。日の出前のこの時間は蝉も寝ているのだろうか。やけに静かで、自分以外に誰もいなくなってしまったみたいで、寂しいような、この瞬間が全部自分のもののようで嬉しいような、何とも言えない世界。薄暗い空、小さく枝を揺らす木、軋む色褪せたベンチ、青々とした田んぼ。今この瞬間だけは俺の世界だ。
 


スマホを持つ手を明かりが照らす。雲間から太陽が顔を出していた。すかさず持っていたスマホで撮り、空も、木も、ベンチも、田んぼも撮り、あいつに送った。まだ寝てたら悪いな、と思いつつ電車を待つとすぐにスマホが振動した。

「おはよう。綺麗だね。
 おるばくんは、綺麗なものを見つけるのが上手だよね」

   そうだとも。俺が見つけた一番綺麗なものに、俺の世界を知って欲しくてさ。

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