【マギ考察】バルバロッサとヒトラー
バルバロッサと、ナチス・ドイツを率いたヒトラーの類似性について書きました。
シンドバッドの冒険の13、14、15、16巻のネタバレが含まれます。
よろしくお願いします。
バルバロッサはもともとパルテビア帝国の左府将軍でしたが、クーデターを起こして国の在り方を君主制から立憲君主制へと変革させたのち、独立国民党党首になりました。その後、選挙に勝利し、劣悪種と見なした人々を排除する優生思想を持つ独裁者へと変貌していった人物です。
〈時代背景〉
突然の国王の病死、皇女の失踪、即位した皇子はまだ幼く、加えて、停戦条約によるレームや国外への賠償金がパルテビアの国民をさらに不安にさせていた──…
それを打開したのが当時左府将軍だったバルバロッサの改制だった。パルテビアは君主制をやめ、政権を国民組織に委ねる立憲君主制へと転換した。この改制によりパルテビア国内では多くの政党が台頭し、選挙によって自治政府を国民が決める国へと変わっていった──…
バルバロッサ率いる独立国民党が、パルテビア政権選挙で勝利を収めたという報告が入った。
マギ世界においてパルテビアは、王に権力を持たせない政治体制の先駆けとなった国です。もちろんセイラン王はいますが、今の日本の天皇のようにあくまで象徴の役目しかありません。実質的には政党、議会、選挙に勝利した党による内閣だけが国を動かす力を持っています。
この歴史の流れは、ヴァイマール共和政下のドイツに少し似ていると思います。ヴァイマール憲法は君主制を廃止し、国民主権と普通選挙を認めていました。そしてこの憲法はナチス時代に消滅することになります。
モブ「戦争での多額の賠償金を返済しながら、国民の失業率を抑え経済回復に努めていましたから。」
パルテビア帝国はシンドリア商会を誘致したことで多額の資金を手に入れ、国外への賠償金も徐々に精算を始め経済復興を進めていた。
バルバロッサ率いる独立国民党の成果はこのように描写されています。
ここから読み取れるのは、パルテビア帝国には停戦条約で賠償金が課されており、バルバロッサがその返済に取り組んでいたことです。
ドイツも第一次世界大戦後にヴェルサイユ条約で多額の賠償金を課されており、更に世界恐慌が発生して経済が混乱したことが、ヒトラー台頭の要因の一つになりました。ヒトラーは、アウトバーン建設事業で雇用を生み、失業率を抑制する試みをしていたようです。(その成否は自分には判断できません。)
〈総統〉
ヒトラーは法律によりドイツを全く異なる政治体制へ作り替えています。たとえば1933年の全権委任法は、ヒトラー内閣に、憲法や議会に縛られない無制限の立法権を認める内容でした。また同年の政党新設禁止法により、ナチスはドイツ唯一の合法政党となり、一党独裁体制を確立させました。政治や社会を同質なものに変えていくGleichschaltung(均制化)のために、国民啓蒙・宣伝省も作られています。
1934年、大統領の死後、ヒトラーは大統領と首相の権限を統合した“総統”として、ドイツの最高指導者になりました。
現在パルテビア帝国はバルバロッサ率いる…独立国民党の支配下にあり、帝国の名こそ変わらないものの、実質まったく違う国へと作り変えられてしまった。党首バルバロッサは自らを「総統」と役職を改め、国の最高指導者として君臨するようになり、民衆から圧倒的支持を受けていた彼は、独裁政権のもと国力をより盤石にしていった。
この記述から、バルバロッサも総統の役職に就き、帝国を作り替えていたことが分かります。
メンフィス「彼らは政党の者でもなければ、思想統一もされていないような烏合の衆です。」
この台詞から、独立国民党には思想を統一するという行為が存在していたことが仄めかされています。
〈カリスマ〉
ヒトラーはカリスマを持っていたとされ、プロパガンダや演説で大衆を惹き付けたことが知られています。
バルバロッサは外交上手で、シンドバッドの国籍と絡めて活躍を褒めたり、パルテビア国民ではないマタル・モガメットさえ優れた能力を褒めて協力を持ちかけたりしています。
また、ヒトラーと同様に演説で人を魅了します。
ファーラン「私の精神魔法で聴衆は心を傾けやすくなる。これによりあなた様の支持は磐石に…」
バルバロッサ自身も人心掌握を得意としていることは作中で何度も語られていますが、パルテビアの宮廷魔導士ファーランがバルバロッサの演説時に魔法をかけることで、より効果を高めていたようです。
モブ「バ…バルバロッサ党首!! 自分は…先日の党首の演説に感動し、党員に志願しました!著書も愛読しています!! パルテビア国民による、真のパルテビア帝国を作る…その理想に自分も加わりたいです!!」
実際、演説に魅了されてバルバロッサを強く支持するようになるケースがあることが分かります。
因みに「著書も愛読しています」という台詞からバルバロッサが本を出版していることが分かりますが、ヒトラーにも自らの政治的世界観を綴った『我が闘争』という著書があります。
その後のシーンで、バルバロッサはシンドバッドにも自著を渡しています。その内容は独立国民党の理念と今後の政策展望のようです。
〈人種主義・優生思想〉
ヒトラーはアーリア人と非アーリア人を分け、前者の優位性を謳い、後者を差別しました。
『我が闘争』の中で、ヒトラーは人種の最上位にアーリア人を位置づけ、特に純粋なゲルマン民族を存続させなくてはならないと記しました。一方、非アーリア人の劣等性を信じており、とりわけユダヤ人を強く憎んでいました。1935年のニュルンベルク法ではその人種理論が制度化され、ホロコーストに繋がっていきます。ホロコーストは国家規模で組織的に行われたユダヤ人の大量虐殺です。
またそれだけでなく、ヒトラーはT-4作戦というプログラムで精神障害者・身体障害者の殺害を許可しました。実際には命に価値をつけることなどできないのに、この政権下で生きるに値しない生命だと見なされたためです。同性愛者も迫害を受けました。生殖が全てではないにも関わらず、ナチスにおいて、アーリア人の生殖に貢献せず出生率を下げる存在と見なされたためです。
バルバロッサ「多様な種族をまとめ彼らを率いているのは…パルテビア人である君じゃないか。」
俺が特別なのは「パルテビア人」だから。突飛な話だが、そう教えられたら民族意識は高まり、自分の血に、絶対的な自信と誇りが持てる…不思議と自分が選ばれた存在なのだと錯覚させられてしまう。
シンドバッドの冒険では、バルバロッサがシンドバッドの優秀さや統率力を“パルテビア人だから”と民族に帰属させながら賞賛しています。シンドバッドはそれが甘言になりえると看破しています。
バルバロッサ「パルテビア人こそ世界で最も優れた人種であり、今のように不当に扱われていい人間ではないのだと。」
バルバロッサの価値観の中では、パルテビア人が人種の最上位です。
バルバロッサ「劣悪種は存在自体が害悪なのだ。人を惑わし堕落させ、いずれまた国をダメにする。排除しなければならない。」
一方で、バルバロッサは“劣悪種”と呼ぶ人々を嫌っています。
バルバロッサが持つ“優れたパルテビア人” “劣悪種” という価値観は、ヒトラーの優れたアーリア人・劣等の非アーリア人という価値観によく似ています。
〈虐殺〉
「パルテビア軍がやってきて国家に反逆する非国民を集めると…そう言われてこの施設に送られた。ここは軍の人体実験場だったのよ。人間を化け物に変えてしまうための。」
「迷宮生物という化け物と融合させられ、その実験で失敗したできそこない…私たちは処分される。その時までここに閉じ込められているのよ。」
「何をしようともこの国で異を唱えれば「非国民」よ。それは今でも変わらない。そうやって自分にとって邪魔な存在を排除していくのよ。」
バルバロッサ政権下のパルテビア軍は劣悪種と見なした人々を施設に輸送し、人体実験に使っています。
この状況は、ホロコーストとの共通点を見いだすことができます。当時、ユダヤ人は強制収容所に送られ、殺されたり、強制労働に従事させられたり、中には人体実験を受けさせられることもありました。
〈違い〉
ヒトラーとバルバロッサの違いは、排除した対象です。
ヒトラーは主にユダヤ人を大量に虐殺しましたが、ユダヤ人の定義を血統で細かく定めていました。一方でバルバロッサが排除していた“劣悪種”の定義は作中で述べられていません。確かに彼の語るパルテビア人優位の言説から、非パルテビア人が劣悪種に含まれそうなことは推測できます。しかし、シンドバッドと同じ村に住んでいた人々が“非国民”として人体実験の対象になっていること、自身を裏切ったシンドバッドを途中から劣悪種に認定したことからも、彼の中の劣悪種の定義が単なる国籍や民族ではなく、イデオロギーを含みうることが推測できます。
もしかすると、マギ世界には宗教・人種・言語の違いが少ないため、史実におけるユダヤ人の立ち位置を再現しづらかったのかもしれません。
〈おまけ〉
ヒトラーの生きた時代は近現代であり、シンドバッドの冒険の時代設定とは大きく異なります。そんな中、バルバロッサの金属器グラシャラボラスは、命ずることで鋼鉄と思しき液体を撃つ様子が銃弾に似ていて、マギ世界の中ではかなり近代的な印象です。「殺戮と傲慢」のジンであることも、ナチスのイメージに近いかもしれません。
バルバロッサの名前の由来は、ナチス・ドイツが目標とする生存圏獲得のために行われたソ連侵攻の“バルバロッサ作戦”だと思います。
〈まとめ〉
バルバロッサ「シンドバッド。あそこで何かあったのかな?」
シンドバッド「………いいえ。何もありませんでしたよ。」
シンドバッドは人体実験場を見た際、人権意識と自身の夢とを天秤にかけ、見なかったことにしました。
きっとヒトラーも一人だけではホロコーストを実現させられませんでした。自身に協力する組織と傍観する人々がいて、あの規模の虐殺を実現できるようになったのだと思います。
当時のパルテビアでは、バルバロッサだけが悪人なのではなく、国民と、シンドバッドも含め、みなが共犯関係にあったのだと考えています。
もしも自分があの瞬間のシンドバッドと同じ立場に置かれたらと想像すると、自分の立場を悪くしてでも人体実験を訴えるなんてできない気がします。
ありがとうございました。