第四章 リモートワークで組織マネージメントを成功させるために必要なバリュー(価値観)とは?
組織がより生産的に快適にリモートワークを行っていくために必要なものとは何だと思いますか?
そう問われると、SlackやChatworkや Zoomのような、リモートでもコミュニケーションを円滑に行うためのツールが頭に浮かぶ方も多いのではないでしょうか?
実はこれらよりもっと大切なものがあります。それは組織としての「価値観」です。
どんな組織、会社においても、組織を動かしていく上でその組織に所属する人たち全員が共有すべき組織の価値観というのは元々あると思います。
しかし通常時のオフィスで働いていた際には正しいと感じられていた価値観の中には、リモートワークを行っていくためには、手放したほうがいいものもあります。
この章ではリモートワークをする組織に必要な価値観について、オールリモートワークを導入しているアメリカ企業GitLabさんのハンドブックを元に解説していきます。
リモートワークを行う上では、組織に所属する人間全てが組織の価値観を共有しなければならない理由
テクノロジーやツールによって、会社はリモート環境でも効率的に業務を遂行する手段を手に入れました。
それらは自宅で作業をしていても、オフィスにいる頃と変わらないコミュニケーションを取ることを可能にしてくれました。
それにもかかわらず「リモートワークはやはり作業効率が落ちる」「仕事がやりにくい」という声をこの数年よく聞くのはどうしてでしょうか。
それは、円滑にリモートワークを行うためには、まずは優れた企業の価値観を創ることに注力し、次にそれをサポートするツールを活用することが重要だからです。
「自走する」コロナ禍前から日本のベンチャー企業などでよく使われていた言葉ですが、リモートワークが本格的に導入されるようになり、この言葉はさらに多用されるようになりました。そしてこの言葉が原因でのトラブルも、さらに増えたように思います。
なぜなのか?ちょっとこれはある2つの企業のお話なのですが、お読みください。
<日本の企業S社>
A課長:今度のECサイトのテコ入れプロジェクトだが、B君に任せようと思う。
B君:ありがとうございます、がんばります。どこから手をつけていきましょうか、目標値とかはどのように...
A課長:そこらへんも全部任せたから、自走してがんばってみて。
B君:わかりました。(広告、商品仕入れ、クリエイティブの改善、売り上げUP、やることたくさんあるけど、全部自分で考えていいなんてやりがいのある仕事だなあ。)
A課長:それから今リモートだけど、月1回は出社して進捗報告して。大事なことはやっぱり対面で聞きたいから。そのほかにも私になにか質問があるときはアポを取って。ZOOMミーティングで話すから
(1ヶ月後)
A課長:で、進捗はどう?
B君:まず、FB広告に1000万円使って...
A課長:はぁ?!今回のプロジェクトの予算は全体でも400万円だぞ。だいたいなんでFB広告なんだ、もっとよく考えろ!
B君:(予算400万なんて聞いてないし)わかりました。それで、売り上げ率は前年125%増を目指すために...
A課長:それでいいのか?
B君:え、ダメですか?
A課長:それじゃあダメだと思わないのか?よく考えろ
このあと、A課長の納得する答えをB君が出すまで、会話のラリーは続きます。
<アメリカの企業R社>
C課長:これからECサイトのLINE登録者数を前年の35%UPさせたいと考えているんだ。総予算は350万円、期限は3ヶ月後なんだけど、お願いできるかな?
Dさん:はい、やってみます。
C課長:予算内で結果さえ出してくれれば、やりかたは任せるから
Dさん:わかりました。(LINE登録者数を増やすことに集中すればいいのね、それならできそう)
1ヶ月後
C課長:進捗はどう?
Dさん:インスタのインフルエンサーの人たちにうちの商品をまず使ってもらって、認知してもらうのと、あとは Twitterのキャンペーンを打ちたいのですが、インフルエンサーの人への報酬の金額感がわからなかったり、前にもキャンペーンってやっていたと思うんですけど、その時の反応を知りたいのですが
C課長:あ、それだったら前にEさんがインフルエンサーの人と何か仕事をしていたから聞いてみたら?ただ、Eさんは今時短勤務で10〜14時の間しか返事は返せないらしいから、時間外なら質問をSlackに入れておいたらいいよ。Twitter関連は共有ドライブのTフォルダーに入っているから自由にみていいよ。
Dさん:わかりました。
3ヶ月後
C課長:目標達成おめでとう!このことはSlackの一斉通知でみんなに周知したから。
Dさん:ありがとうございます!
この2つの会社の違い、お分かりになられましたか?
あなたはどちらの会社で働きたいですか?
日本の企業S社のB君「大きな裁量を任せてもらえた」と、はりきっていましたが、彼が立てた計画は会社の方針とは合わなかったようで、ひっくりかえされていましたね。
対してアメリカ企業のDさんは、裁量の範囲は小さいですが、明確な目的とゴールのもと、社内のルールや価値観に基づいて仕事をするので、迷いも少なく結果を出すことができました。
この違いは日本とアメリカの「自走しろ」の意味合いの違いのあらわれです。
日本の企業の「自走しろ」は
何も決めてないから、目標から自分で考えろ
あとからそうじゃないという、後出しがかなりある
しかしそれを自走と呼ぶ
裁量があり、任せてもらえ、自走させられ、ルールがない、一見自由で働きやすそうに見えるかもしれません。しかし、明確な指針のない中0から考えさせられ、任せたと言われながら口を出され、うまくいかなければ責任を負わされる。これはかなりきつい働き方です。
アメリカのR社のような事例は、GitLabさんのハンドブックでも明記されています。ここでも「自分で考えて自走しろ」とは言う定義なのですが、考え方が日本とは180度違います。
成果は指示するので、この成果を出せ
与えられた範囲内で自由にやっていい
むやみに人の手を止めてはいけない
成果を出していれば不正じゃなければ、細かいことは問わない
成果を重視する
自走してくれ
裁量は少ないですが、実はきちんと定義やルールがあり、決められた範囲のことだけを考えればいいのは、生産的だし、その責任者にとっても精神的な負担も少ないです。
「そんなのではクリエイティブなしごとができない」「人として成長するのは日本のS社のような働き方だ」と考える方もおられるかもしれません。
確かにオフィスで働いているなら、この自走の仕方でもかなりがんばればやれるかもしれませんが、会社の人たちと顔を合わすことなく、基本個々で働くリモートワークでは、非効率的ですし、非生産的であり、無理な働き方です。
コミュニケーションを取りづらい、リモートワークを選んだ会社が取るべきやりかたは、個人で判断する部分を限定的にして迷いを少なく、本当に考えなければいけない1つのことに対して集中させるられるよう、会社としての価値観を整理し、会社全体で徹底することです。
リモートワークを推進していくために変えていくべき5つの価値観
リモートワークを円滑に進めていくためには、オフィスで働いているときには常識とされていた、いくつかの価値観を手放し、リモートワークをしやすい価値観に入れ替える必要があります。
ここでは「どんな小さな事柄にも責任者を置いて決断する権限を与えておく」というGitLabさんが採用しているルールを前提に5つの価値観へのシフトについてお話しします。
1.非言語情報重視から言語化情報重視へ
人間は話す言葉、書く言葉という「言語情報」と、話している相手の表情や、しぐさ、空気感などの「非言語情報」をもとに判断したり行動する生き物です。仕事で本質的に重要な情報は「言語化情報」ですが、オフィスワークの上では円滑なコミュニケーションを取っていく上で非言語情報が多用されていました。
結果が出ずに不安になっている部下に対して、優しい目で「大丈夫だよ」という、缶コーヒーを机の上に置いて「おつかれさま」とねぎらう、これは「非言語情報」によって「不安」そのものを減らそうとするありがちなマネージメントです。
しかし、リモートワークをする上ではこれらは難しい手段です。
ですから、非言語情報を使いづらいリモートという状況では、そもそも不安が生じないように、ストレスを生み出す業務フローを改善したり、再現性のある「成果を出す仕組み作り」を作るというように言語情報を成長させる必要があります。。
もちろん、人間はロボットではないので、非言語度をゼロにすることは現実的ではありません。だからGitLabさんでも「リモート原理主義は非現実的だ」と認識しています。
時には顔をつきあわせて上司や同僚に相談したいこともあると思います。そういう場面は残しておくべきでしょう。
とはいえ、リモートワークを正常に機能させるには、非言語情報ばかりに依存することは避けなければいけません。
2.同期型コミュニケーション重視から非同期型コミュニケーション重視へ
「自宅で仕事する時も、朝9時から18時まではパソコンの前で作業して。会議は出社する時と同じ服装で、顔を出して話しましょう」これが同期型コミュニケーション重視の会社です。しかし、これでは通勤の時間がなくなる以外にリモートワークをするメリットがないと思いませんか?
そもそもリモートワークでは、リアルタイムでコミュニケーションによるすり合わせをしようとすると生産性が落ちるものなのです。
それならば「決められた仕事をきちんとこなしてくれるなら、何時から何時まで働いてもかまいません」という非同期型のスタイルでもいいはずです。朝型の人が3時から12時まで仕事をしてもかまわないし、海外で暮らしながらその国の時間に合わせて働いてもいい。小さな子供のいる人なら、子供が幼稚園に行っている間と、寝たあとに作業をしてもかまわない。みんなが同じ時間で働いていないからこそルールを細か
言語化し、必要な権限を与え各自「自走」させたほうが生産性が上がります。
実はライフスタイルの縛りは場所よりも時間のほうが大きいのです。会議もイヤフォンしながら家事しながら参加してもいい、話聞いてて自分には関係ないんだったら抜ければいいし、会議の出席は内職も自由、退席も可、情報を聞くだけのものならアーカイブで好きな時間に聞くようにする。こうして、拘束する時間の縛りをなるべくなくし、フレキシビティーにすることは、リモートワークという形態に付加価値を与え、優秀な人材を確保することにもつながります。
3.情報統制重視から情報透明性重視へ
何か情報があったときに「デフォルト非公開で必要な人に公開する」というのが日本の多くの会社の方針である情報統制重視型で「デフォルト公開で必要なものだけアクセス権限をかける」のが情報透明性重視型です。GitLabさんも会社の運営方針やルールなどほとんどの情報を全世界にオープンしています。
すべてが公開されますよという大前提があって、この情報は個人情報なので、ここまでアクセス権限をかけましょう、これは競合がいるから外には出せませんといういうスタンスです。
GitLabさんのように「全世界に情報をオープンに」とまではいいませんが、リモートワークで仕事をすすめる会社なら、せめて社内では会社のほとんどの情報は透明化すべきです。
情報で集中すべきは、上司から降りてくる情報と自分が部下に下ろす情報だけでよく、
横の情報は不用に追う必要はありませんが、見ようと思ったらどの情報、どのプロジェクトの情報にもアクセスできるという状態です。
そうすれば「私そんな話聞いてない」という人はいなくなりますし「現場のことを何もわかっていない」という声もなくなるでしょう。
何か問題があれば、みんなその責任者に公の場でどんどん意見や要望をあげていい、権限がある人はいろんな意見があっても自分が正しいと思う采配をすればいい、その過程もすべてオープンになっている、とてもクリアで風通しの良い会社だと思いませんか。
DMも原則禁止です。これはプライベートな話まで晒せという意味ではなく「すみません、あの資料どこにあるんでしょう」というようなことは、いちいちDMで誰かに聞いて、その人の時間を奪うのではなく、オープンな場で聞いていきましょうということです。
同じような声が何度もあがってくるとしたら、わからない人が悪いのではなく、わからない状態になっている方が悪いということなので「じゃあどこにこのマニュアルのリンクがあったらみんなが迷わないのか考えて改善しよう」となります。
リモートワークで個々の動きが見えにくいからこそ、情報透明化は重視されなければいけない価値観なのです。
4.カルチャー&コミュニティー重視からルール(ハンドブック)&結果重視へ
ちょっとこのお話をサッカーに例えてみましょう。カルチャー&コミュニティー重視というのは、別にドリブルが下手でもいいから、それよりチームのみんなと仲良くできる、同じ価値観を共有できる、とりあえず飲み会やチームのイベントは全出席できる、そういう人間重視という感じです。
それに対して、この人は人間としては嫌いだけど、試合に出てやるならこの人といっしょにやりたい、だってドリブルは最高だし、ボールを渡せば絶対にゴールに入れてくれるからというのが結果重視型のチームです。
カルチャー&コミュニティー重視のチーム、とても楽しそうです。志を1つにしてみんなで助けあって頑張ろう、スタートアップやベンチャー企業などでもよく聞く言葉です。
ただ、このタイプの会社は目標としている成果が出ない時には、「お前のやる気が足りなかったことが原因だ」「チームとしての団結力が足りなかったからだ」といった感情論になりがちです。
それで、会社がうまく回っているならばそれでいいと思います。
しかしリモートワークになって、それで会社の売り上げが立たないとしたら、その考えはハンドブック&結果重視型にシフトしたほうがいいと思いませんか?
ここでいう結果優先というのは、売り上げ作ってなんぼという話ではありません。
仲が良くならなくてもいいし、一緒に飲みにいかなくてもいい、でもきめられたことはきちんとやりましょう、たとえば時間でがんばってるとか、人間としてがんばっているとかで評価するのはやめましょう、ということです。
会社で決められたことをきちんとやれたかで評価されるし、上司も部下が決められたことをやって成果をだせたかどうかで評価される。頑張ったか頑張ってないかではみないし、いっしょに過ごしててあの人は意識があって協力してくれてというのも求めない。もし協力が本当に必要なら、協力するということもマネージャーがきちんと決める。
リモートワークは、カルチャーフィットをさせながら、やる気を出させてマネージメントしていくのが難しい仕事業態です。ですから、成果を出すことや失敗の原因を人やチームに責任を負わせるのではなく、失敗のメカニズムの状況的側面と失敗につながった意思決定プロセスに焦点を当てた方法で間違いを調査し、その再発を防ぐリールを作りハンドブックに記していき、そのルールを守り成果をあげた人間を評価する「ルール(ハンドブック)&結果型」の会社のほうが、マネージメントしやすいですし、働く人間の心身の負担も少ないのです。
5.失敗回避優先から試行回数優先へ
「ミスのないように慎重にやる」「完璧をめざしてやる」一見とても良いことのように聞こえますが、この考えかたは「何かミスをしたり失敗した時、その人に悪い評価がつくという会社の文化からきています。
この考え方では、失敗した時に「隠蔽したい」という気持ちも引き起こされることもあります。
また、完璧主義だと、コンセンサスを取らなければいけないことも増えてくるため、「確認」を取るための同期コミュニケーションも多く取らなければならなくなります。
しかし前述したとおり、同期コミュニケーションを多く取るのは、多数の人とのすり合わせが発生し、コミュニケーションコストがあがり生産性が落ちてしまう、大変効率が悪いことです。
ですから、失敗回避優先という仕事スタイルはリモートワークには向きません。
自分が責任を任されている範囲内で、自分の正しいと信じているものを自分の決断で進めて荒削りでも多少のミスを気にせず出す、出してみてダメなところがあればすぐ改善してまた出す。
そしてここでも、自分の権限の範囲内で失敗することはネガティブな評価にせず、失敗したことも含めて情報を全部オープンにする。
小さなことを失敗を恐れずどんどん試行していって、スピーディーにPDCAを回していくことが重要という試行回数優先型の価値観に会社をしていくと、従業員もいろんな負担が減り、会社としても結果大きな成果を得られるようになるでしょう。