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第11停留所:蛙鳴き塚/怪々夢(ケケム)
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一の石村から二の川村の間にある、こんな所で誰が降りるんだろう?と思うバス停『蛙鳴き塚』
村を隔てる山の中にあるため、近くに民家は無い。
だけどこの日は運転手さんが間違えて、バスを止め、乗降ドアを開けたのでした。蛙鳴きの名前通り、大小様々なカエルの鳴き声が聞こえてくる。
ミオちゃんは、まるでカエルが歌っているかの様に感じました。それで音楽の時間に習った童謡を、歌ってみることにしました。すると、ミオちゃんの歌に応える様に、一匹のカエルが鳴き出したのです。
ミオちゃんが歌うのをやめると、鳴き声も止まります。
プシューと言う音と共にドアが閉じる瞬間、一匹のカエルがバスのステップに飛び乗って来ました。ミオちゃんは、さっきまで歌っていたのは、このカエルだと思いました。
一の石村には小学校が無いので、ミオちゃんはバスに乗って二の川村に向かっている所でした。バスが二の川村に近付くにつれて、カエルは人間の男の子の姿に変化していきました。
バスの中に突然裸の男の子が現れたので、運転手さんは仰天していました。慌てて来ていたジャケットを貸したのですが、下はすっぽんぽんです。
バスが二の川小学校前に停まると、カエルくんをバス停に待たせ、ミオちゃんは学校に着替えを取りに行きました。
ミオちゃんの担任の北沢先生は、音楽の先生で、出産のために、まもなく休養を取る事が決定しています。ミオちゃんは、両親を事故で失って、おじいちゃんの家に身を寄せているので、北沢先生の事をお母さんの様に思っていました。
北沢先生は、着替えを取ってくると、ミオちゃんと一緒にバス停に向かいます。北沢先生はカエルくんに名前を尋ねました。
「僕はケロ太。歌が大好きなの。ミオちゃんの歌が気に入って、こっちに来たの」と言うと歌い出しました。
たんぽぽの綿毛がいっせいに空に舞います。大気が悲鳴を上げる程の声量なのに、その高音は優しく丸みを帯びていて、小鳥たちが誘われてやって来ました。
音楽教師である北沢先生は大感激。一時間目の国語の授業を音楽に変更して、生徒達にケロ太の歌を聞かせることにしました。
ケロ太の歌声が校舎中に響き渡ります。隣のクラスの先生が授業そっちのけで、ケロ太の歌を聴きに来ました。誰もがケロ太の歌を褒め称えます。
ケロ太が持て囃される一方で、ヨウスケくんを中心とするメンバーは面白くありません。放課後、ヨウスケくん達は、ケロ太を取り囲みました。
「おい、ケロ太、お前が着ている服、学校からの借り物だろ?学校が終わったんだから、脱いで返せよな」
「うん、いいよ」
ケロ太がズボンを脱ぐと、おチンチンがモロ出しになりました。女の子達が悲鳴を上げます。
ケロ太と北沢先生は校長先生に呼び出され、こっぴどく怒られました。
ケロ太の評判はアイドル歌手の座から、モロ出し変態男に格下げされてしまいました。
「ケロ太、ごめんね」
「何が?」
帰りのバスでミオちゃんはケロ太に謝りました。
「慣れない人間の世界に連れ出しちゃって、ヨウスケにも意地悪されたでしょ?」
「僕たちカエルは、いつも命のやり取りをしている。他人を欺くなんて当たり前さ。これくらいイージーだよ」
バスが蛙鳴き塚のバス停に停まり、乗降ドアが開くと、ケロ太はTシャツとズボンを残して、カエルの姿に戻ってしまいました。ミオちゃんは、明日も着替えを用意しておかなきゃと思いました。
2
一の石村から二の川村の間にある、こんな所で誰が降りるんだろう?と思うバス停『蛙鳴き塚』
昨日からこのバス停に、バスが停まる様になりました。カエルを一匹バスに乗せると、バスは走り出した。するとどうでしょう、カエルが男の子に変身します。ミオちゃんは慌てて着替えを渡しました。二人は歌いながら二の川小学生に向かったのでした。
「北沢先生はいい人だね。昨日、校長先生から僕を守ってくれたんだ」
「うん、本当にいい先生。だけど来週から産休に入っちゃう。私、先生がいなくなったら、もう小学生に行きたくない」
ミオちゃんは、ケロ太の方に向き直りました。
「ケロ太、私が学校行きたくなくなったら、私を引っ張って、学校に連れて行ってくれる?」
「任せとけ」
小学校に着くと、クラスメイト達は複雑な表情で、ケロ太を伺います。また歌声を聴きたい気もするし、モロ出し変態男とは仲良く出来ないし。
昼休みになると、ヨウスケくん達のグループが、またケロ太に絡みに来ました。
「おいケロ太、まるでカエルみたいな名前じゃないか?またズボンを脱いで、お前のオタマジャクシを見せてみろ」
「嫌だよ。人前で裸になるのは良くない事だ」
ケロ太に拒絶された事でヨウスケくんは頭に血が上りました。
「変態野郎のくせに、生意気言うじゃねぇか。いいから服脱げよ」そう言いながら掴みかかります。
ケロ太は二本の足で、ヨウスケくんの顔の高さまで飛び上がると、ドロップキックの要領で蹴飛ばしました。ヨウスケ君は二メートル程吹っ飛び、動かなくなりました。
学校は大混乱に陥りました。救急車やパトカーがやって来て調査が始まりました。そして、部外者でありながら、授業を受けていたケロ太の存在が問題視され、学校への出入りを禁止されることになりました。
ケロ太はバスに乗り込みました。ミオちゃんも付き添います。
「ケロ太、もう学校で会えないの?何とかならないの?」
「大丈夫。こんな事はカエルにとっては、イージーだよ。法を犯してでも、また学校に来れる様に頑張るよ」
「ケロ太、約束だよ」
「任せとけ」
でも次の日からケロ太は蛙鳴き塚のバス停に現れませんでした。
3
一の石村から二の川村の間にある、こんな所で誰が降りるんだろう?と思うバス停『蛙鳴き塚』
もうこのバス停を利用する者はいなくなりました。ミオちゃんは、学校に登校しても塞ぎ込んで、一言も発しませんでした。
ヨウスケくんがミオちゃんの所にやってきました。ヨウスケくんの怪我は大した事はなく、一日休んだだけで、また登校出来る様になったのです。
「ケロ太の事、悪かったな」
「もうケロ太の歌声聞けないのかなぁ」
「また聞けるよ」
ヨウスケはミオちゃんの隣の席に座って、何も言わずにその場にとどまり続けました。
とうとうこの日が来てしまいました。北沢先生の最後の日です。今日は後任の伊中健太先生も一緒に来ていました。
「ミオちゃん、ちょっと話したいのだけど、いい?伊中先生も話したい事があるって」
「話す事なんかない」
ミオちゃんは寂しさで一杯になって、その場を駆け出しました。気付いたら、バスに乗っていました。
「みんないなくなっちゃう。ケロ太も、北沢先生も、お父さんも、お母さんも」
ミオちゃんは、自分がこの世界に必要とされていない様に感じていました。勉強も運動も苦手だし、顔も可愛くない、そして誰からも愛されていない。みんなどこかに行ってしまう。だけど、ケロ太だけは蛙鳴き塚に行けば会えるのではないか?人間世界にさよならして、ケロ太に会いたいと思った。
ミオちゃんが蛙鳴き塚の前で停車ボタンを押すと、みるみるカエルの姿に変わって行きます。
ミオちゃんは自由でした。もう学校には行かなくていいし、口煩いお婆ちゃんもいません。
ミオちゃんは近くにいるカエルにケロ太の居場所を聞きました。
「ケロ太?知らねぇな。知っててもいちいち教えないがな」
カエルはそっぽを向いて歩き出しました。
その時、周囲のカエル達が騒ぎ出しました。
「逃げろー、カラスだ、カラスが来たぞー」
見ると、ミオちゃんの何倍もある巨大なカラスが飛来してくるのが見えました。ミオちゃんは必死になって逃げようとしますが、体が上手く使えず、転んでしまいます。「もうダメだ」と思った時、さっき悪態を吐いたカエルがカラスに捉えられ、大空に連れ去られました。
「ヒトオモイにやってくれ!」と言うカエルの叫び声が、空から降って来ました。そうです、この世界では「助けてくれ」と言う言葉は無意味なのでした。
ミオちゃんは恐ろしくなって、物陰に隠れることにしました。
日が落ちてきました。ミオちゃんは湿った地面に、裸で触れているので、体温が奪われて凍えてしまいます。お腹も減って来ました。だけど何を食べれば良いのでしょう?カエルならハエやクモを食べれば良いのでしょう。でもミオちゃんにはとても食べられそうもありません。
ミオちゃんはもう死ぬんだと思いました。人間世界は辛いことばかりだと思っていましたが、カエルからしたら天国なのでした。
耳の片隅に、バスが停まる音が届いた気がしました。すると、伊中先生が降りて来て、ミオちゃんを掬いあげます。
ミオちゃんを乗せたバスが動き出すと、人間の姿に戻ることができました。ミオちゃんはほっとして涙が流れて来ました。
「伊中先生ありがとうございます」
「ミオちゃん、僕だよ。ケロ太だよ」
「えっ、嘘?ケロ太なの?」
そう言えば、子供の頃のケロ太の面影がある気がしました。
「カエルは成長が早いから大人になったんだ。小学生に通えなくなったんで、教師になって戻って来たんだよ」
「教員免許はどうしたの?」
「言ったろ?法を犯すくらいカエルには訳ないって。上手く偽造できたよ」
「凄いよ、ケロ太」
ミオちゃんは裸でケロ太に抱き付きました。さっきまでカエルだったので、裸でいる事は恥ずかしくありませんでした。
「じゃあ、ケロ太、北沢先生を旦那さんから奪い取って。それで皆んなで家族になるの」
「任せとけ」
北沢先生が暮らす三又市にバスが着くまで、二人はいつまでも歌っていました。
こちら、怪々夢(ケケム)の作品です。
ケロ太とは他の作品でも会っているのですが
どちらもなんだか、奴っぽくて面白い。
カエルの子はカエル。
怪々夢の子は、ケケムのようです。
他の方の作品はこちらから
ご乗車ありがとうございました。