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第10停留所:山の麓/ガンジー

山と山じゃないの境目のような場所にそのバス停はあった。

今にも倒れてしまいそうな古いバス停にかすれた文字で「山の麓」と書かれていた。
明日このバスの沿線は廃線となることが決まっていた。
廃線前日のバスの停留所から10メートルほど離れた場所に男が立っていた。
男の腕に着けた時計は17:30を指している。
山を背にしてひっそり立つ。
周りには古民家が数軒ある程度で人通りは一切ない。
男は女性を待っていた。
18:08頃、いつもその時間に彼女はこのバス停で降りる。
今日、このバス停で降りる彼女に自分のこれまでの気持ちを思い切りぶつけるつもりだった。
緊張か高揚か手のひらに汗が滲む。男は少し笑みを浮かべてズボンで手を拭いた。

男はこの沿線のバスの運転手をしていた。
市の駅を出発し市役所前、市街地の停留所をいくつか経由し1時間ほどでここにつく。
男が毎日毎日バスで通った道だった。
男は仕事一筋で女にうつつを抜かすこともなく15年真面目に勤めてきた。
真面目というよりも男はただ心の底からバスの運転を楽しんでいた。
それは男がバスオタクであったことが大きな理由だった。
休日はバスの沿線表や時刻表を見たり実際に遠方のバスへ乗りに行ったりして過ごしていた。

そんな男にとってバスの運転手は天職だった。
毎日バスを運転できるだけで幸せだった。

しかしそんな真面目な男が廃線前日にも関わらず初めてのズル休みを使って女性を待っている。
浮き足立って30分も早く着いてしまっていた。
太陽が山の向こうに隠れ始め肌寒くなってくる。
男はポケットの中に手を入れる。
大丈夫だ。
そう思いポケットから手を出し再びズボンで手を拭った。

辺りを見渡すとここから見えるほぼ全ての家の明かりがついていた。
女性が着くまであと30分ほどある。
はやる気持ちを抑えて深く深く深呼吸をする。
のんびり待つことにしよう。
そう思い遠くに見える街をぼんやりと見つめながら女性と出会った日を思い出す。


1年前
秋の夕暮れ。
あの女性は病院前のバス停からバスに乗ってきた。
病院の診察終わりだったのか小柄でとてもか弱そうに見えた。
彼女は重い足取りで運転席の斜め後ろに空いていた1人用の席にちょこんと座った。
彼女はそこから40分ほど窓の外をぼんやりと眺めていたような気がする。
市街地の停留所で次々に人が降りていき彼女ひとりだけが残った。
そして山の麓。
あまり人が降りないバス停で彼女は降りた。
その名の通り山の麓にある停留所で滅多に人が乗ることも降りることもない場所だ。
多くの人はこの先のロープウェイ前というバス停で降りる。
この山は登山初心者が登るのにちょうどいいらしく土日の朝と夕方はいつもより少しだけバスが賑わう。

しかし女性が降りたのはその手前の山の麓。
あたりが暗くなっていたこともありバスを降りる彼女に声をかけた。
「暗いので足下気を付けてくださいね」
よたよたとバスを降りると振り返って笑顔でこう言ってきた。
「大丈夫ですよー」
とても笑顔のかわいらしい人だと思った。

その日からその女性は平日はほぼ毎日このバスに乗った。
19:30駅発のバス。
市街地最後のバス停から山の麓までは2人きりになることが多かった。
そんな日が続いたある時から、彼女と会話する日々が始まった。
その中で彼女の多くのことを知った。
山の麓から徒歩10分ほどにある古民家に住んでいるということ。
元々は両親が住んでいたが両親共に亡くしてしまい、その家をそのまま譲り受けたそうだ。
田舎暮らしに憧れもあって今は楽しく暮らしているらしい。
男はそんな2人の時間が楽しかった。
バスの運転手として運転している間は無言だ。

しかし2人になるとどちらからともなく世間話を始める。
色々なことを話した。
彼女の勤務先が工場であること。
売上が好調で最新の設備が入ってきているということ。
庭で野菜を育てていること。
などなど他愛のない言葉のキャッチボール。
それはとても男にとって心地よい時間だった。



そんな物思いにふけていると遠くからバスのエンジン音が聞こえてきた。
男は近くの木に身を隠す。
バス停にバスが止まり乗降口の扉が開いた。
杖を持った初老の女性が1人降りてきた。
よたよたと歩いていたあの日と違い杖を巧みに使いながらスムーズに降りている。
女性はバスから降りると男と反対方向に歩き始めた。
やっと来たか。
そう思い男はその女性の後を追った。


半年前
最悪な出来事は重なるものだ。
男にとっての最悪とは半年後にバスの廃線が決まったこと。
バスの利用者が激減しバス事業からの撤退を決めたそうだ。

もうひとつは彼女の様子が変わり始めたことだった。
きっかけは彼女の足が悪くなり杖がないと歩けなくなってしまったことだと思う。

それが理由かはわからないが勤務先の工場も解雇となってしまったのだ。
今となっては理由は分からない。
どうでもいいことだ。

肝心なのはその時から彼女の様子が変わっていったことだ。
初めはぶつぶつと独り言を呟くようになった。
そんな状態が2週間ほど続くといきなり叫ぶようになった。
今までのように雑談を楽しむ様子など見られなくなった。

そしてそれに伴いバスに乗る時間と場所が変わった。
今までは仕事終わりの19:30の市駅発のバスに乗っていたが17:06に市役所前の停留所から乗ってくるようになった。
きっと市役所が閉まるまで市の職員に向かってアレコレと文句を言うようになったのだろう。
バスに乗るとぶつぶつと呟きたまに叫ぶ。
そして2人きりになると文句が止まらなくなっていった。
会社から不条理に解雇されただの、市の補償が悪いだの、国が悪いだの。
毎日毎日同じことを聞いた。
運転への難癖もこの頃から始まった。
もっとスムーズに走り出せないのか、ブレーキが急すぎる、私しかいないのだから近道を使えないのか。
初めこそ丁寧に対応していた男だったが何を言っても無駄だと思い適当にあしらうようになっていった。

その後彼女は他の乗客にまで絡むようになっていた。
席を譲れだの何見てるのだの。
酷い時にはただ乗客の顔を見て叫んでいた。

そんな日々が続いて、よく見た乗客が少しずつ見なくなっているのを感じた。
偶然かもしれない。
しかしそうは思えなかった。
男にとってこのバスは自分の全てだった。
そのバスが少しずつ壊れていくのを感じていた。
楽しかった時間は苦痛の時間となっていった。
女性がいない時も来た時のことが気になってしかたなくなっていった。
男は考える。どうしてこうなった。
男はすぐに結論を導き出した。
あの女が壊れてからだ。
あの女が壊れてから幸せだった自分の世界も少しずつ壊れていった。
どうすれば元に戻せる。
彼女が壊れ、男も壊れた。
壊れた男が答えを導き出すのに時間は必要なかった。

女性の数メートル後ろを歩きながら男は思う。
明日がこのバス会社の最後の運行日だ。
これまで最高の会社とバスで働かせてもらった。
その最後は素晴らしいものでないといけないに決まっている。
そのためには邪魔なものは排除しなければならない。
バスの最高の環境を作るのは俺の勤めだ。
邪魔がなければ素晴らしい最後を迎える事ができるだろう。

男は歩くスピードを上げながらズボンのポケットに入ったナイフを握る。
きっと明日は最高の最期になる。
男は駆け出した。





始めて書いた、書き切った小説とのこと。

ガンジーは友人の中でも
「企画力と客観的に観る視点に長けた人」だと思っていて
この作品に隠されたエッセンスとして
句読点「 、」がやたら少ないことに気がついた時に
迫ってくる文章に合点がいくというか

エンタメとして確立するための演出を
物語の終着と一緒にやってのけるところが
才能だと思っている。

映画好きの彼が
歯に衣着せぬレビューをしているけれど
ほんといつかまとめて出して欲しいなと
思っている(真👀顔)

彼が主宰として入ってくれたイベントが
【面白そうなあらすじ選手権】
合わせてご覧いただけると嬉しいです。

第一回は私の作品だけ置いてあります。


第二回は程よく皆さんのを紹介……。
と思ったら、2人分しかまとめてない笑
ガンジーのが読めたらいいよね!
うん。よしとします。


今回のワークとは関係がないものになってしまいましたが
大自慢大会です。
自己表現をする仲間がいてくれることに改めて感謝。
見てくれる人がいることに、感謝。


ご乗車、ありがとうございます。


バス停オムニバスの他の方の作品はこちらから。

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