The Catcher in the Electron ⑧
十一月二十六日、薬を切らしたことに気づきメンタルクリニックに電話をかけた。最後の枠の十七時半に予約が取れた。いざ出ようとすると保険証の入った財布がすぐ見つからず、見つけてから駅まで走り、池袋で降りてからも走ったが間に合わなかった。明日また行くことにして久しぶりにカラオケに行った。しかし薬がない彼女は元気がなく、殆ど歌わずに三時間が過ぎた。
家に帰ると昨日の残りのピザがあり、それを温めた。彼女は一口だけ齧り放置した。日付が変わろうとしていて、シフトを提出しないといけないことに気づいた。
「来週からちょっと多めに出勤するね」
「なんで?」
「いや…生活費とかやばいから」
「いやだよ」
「そんな毎日出勤するわけじゃないから」
「やっぱり私また風俗やるよ」
「またしんどい思いするでしょ」
「独りになるよりはいい」
「あのさ琴音」
「なに?」
「なんというか、琴音はもうちょっと一人でいることに慣れたほうがいいと思う」
「なんでそんなこと言うの」
「琴音のこと思って言ってる」
「また逃げるの?」
「逃げないよ。そんな風に不安になりすぎるのもよくないと言うか」
「逃げるんでしょ」
「なんでそうなるの。逃げないって」
「一回逃げたじゃん。信じられないよ」
「こんなに一緒に過ごしてきてまだ?」
「無理、信じられない」
会話が激しくなっていった。
「わかった。シフトは増やさない。お金は何とかするよ」
「もういい、薬の離脱でぼーっとするから寝る」
琴音はベッドに潜った。どれくらい煙草を吸ったのか、ヤニクラがきて俺もベッドに横になった。いつのまにか眠っていた琴音の顔を見ながらこれからのこと、彼女との関係のあり方なんかを考えた。部屋が深い夜に包まれていく。彼女の寝息だけが聞こえた。
バンバンバン!と金属を叩く音で目が覚めた。玄関の方からだった。隣に琴音はいない。慌てて向かう。
彼女は首を吊っていた。
我に返り俺はタクシーを無理やり出た。嘔吐が止まらなかった。
隣で背中をさする高倉とか言う女がただただ疎ましかった。