The Catcher in the Electron ②
一通のDMが来た。
〈夜職の人向けの不動産って扱ってますか?〉
〈はい。ご希望の場所、間取り、築年数、家賃、初期費用の上限、ペットの有無を教えてください。お急ぎであれば電話でも対応します〉
DMを送ってきた相手は、アイコンをマイメロディーにしていて、フォロワーは1300人ほどいる。ソープで働いているらしく、客の悪口、精神的に荒んだツイートなどをしている。
〈電話でお願いします〉
電話で話を聞くと、彼女は20歳だが結婚している。しかしホストをしている旦那のDVと浮気が理由で離婚調停中で家に帰れない。家庭環境が悪く実家にも帰れずホテル暮らしを続けていることがわかった。
ツイッターに乗せている自撮りの顔が好みだったので一つ提案した。
「今俺東新宿で新しく家を借りようと思ってるんだけど、よかったら一緒に住まない?家賃はいいから」
少しの間沈黙が続いた。
『考えてみます……』
二日後彼女と新宿のカフェで落ち合った。本名は高倉と言うらしい。席についてすぐ、一緒に住むことについて話した。
「なんで急に……堀北さんのことツイッターでしか知らないし……」
顔が好みだったから、なんて言えるわけがない。
「それは…君の境遇を聞いて助けたいと思ったから」
「あなたには関係ないじゃないですか」
下心を悟られている気がする。暫くの沈黙のあと話を切り出した。
「まぁ、とりあえず物件を探そう」
その後物件を探すにあたって必要な情報、希望の条件を聞いて店を出た。一時間ほどで終わった。
それから何日か経っても彼女から連絡はこなかった。
結局、二週間後に東新宿のマンスリーマンションを一人で借りた。もう大学に通う気は一切ない。ベッドに横たわり高倉のツイートを遡った。俺についてのツイートはなく、安堵した。いつもと変わらない、嫌な客に当たったらしく精神的に荒んだツイートをしている。タイムラインを見ていると一つのツイートが目に留まった。
〈ティンダーの男にドタキャンされた~〉
その男のプロフィールのスクショが添えられていた。よくツイートに反応をくれるフォロワーだった。
〈ドタキャンされたのっていつですか〉
ダイレクトメッセージを飛ばした。晒された男のプロフィールに恵比寿と書いていたので、彼女も東京だろう。
〈明日です〉
泣き顔の絵文字が添えられた返事が来た。「じゃあ明日の夜、新宿で飲みませんか」と誘った。返事はOKだった。顔がわからないので仕事に誘うかは明日決める。
〈白のダウンにピンクの小さい鞄です〉
待ち合わせの前に外見ついてそう伝えられていた。ただそんな恰好の人間は、歌舞伎町にはカラスのように多くいる。一番街入口のゲート下が待ち合わせ場所だったが、とにかく人が多い。同じように待ち合わせをしている人でごった返している。大半が同伴かマッチングアプリ、パパ活かなんかだろう。
十九時になったがまだ見つからなかった。言われたような服装の女性がやはり何人もいる。らちが明かないので、LINEをもらい電話をかけた。すると携帯を耳にあてる一人の女性がいた。
『見つけました』
そういい彼女の前に行った。
「あ、どうも。みずきです」
彼女は会釈した。ぱーらめんとですと名乗ると、彼女はぱらさんって呼んでいいですかと微笑みながら言った。たしかに口でハンドルネームを呼ぶのは恥ずかしいだろう。俺の方も恥ずかしい。
その後適当な大衆居酒屋に入り、ハイボール二つと焼き鳥を注文した。適当な雑談から始まり、彼女が最近恋人と別れたこと、それでティンダーを始めたこと、ティンダーにはロクな男がいないことなどを無料の占い師のように聞いていた。どれもどうでもいい話だった。その後別のバーに梯子し、終電を逃したのでホテルに入った。それだけだった。
翌日は夜はどこか空疎だった。ただツイッターを眺めていた。高倉のツイートが荒れていた。
〈旦那からLINEがきた〉
〈どう返せばいいかわからない〉
〈もうやり直したくはない。でも更生するチャンスあげたい〉
俺はすぐ電話をかけた。五回目のコールで彼女は出た。
『なんですか』
「ツイートを見てさ。旦那とやり直す必要はないよ。君がつらい思いするだけだし、そんな必要ない」
『あなたとは連絡を取り始めて一ヵ月も経ってないんですよ。彼とは一年間一緒に住んだ。あなたに何がわかるんですか』
「俺は殴らないし浮気もしない」
『何、セックスがしたいの』
彼女の口調が変わった。
「なんでそうなる」
『じゃあなんで』
「助けたいから」
彼女は何か言いかけた。
『わかった、一緒に住む。別にあなたに何も求めてないけど』
一週間後の夕方、彼女は家に来た。黒色の大きいスーツケースと共に。
家に入ってから彼女はほとんど無言だった。ご飯食べる?と聞くと、お腹空いてないと答えた。スーツケースから着替えとシャンプーなどを取り出し、浴室に向かった。自分は冷蔵庫にあったコンビニ弁当を電子レンジに入れた。温まるまで煙草を吸った。煙草を吸いながら、彼女の態度を振り返りつつ、セックスを想像した。温まったコンビニ弁当はとりわけ美味しくはなかった。
彼女は浴室から戻り、髪を乾かし、スキンケアを終えるとベットに横たわってスマホをいじり始めた。俺は机に座りスカウトの仕事をする。会話はないまま時刻は十時を回った。自分もシャワーを浴びた。
部屋に戻ると、彼女はスマホを閉じ、うとうととしていた。眠ってはいないようだった。目を閉じた彼女の長いまつ毛と黒く艶やかな髪。明かりを暗くし、ベッドに向かった。
自分が横たわると、彼女はそれに気づいたようで、壁の方に体を回し背を向ける。手で肩をこちらに向けさせ、キスをしようとした。彼女は顔を背け拒んだ。それでも自分はやめなかった。もう一度キスを求める。また拒まれる。それを繰り返し、四回目、彼女は自分とキスをした。そのキスから、気だるさと諦めのようなものを一瞬感じた。キスはすぐに終わった。しかしもう一度キスをする。今度は深く、長く。自分は彼女の服に手をかけた。ゆっくりと脱がす。その間彼女はこちらを見なかった。自分も服を脱ぎ、ベッドの下に隠しておいたゴムをつけた。手で彼女を仰向けにし、足を広げさせ、その上に覆いかぶさる。またキスをしようとしたが拒まれた。しかしここまできてしまったらやめることはできなかった。
俺が体を動かすと、彼女は声を出した。ただそれは短く、最低限のものだった。顔を彼女の方に寄せる。やはりキスは拒まれ、彼女の顔の右に自分の顔を置いた。少し疲れ横目で彼女の顔を見る。彼女は天井を眺めていた。それを気にする余裕もなく、また体を動かし始めた。
「っ……」
体を離すと、彼女は無言で服を着始めた。俺もゴムを捨て、服を着た。水を飲み、トイレに行き、戻ると彼女は眠っていた。それが狸寝入りなのかはわからない。俺も横に寝そべり、目を閉じた。
真夜中、目が覚めた。ちらりと横目をやる。彼女は起きていた。ベッドの上で脚を横に折り畳み、下を向き、虚ろな目をしていた。俺はどうすればいいかわからず。再び目を閉じた。