日々是雑感2021/08/09(2)
小田急の快速急行で起きた例の一件、電車好きにとっては気がかりで仕方がない。速報が流れた時にはTwitterで情報追跡を行い状況を逐一確認したほどである。
犯人の供述を伝聞する限りでは、個人的な恨みや社会・対人関係に対しての一方的な報復、と感じた。正直な話、いちいち他人(それが男であれ女であれ)に対して無差別に恨み辛みを果たすのはいかがなものかと感じたものだ。
自分の場合、さらりと諦めて一人で過ごす。いちいち構ったり後悔し続けていたらもう体がもたないからだ。過去の経験で学んだ自分流の対策である。
少なくとも、今の時代は人との関わりが本当に希薄になってしまったきらいがある。もう高校・学部・大学院時代の友人知人とは全く連絡していないどころか、生きているのかどうかもわからない。いや、対自分に対して連絡も何もないので、もう死んだってことにしたほうがすごく気が楽になった。そう考えるようになったら、他人の目なぞ気にしなくなった。あくまで自分は自分。他人の目を気にしてまでいきる必要なぞないからだ。
この事件の供述で「勝ち組」という言葉が自分の中で引っかかった。
「勝ち組」とは何?
何か引っかかって仕方がなかった。そんなこと言ったら自分の周りも「勝ち組」じゃないのかな…と思ってしまう。
Twitterのbotでこんな言葉を見つけた。自分の好きなスタートレックの一節だが、皮肉が効いてて面白い。他人から見た、夫婦でない男と女の関係は結局はそうなのだろうか?とも思ってしまう。度を過ぎなければ駆け引きは面白いのだが、やはり本能には抗えないのだろうか。
だが小田急の一件は、マスコミの話を(そのまま鵜呑みもしずらいが)聞く限り自己肯定感を低くされたから起きた悲劇ではないか、とも自分は思っている。自分に自信がなければ男女に限らず諸々の駆け引きは面白くないし、策略も練ることは出来ない。今回の犯人は何某かのきっかけで挫いたがために自己肯定感が思いっきり下がってしまったのだろうと自分の中では推測している。
この日本社会において挑戦だのなんだのと騒ぐ世の中だが、何度でも立ち上がろうとしても挫く日本社会にこそ、この事件の真の病巣が巣食っているのではないかと感じた次第である。
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