PGT Ⅷ. モザイク胚とは
以前に、PGT技術が進化し、次世代シークエンサーを用いることで検査精度が高くなったと述べました。しかし、精度が上がったことにより新たに生じたのがモザイクの問題です。PGTは染色体正倍数性胚と染色体異数性胚を見分けることを目的としているのに、正倍数の染色体を持つ細胞と異数性を持つ細胞が混ざっているモザイクだという判定が出るのです。モザイク胚の移植後健康な赤ちゃんが生まれた例は沢山あるのですが、正倍数性胚とは判定されなかった胚を移植するのには大きな不安が付きまといますよね。
正倍数性胚、異数性胚
通常ヒトの体の細胞には1番から22番までの常染色体が各1対44本と、女性の場合はX染色体2本、男性の場合はXとY染色体の2本、合計46本の染色体が存在します。これを正倍数、検査した細胞全てが正倍数の染色体をもっていれば正倍数性胚といいます。
正倍数とは異なる染色体数を持つものを異数性、検査した細胞が全て異数性であれば異数性胚となります。
日本産科婦人科学会の認定施設で行うPGT検査の結果も以下のカテゴリーに分類されます。
A.常染色体が正倍数性である胚(性染色体については開示されません)
B.常染色体の数的あるいは構造的異常を有する細胞と常染色体が正倍数性細胞とのモザイクである胚
C.常染色体の異数性もしくは構造異常を有する胚
D.解析結果の判定が不能な胚
モザイク胚出現の背景
染色体異数性胚の大部分は卵子や精子が作られる際(減数分裂といいます)染色体の分配の間違いが起こると考えられます。もともと卵子あるいは精子の染色体が正倍数ではないので、受精後の細胞分裂でも染色体の数的異常は維持され、ほとんどの細胞が異数性を持つ染色体異数性胚に成長していきます。
一方、大部分のモザイク胚は親由来の卵子、精子の染色体は正倍数です。受精後の細胞分裂(体細胞分裂といいます)の過程で一部の細胞に染色体の分け間違いが起こり、その細胞の子孫の細胞は染色体異数性細胞になります。結果として、染色体正倍数性細胞と異数性細胞の混ざったモザイク胚へと成長していきます。
モザイク胚の出現頻度
受精後モザイク胚の頻度は成長に従って減少します。分割期胚では70%以上の胚がモザイクだとの報告があります。胚盤胞では2-50%、着床時には2%ですがその大部分は胎盤に限定されたモザイク、胎児にモザイクが検出される確率は1%以下です。モザイク胚の大部分は出生児には結びつかないということのようです。
日本産科婦人科学会の臨床研究では検査した42,529個の胚盤胞のうち11.7%がモザイク胚と判定されています。
モザイクの胚の移植
研究参加者の同意を得たうえで、検査施設で正倍数性胚、低頻度モザイク、中頻度モザイクと診断された胚の検査結果をすべて正倍数性胚として移植施設に返却、区別せずに移植を行った結果。
妊娠率、流産率、出生率、全ての項目について有意差は見られません。
妊娠中、出産後の児の健康についても片親性ダイソミー(UPD)も含め、特筆すべき結果は検出されませんでした。
この結果をもとに、各カテゴリーの移植可能胚全てを移植した場合について累積出産率を試算したのが下の図です。
移植可能胚全てを移植した場合、モザイク率30%以上のモザイク胚の移植を避けた場合、モザイク率20%以上のモザイク胚の移植を避けた場合、の3カテゴリーに分けて試算しています。
モザイク胚の移植を避けると生まれてくる赤ちゃんの数は減ってしまいます。
モザイク胚移植後の不安
PGTを行うことで流産や治療の負担を減らすことはできますが、モザイク胚の移植を避けてしまうことで生まれるはずの赤ちゃんが生まれなくなってしまったり、モザイク胚を移植したことで赤ちゃんの健康について大きな不安を感じてしまったりということが起こります。
モザイクは検査上の擬陽性の場合もあるでしょう。モザイク胚から元気な赤ちゃんが生まれることは自然界でも普通に起きていることなのでしょう。けれど、検査を受けなければ気付くことのなかった、モザイク胚の移植という心配が持ち上がる可能性もあるということは検査を受ける前によく考えていただく必要があります。
モザイク胚の移植については臨床遺伝専門医と相談をすることとなっています。モザイクの状況は胚毎に異なります。移植するかどうかの選択も患者さん一人一人の状況によって異なります。移植前に詳しい遺伝カウンセリングを受け納得したうえで移植するかどうかを決めることはとても大切です。妊娠後の検査についてもすべてがわかるとは限りませんが、提案させていただくこともできます。一人で思い悩まずに専門家に相談なさることをお勧めします。