PGTⅪ. モザイク胚の移植優先順位をどう決めるのか(その2)
② 生まれる赤ちゃんの健康リスクが少ない胚
An evidence-based scoring system for prioritizing mosaic aneuploid embryos following preimplantation genetic screening. F. R. Grati et al. Reproductive Bio Medicine Online Vol. 36Issue 4p442–449 Published online: February 1, 2018
沢山のモザイク胚を移植してみて調べるという事はできないので、絨毛検査と流産した胎児の染色体検査の結果をもとにPGTで検出されたモザイク胚移植の優先順位の評価法を考案したという論文です。
72472回の絨毛検査を行い1524件(2.1%)が染色体モザイクでした。そのうち1166件は羊水検査を受け、1011件(86.7% )には染色体の異数性は検出されませんでした(胎盤性モザイク)、155件(13.3%)には異数性が検出されました(胎児真正モザイク)。
1. 栄養膜細胞で検出された異数性モザイクが胎児にも検出されるリスク
絨毛検査は栄養膜細胞層と間充式コアを両方の組織を検査するのですが、PGTでは胚盤胞の栄養外胚葉(TE)の検査を行います。PGT検査でモザイクと診断された胚の移植後の影響を検討するためにはTE細胞から発生する栄養膜細胞に異数性が検出された症例を検討する必要があります。
栄養膜細胞に異数性が検出された316件(胎盤にのみ異数性胚が検出された胎盤性モザイク胚280件、胎児にも異数性細胞が検出された胎児真正モザイク胚36件)を選んで、染色体番号毎に栄養膜細胞に異数性が検出された場合に胎児にも異数性細胞が存在するリスクについて検討しました。
2.片親性ダイソミー(UPD)のリスク
片親性ダイソミーとは
遺伝子は父由来、母由来の2つが存在しており、通常はどちらも同じように働いています。ところが、一部の遺伝子は、父から受け継いだときのみ働き、母から受け継いだときには働かない、逆に母から受け継いだときのみ働き、父から受け継いだときには働かないという事が知られています。そのような遺伝子をインプリンティング遺伝子と呼びます。多くのインプリンティング遺伝子は特定の染色体に並んで存在している(インプリント領域といいます)ことが知られています。インプリント領域を持つ染色体の父由来、母由来どちらかが失われたり重複したりする場合には重篤な病気になることが知られています。
生物には染色体の数的異常をもとに戻そうという自己修復の機能があります。トリソミーやモノソミーを修復する際に、父由来の染色体が2本になったり、母由来の染色体が2本になったりすることがあります。それを片親性ダイソミーといいます。片親性ダイソミーになると重篤な症状を持つ赤ちゃんが生まれる可能性があります。そのリスクを推定しました。
絨毛検査の結果のうち片親性ダイソミーが起こる可能性のある6、7、11、14、15、16番染色体の異数性が検出された169件について片親性ダイソミーの有無を調べた結果です。
3.流産のリスク
3806件の流産組織の検査が行われ、そのうち1242件は結果を得ることができませんでした。残りの2564件中1269件(49.5%)に何らかの染色体異常が確認されました。そのうち正倍数性細胞と異数性細胞のモザイクを示した57件の結果です。4倍体モザイクが14件検出されていますが、検査の際の培養上の問題が原因と考えられます。
4.エビデンスに基づいたモザイク胚移植のリスク評価法
今まで述べた胎児が異数性細胞を持つリスク、片親性ダイソミーのリスク、流産のリスクに異数性を持つ児が出生するリスクを加えて総合的にリスク評価をしました。総合的リスクスコアの高いものほど移植の優先順位は低いという事になります。
モザイク胚の移植を考える場合大きな不安を感じ躊躇することも多いと思います。
その場合にどのモザイク胚を移植するのが良いのかと優先順位を考えるときの一つの材料としてこのリスク評価を用いることはできると考えます。しかし、比較するとリスクは高い目だという事であって、リスクの高い異数性モザイク胚を移植すると必ず流産になるという事でも、赤ちゃんが染色体異数性を持つという事でもありません。モザイクを移植して着床して育てば、健康な赤ちゃんが生まれるのが大部分です。
世界中の報告の中で、今のところ把握されているモザイク胚移植後の不具合は5件です。
1. 正常胚2個移植、出産後1児にPrader-Willi syndromeが確認された。PGTaiで再検査したところ15番染色体の11.2-q13.1に6Mb の重複が検出された。PGT-Aの結果は正常だが、実は部分的トリソミー15だったということになる。6Mbは通常のPGTでは検出できない。
2. モザイク率35%の2番染色体モノソミーモザイクを移植後、羊水検査では2% トリソミーモザイク2 [mos46,XX(98)/47,XX,+2(2)]、出生児の末梢血検査では2% モノソミーモザイク 2 [mos45,XX,-2(2)/46,XX(98)]、児の健康状態に異常は見られない。
良く知られているのはこの症例。
3. 2個のモザイク胚(1個は15番高頻度トリソミー、20番下端の欠失、1個は高頻度21、Xモノソミー)移植後1児を出産。出生前診断では異常はなかったが、出生後授乳障がいがあり母由来 片親性ダイソミー15が判明、児の核型は47, XY,+del(15)(q12q23)dn、dnはde novo、原因は15番染色体の中途半端なトリソミレスキューによると推測される。
4. PGT-Aで検出されたモザイクが、胎児でも検出された2症例
1つは1番染色体短腕部の低頻度部分的モノソミー、 羊水検査でも同じ欠失を検出、知的障害の可能性を理由に中絶、胎児の脳組織でも同じ1番染色体の欠失が認められた。
2つ目は低頻度トリソミー21モザイク胚を移植したところ、絨毛検査、羊水検査共に21トリソミーモザイク、超音波の所見もあったため中絶した。
5. モザイク率の非常に高いトリソミー18モザイク胚を移植したところ、胎児にトリソミー18の特徴が観察され中絶をした。
自然妊娠でも通常の体外受精でも普通にモザイク胚から元気な赤ちゃんは沢山生まれているのだと思います。気づいていないから心配する必要もない。ですが、モザイク胚を移植したという事で大きな不安を抱える方もたくさんいらっしゃいます。妊娠後赤ちゃんを超音波で詳しく調べて異常が見つからず、羊水検査でも異常が検出されなければ心配が軽減できることもあります。移植するかどうか決断するとき、妊娠後不安になるとき、専門家に相談することは大切です。