赤信号で止まること
赤信号で止まること。常識。
Blue Mashの歌詞みたいに、赤信号で止まれなくなっているわけじゃない。
時の流れは進む。気づいたら自分も、社会に出るまで一年とちょっと
立ち止まりたくなる。友達がみんな前に前に進んでいる傍で、どうしても進めない、進みたくない自分がいる。
自分はまだ子供なんだ、何もしたくないんだ、って叫んで社会のゴミになれたら、どんなに楽か。
だましだまし進んできた。周りや大人を見ずに、自分だけで決断して自分だけで自分の道を決めたことなんてなかった。就活だ。
今となっては、どうしようもないところまで来てしまった。
日本有数の中学高校を経て、日本一の大学に進学した。
世間で言えば、スーパーエリートだ。
だが、浪人も留年もしていない綺麗で最上級の経歴は、自分の身の丈にあったものでは決してない。
自分でも気づかないところでつけて外せなくなってしまった仮面を今更外す勇気もない。
本当は臆病で、本心を曝け出さない。おっぴろげているようで実は秘密主義。
抱えているもの全部投げ出して、「自分はエリートの皮を被ったゴミです。底辺大学生だと思って接してください。」って言いたい
そんな普段の気持ちを、だんだんと言語化できるようになってふと気づいた。
赤信号で止まること、止まれないことの意味。
誰だって本当は赤信号で止まるなんてできる
でも、止まりたくないんだよね
だって止まれちゃったらさ、
自分は普通の人間です、社会にうまいこと順応して生きています、って周りに言ってるようなものだから。
実際に自分を下げることを言う勇気がないから、本当にゴミになる覚悟もないから、赤信号の時くらいは、背負ってる重荷を下ろして、ベールを剥いで、どうしようもない人間になりたいんだ。
自分はそんな大した人間じゃないから、そんなに期待しないでくださいって
とか書いてたら、最悪本当にそうなればいいや、って思えてきた。さっきまでのドカ鬱消えた。
人生何とかしてかなきゃ。