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【短編ホラー】妻が4mになってしまった

清と幸子は夫婦である。子供はいない。清は早朝から裏手の畑を耕し、甘藷、大根や白菜を収穫する。幸子が街の魚屋で魚を2人分買う。家の冷蔵庫の氷室にはほとんど氷が残っていないため、今日は必要最低限の買い物だ。
麦飯、糠漬け、大根の葉が入った味噌汁、焼いた鰯が今晩の夕食であった。
年季は入っているがよく手入れされているちゃぶ台に二人分の夕餉を並べ、黙々と食する。竿縁天井から釣り下がる蛍光灯の明かりが、食卓を照らす。
「そろそろ冬ですから、保存食の準備をいたしますね。」
幸子は箸で白菜の糠漬けをつまみながら、清に語りかけた。幸子はよい妻であった。彼女はただひたすらに、愚直なまでに黙々と家事をこなす。誰に言われずとも着物のほつれを縫い、洗濯、買い物や炊事を済ませ、床や柱を拭きあげる。幸子が家にいてくれるおかげで、小さな我が家ではあるが、いつも清潔な空気で満ちており、気持ちがよかった。
清の給与が少ない時も、畑の収穫が芳しくない時も、幸子は何も言わなかった。代わりに、清の食事はそのままで、自身の食事の量を減らす。絵にかいたような良妻賢母の幸子を、清は愛していた。幸子は雪のように白い肌を持ち、その瓜実顔には瞼の薄い涼やかな双眸と、小さな唇があった。近所の人は幸子の容貌を気にも留めないが、清は大変美しいと感じていた。
「そうだな、明日畑の大根と里芋を多めに引き上げてくる。」
白菜の糠漬けを口に放り込み、麦飯をかきこみながら答える。幸子は「はい」と小さな声で返事をして、味噌汁をすすった。この良妻賢母は、人よりも声が小さかった。清はもう慣れたが、幸子の言葉は、初対面の人間には聞き返されることが多い。
その晩、二人は早々に床に入った。月明かりが窓から差し込み、障子の和紙を通した柔らかい光が、幸子の白い額を照らす。その光景を、清は飽きもせずしばらく眺めた。幸子の胸は規則正しくゆっくりと上下しており、穏やかに眠っていることが見て取れた。清は愛しい妻の寝顔を見た後、安心するように眠りに落ちた。

早朝、家屋が軋む音で清は目覚めた。まだ日は昇らず、薄寒い。どうせ気温差による家鳴りだろう。そう思って清は再び瞼を閉じようとした。
「あなた・・・あなた、目を覚ましてください。」
床が軋むと同時に、遥か頭上より幸子の声が聞こえた。この細君は声が小さいのが常だが、どうも今日はいつもと違う。声が大きい。
「なんだ、どうした。」
乾燥した眼球にはりついている瞼を無理やりこじ開け、蛍光灯を点けた。そして、清はあっと声をだした。
幸子が、体を折り曲げるようにして、泣き出しそうな顔で清を見ていた。その体長は常軌を逸する大きさであった。彼女の折り曲げた背中は天井につき、床に向けてなだらかにくだる上半身。そして、その先の頭は床についていた。顔だけをこちらに向けた土下座のような体制だ。
「なぜこうなってしまっているのかわかりません。目が覚めたら急に体が大きくなっていて、ずっとこのような体勢で、清さんが起きるのをお待ちしていたのです。」
幸子が話すたびに、家屋の振動を伴った。幸子が苦しそうに身じろぎすると、床や天井が軋み、蛍光灯の明かりの元で埃がひらひらと多量に舞う。柳眉を下げている幸子は、その顔の隅々に困惑が見て取れた。
「いかん、ちょっと待っていろ。布団と座布団を集めてくるから、その上に横になれ。」
眠気は完全に吹っ飛んだ。大急ぎで家中の座布団を集め、客用布団を引っ張り出す。自身の布団と幸子の布団も引っ張ってきて、それらを寝室に縦に並べる。間に合わせだが、今できる最善の策だろう。
「幸子、待たせたな。ここにゆっくり横になれ。」
布団と座布団の群れを幸子は目で捉え、ゆっくりと体を動かす。慎重に横半身を柔らかな綿の群れに寝かせ、人心地ついたように息を吐いた。全身が著しく大きくなった幸子は、足を延ばすことができず、胎児のごとき体制で寝室に横たわる。こうしてみると、幸子の身長のなんと大きいことか。天井の高さは約2mだから、その2倍はあるだろう。
幸子の真っ白な顔は憂いをたたえ、巨大化した双眸は不安そうに瞬く。
「こんなことを聞くのはおかしいが、大きくなった以外に体に大事はないか。腹が減ったり、のどが渇いたり、気持ちが悪いってことはないか。」
彼女の白い額に手を当て、その目を覗き込みながら訪ねる。
「大丈夫です。こんな風になっているのに、体に悪いところはないのです。」
幸子は震えるように息を吐きながら答える。その温かい息は床を這い、清の足を撫でた。
清はひとまず安心したものの、この事態をどう収拾すべきか考えあぐねた。真っ先に病院が思い浮かんだが、清と幸子の家は病院から距離があった。この辺境の土地には鉄道も通っていない。そのため、この近辺では病院に行く、というのは一大事であった。いや、そもそも、この状態の幸子を外に出すわけにもいかない。医者を呼ぶにも、まだ夜明け前だ。そのため、この奇怪な出来事を直ちに解決することは難しいと考え、ひとまず現状延長を選択した。「今の俺は、この気味の悪い現象を解決してやることができねえ。でも、明るくなったら街に出て、薬屋に聞いてきてやる。お前は今日は外に出ず、家にいろ。飯も俺が作るから。」
横たわる幸子に目を合わせるように腰を屈めてそう話すと、幸子は目に涙をいっぱい浮かべ、はい、はいと返事をした。少し安心したのか、顔に血色が戻っている。
夜が明けてから、清はさっそく町へ出かけた。幸子のために鍋一杯の粥を作り、水を入れたやかんとともに幸子の顔の近くへ置いた。部屋間を区切る襖も取り払い、少しでも幸子が身動きしやすいようにもしておいた。

歩いて1時間ほどの距離にある街の薬屋で得られた成果は、結論から言うとゼロであった。
人の好さそうな店主は、清の話を聞くにつれてにだんだん顔に不信感が現れ、最後には「旦那さん、あんた疲れてんだよ。あんたの女房に俺がしてやれることはないが、一応これを渡しておくよ。本当は病院の先生の許可がいるんだけどよ。金は落ち着いてからでいいよ。」と抗うつ剤を手に握らせてきた。

無力感に苛まれながら帰路につき、悲痛な面持ちで「ただいま」と玄関の引き戸を開けた。
すると、目の前の廊下の奥から足音が聞こえ、幸子が顔を出した。
「おかえりなさい、清さん。」
申し訳なさそうにそう言う幸子は、清が家を出る前よりも身長が小さくなっていた。明朝は体を折りたたまないと部屋に収まらない幸子であったが、今はその半分程度になっている。
「幸子、なんだお前、元に戻ったのか!」
とは言ったものの、厳密には元通りではないだろう。なぜなら、幸子は頭が天井を擦らないように猫背になっており、明らかにもともとの身長より大きい。しかし、そんなことくらい、大したことではない気がしていた。
「ええ、清さんが準備して下さった布団や座布団の上でうとうとして、目を覚ますとこのようになっておりました。元通りとは言えませんが、多少人間らしい大きさになりました。」
幸子は窮屈そうに肩を丸めながら微笑んだ。清はこの笑顔を見て、ようやく心に安堵感が満ちるのを感じた。
「そうかそうか、本当に良かった。まだ少し大きいが、そのくらいなら大きな不便は無いだろう。この調子でいくと、明日には元通りになっているはずだ。」
幸子のために清が準備した鍋一杯の粥は手つかずだったので、その日の夕餉にした。立っているときは頭が天井に着いてしまう幸子であったが、ちゃぶ台を前に座っているときは不便はなさそうであった。
その晩、床に就き、掛布団からはみ出ている幸子の白い足が寒そうであったので、清は自分の半纏をかけてやった。幸子は柔和に微笑むと、ありがとうございますと小さな声で言った。宵闇の中で浮かぶ幸子の顔は滑らかで、大変に美しく見えた。清は満足げに頷き、すぐに眠りに落ちた。

明朝、清は寒さで目を覚ます。この家は古いのもあって、隙間風がどこからか吹き込み、床下からじわじわと冷気が上ってくる。深夜から朝方にかけて特に冷え込むのだ。まだ薄暗い寝室で清は上半身を起こし、隣の幸子を見た。するとどうだろう、掛布団は人の胴体の形に丸く膨らんでいるのに、幸子の頭も足も見えないではないか。
「おい、幸子!」
清は慌てて手を伸ばし、幸子の掛布団をめくる。掛布団から体温が漏れ、暖かな湿気がやんわりと清を包む。幸子は、ちゃんと掛布団の下にいた。しかし、何ということか。彼女の体は頭頂部から足先まですっぽりと掛布団に隠れる大きさになっていたのだ。
清は唖然とした。まるで小さな子供だ。掛布団をめくったまま幸子を見ていると、やがて幸子が目を覚ました。そして不思議そうに双眸を瞬かせ、「どうしました、あなた。」と言った。

これは一体どういうことなのだろう。幸子は就寝前の半分ほどの体長になってしまっている。布団の上で困ったように座っている幸子を前に、清は何の言葉も出てこなかった。昨晩幸子の足にかけてやった半纏は、温めるべき主を失って床に打ち捨てられているように見えた。
(これは・・・。)
5歳児ほどの大きさになってしまった幸子を見つめながら、嫌な考えが清を支配する。
(幸子は、このままどんどん小さくなってしまうのではないか。)
清は思わず身震いした。決して寒さのせいではなかった。幸子は敷布団に視線を落とし、すっかり細く、短くなってしまった自身の脚を撫でている。清はそっと幸子の隣に腰を下ろし、彼女の細く薄い肩に手のひらを優しく置いた。
「大丈夫だ、俺が何とかしてやる。医者を呼ぼう。診てもらえるまでに少し時間がかかるかもしれないが・・・今のお前と一緒に鉄道で医者の所まで行くのは、俺は不安だ。往来の中でお前がもっと小さくなってしまって、見失ってしまったらと思うと・・・・」
清の最後の言葉は、本人も気づかぬうちに震えていた。幸子は肩に置かれた清の手のひらや、背中に回っている腕がわなないているのを感じた。そして、頭一つ分上にある清の顔を見上げ、その顔にはっきりと恐れが浮かんでいるのを見た。幸子は小さな手を清にそっと重ね、「そうしましょう。大丈夫、幸子は居なくなったりしませんから。」とはっきりと言った。しかし、この気丈な細君も、内心この事態に怯えていた。この先、もっともっと小さくなってしまうのでは・・・。そんな不安をおくびにも出さず、幸子は清の手の甲を優しく何度も撫でていた。

同日、日が昇るとすぐに清は医者に電話をかけ、訪問診療の予約をとった。最短で、明後日の午前に伺うことができるということであった。清は今すぐにでも幸子を医者に見せたかったが、医者は医者で今日明日はどうしても後ろ倒しに出来ない予定があるという。無理を言おうが解決は難しそうであったため、清はやむなく了承した。
幸子は小さな体に半纏を羽織り、けなげに台所で炊事をしようとした。しかし、彼女の身長は調理台と釣り合わず、子どもが一生懸命料理をこしらえているようにしか見えない。何しろ額の位置に調理台の天板があるのだ。妻が怪我をしないよう、炊事はもちろん、家事全般は清が担当した。
(これからどうなるのだろう。明日、幸子は赤子ほどの大きさになってしまっているのでないか。)
夜、幸子と一緒に白菜の味噌汁をすすりながら、清は漠然と不安な思いに駆られていた。この実体のない不安を解消することもできず、頭の中で暗雲をかき混ぜるばかりであった。

はたして、清の不安は的中した。
心痛のためか、まだ日が昇りきらぬ早朝に目を覚ました。目覚めたばかりだというのに、体と意識は覚醒している。まるでこれから起こる悪夢を予見しているようだ。
隣で眠っている幸子を見やる。清の心臓が早鐘を打っている。清の指先は震えていた。
幸子の姿が見えない。いや、正確には、掛布団から幸子の頭が出ていない。中央がへこんだ枕がぽつんとあるだけだ。掛布団が平たい。その下で人間が眠っていることを示唆するような膨らみもない。たった今、床に就く人のために敷いたようだ。
心臓の拍動に急かされるように、慌てて清は掛布団をめくる。そして、清は絶句した。

そこに、親指ほどの大きさになった幸子がいたからだ。

「ずいぶん息苦しいし、何かが乗っかっているように感じていましたが、こんなにも小さくなってしまっていたんですね・・・。」
ちゃぶ台の上の幸子は、悲し気に微笑みながらそう言った。もともと声の小さい女であるが、体が小さくなったためかますます声が聞き取り辛くなっている。
清が幸子を発見した際、彼女はぐっしょりと汗をかいていた。どうも掛布団の重さにやられてしまったらしい。清が慎重に清潔な布巾でくるみ、ちゃぶ台に乗せたのだ。水を乗せた匙を慎重に幸子の顔近くに運ぶと、幸子は小さな口で水を飲んだ。その姿は、生まれて間もない小さな獣のようだった。
親指ほどの大きさであることを除き、幸子の具合は普段通りだった。しかし、清はこの先を考えて身震いする。
(やはり、どんどん小さくなっている。)
医者は明日午前に来るはずだ。それまでは、小さくなってしまった幸子を飢えさせず、傷つけず、率直に言ってしまえば死なせないようにしなくてはならない。
清は布巾をハサミで小さく切り、幸子の胴にやさしく巻いた。そして、腰のあたりで麻紐を結わえ、簡単な服とした。台所から持ってきた小さな浅皿に布巾を敷き、幸子に皿の中にいるように伝えた。幸子は難儀しながらよちよちと皿の縁を跨ぎ、中央に座した。一見すると、まるで包帯を巻いた指が皿に乗っているように見える。
ひとまず、飲み物と食べ物に困らないように、水を乗せた匙と、細かく刻んだ麦飯を平皿の上にそっと置く。幸子は自分の手のひらほどある刻んだ麦飯をしばし見つめ、憂い顔で清を見つめた。
「皿の中にいてくれれば、俺がお前を見失うこともねえ。今日はずっと家にいるから、お前のそばにいるよ。大丈夫だ、明日になれば医者に診てもらえるから。」
清はそう言って、自身の人差し指を恐る恐る幸子に近づける。幸子はその人差し指を小さな両手でぎゅっと握り、頷いた。涙の膜が張った両目で清を見つめ、何事か口を動かしたが、その声は小さく、清には聞こえなかった。

親指ほどの大きさしかない幸子は、その見た目からもわかるように、大した量の食事を必要としなかった。皿の端っこに小さく切ったぼろ布を置いておくと、そこで用を足した。汚れた布を清が回収しようとすると、幸子は小さな顔を真っ赤にして狼狽えた。排泄物がしみ込んだ布を素手で触られることに抵抗があるようだ。そこで、清はやむなく箸を使った。幸子のいじらしさに愛しさがこみ上げる。顔に笑みが浮かんでいたのか、幸子は清をじっと見つめ、何事か口を動かし、恥ずかしそうにはにかんだ。
小さな幸子の世話は、全く手がかからない。体調も問題なさそうだし、飯も食っている。小さくても皿の上にいれば見失わない。清は安堵した。明日の診療までは何とかなりそうだ。

その晩、浅皿の上の幸子に掛布団代わりの布巾をかけてやり、清は床についた。そして、その数時間後であった。

地面の底から響く地鳴りのような音とともに、強烈な振動が清を襲った。地震だった。
清は掛布団をはねのけ、あたりに目を凝らす。まだ夜が明けておらず、真っ暗だ。物音だけが雄弁に現状を物語っていた。家がギシギシと大きく軋み、家の中を何かが落ちたり転がるような音が絶えず聞こえる。強烈な揺れを身に受けながら、清は冷や汗が滲むのを感じた。かなり大きな地震のようだ。
「幸子!」
大きく左右に揺られながら、清は幸子の元へ行こうとした。しかし、揺れに振られて真っすぐ進むことができず、家の柱や襖に体をぶつける。地震の強大なエネルギーの煽りから逃げるように、清は体勢を低くして、這いつくばりながらちゃぶ台へ向かった。落ちてきた埃で床がざらついている。脂汗が清の額を伝った。緊張のためか恐怖のためか、清の手のひらは汗にまみれ、床の埃を存分にひっつける。清は這う這うの体でまずちゃぶ台の脚をつかみ、ちゃぶ台が揺れでひっくり返らないようにする。そして、急いで上半身をあげて、ちゃぶ台の天板を見た。
浅皿はそこにあった。幸子がいるはずの浅皿だ。天板を滑ったのか、位置がかわっている。さらに、寝る前に清が浅皿にかけてやった掛布団代わりの布巾は、力なく天板へ落ちていた。
「幸子!」
清が呼んでも返事はない。揺れはおさまり、家鳴りだけが聞こえた。ようやく目が暗闇に慣れてきたものの、ちゃぶ台の天板の上はよく見えない。清は、どこかにろうそくがあったはずだと戸棚の引き出しをあさり、見つけた古いろうそくに大急ぎで火を点けた。
「おい、幸子、どこだ!」
ろうそくの炎で天板を照らす。浅皿はあるが、そこに幸子の姿は見えなかった。
「幸子!幸子!返事をしてくれ!」
蝋が左手に垂れるのも構わず、清は天板に顔を張りつかせて、小さな幸子を探す。どれほど小さくても見逃すものかと、目を見開き、瞬きをするのも忘れていた。何度も何度も、清は天板の端から端まで舐めるように見つめ、自分の汗が目に入っても瞬きしない。顔だけがかっと熱く、発熱しているようだったが、それとは裏腹に体の芯は冷え切っていた。静かに絶望が心を塗りつぶしていく。

いない、どこにも・・・

ちゃぶ台の上に、幸子は居なかった。恐怖で頭が痺れる。じっとりと汗をかいた手のひらを畳につき、頭を畳にこすりつけるようにしながらちゃぶ台周辺を凝視する。床に幸子が転がり落ちたのではないか。痺れて回らない頭に浮かんだ希望に縋りつくように、必死で畳表を探す。息を止め、血眼で畳表を凝視し、畳目に指を這わせた。しかし、指先に伝わるのはざらついた埃の感触ばかりで、幸子の温かさはそこになかった。

(もしかしたら幸子は、俺の目には見えないほど小さくなってしまったのではないか。)
清の頭にそんなことが思い浮かんだ。しかし、そうなってしまえば、もはやどうしようもないのだ。
(もともと声の小さい幸子だ、その声も、もう俺には届かなくなってしまっているのではないか。)
目にも見えず、声も聞こえない。そんな生き物を、どうやって探すのか。
清の手は冷え切っているのに、不思議と汗で湿っていた。頭は氷のように冷え切っているが、体は幸子を探すことを止められない、そんな清を表すようだった。荒い息をしながら、清は床に這いつくばり、片っ端から畳目を指でなぞっていく。
「幸子・・・幸子・・・」
家屋に、清の声だけがこだました。











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