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米踊るカニチャーハン
かにチャーハンの店・渋谷に行った。以前に職場が渋谷だった時に先輩方と食べに来て以来なので、じつに10年ぶりくらい。
そのお店は渋谷の駅から向かっていくと、ハンズ手前あたりの雑居ビル3階にある。
昔はカニの量によって、カニチャーハンとカニカニチャーハンがあったと記憶していたのだが、カニカニと、カニまみれチャーハンになっていた。いや、最初からそうだったのかも知れない。
※正式なメニュー名はひらがなで「かに」ですが、文章だととても見にくいのでカタカナに置き換えています
カニバランスの崩壊
入り口で食券を購入するのだが、やたらカニカニ書かれた食券が出てくる。
食券を渡すと店員さんも調理場に向かってカニカニ言う。
お客さんも食券を買う際にはたいていカニカニチャーハンにしようか、カニミソチャーハンにしようかと、カニカニ言いながら連れと相談している。
ここには一生かかって耳にするくらいの「カニ」が溢れている。
私たちはやっと奥のカウンターに通され、カニカニチャーハンが出てくるのを待ち構えていた。待っている間も何度かエレベーターが3階に止まり、人が降りてきてはカニカニ言いながら壁沿いに券売機の行列を伸ばしていた。
この時はちょうどランチタイムだったこともあり、客はひっきりなしにやってきた。
チーン。また3階にエレベーターが止まりました。しかしこんどは扉が開いても誰も降りては来ません。誰か間違ってエレベーターのボタンを押したのでしょうか。
「君たち、これ以上カニという言葉をここに集めないでくれないか。何度も言わせないように。世界のカニバランスが君たちのせいで大きく傾いているのです」
カウンターの下から声が聞こえました。私は視線を落とし、そこに教授みたいに小難しい顔をした眼鏡の英国紳士風の男2人を見つけました。
さっきのエレベーターから降りてきたのはこの小さな紳士達だったようです。私は奥のカウンターに座っていたので2人のうちの1人が声を上げるまでその存在にまったく気が付きませんでした。
彼らは単に背が低い人というよりは、その大きさがとても自然で、初めからそういう種類の生き物のように見えます。
じつはこの紳士達は世界に必要な言葉を配ったり、溢れた言葉を整理してまわっているのです。あなたも初めて出会いましたか?彼らは人々が余計な事を口にして争ったりしないよう必要な言葉を調整して、バランスを取っています。
1人はリーダーで、もう1人は記録係です。記録係の記録によると、この店では今日だけでもすでに300回以上、「カニ」が飛び交っているとのことなのです。
米踊る調理場
カウンター席からは調理場がよく見える。料理人たちは、カニカニという言葉が飛び交う中、ひたすら中華鍋を振ってカニカニチャーハンを作りまくっている。
中華鍋の上で米が凄い速さで円を描くように舞い、宙に浮いた米が吸い寄せられるように鍋に戻ってはまた宙に浮く。そして最後は大きなオタマに米がシュっと吸着し、そのまま綺麗に丸くお皿に載せられる。
料理人の鍋捌きは芸術的だ、ずっと見ていられる。
米たちが綺麗に皿に整列して作られた丸い王座に、カニが鎮座する。
私たちのカニカニチャーハンが完成したようだ。湯気の立ち上る出来立てのチャーハンが目の前に運ばれてきた。
お店の人はさすが、その小さな紳士達の来訪に慣れている様子でした。
次々と出来上がるカニカニチャーハンを客のもとに運びながら(ところで同じような注文ばかりなのに、店員は客の注文と並び順を完璧に覚えている!)紳士達に視線を移す事なく返事をします。
「何度そんな事を言ったって、うちはカニカニチャーハンのお店なのだから仕方がない事でしょう!
あなた方がもっとカニという言葉をはじめから多く用意しておいたら良いじゃないか」
そして、まったくお昼時に迷惑だという態度で存在を無視し続けたので、彼らは困惑し、所在なさげに俯いてしまいました。
そうしている間にもエレベーターは地上と3階を行き来してどんどん人を運んできたので、彼らは俯いたまま、いつしか券売機の行列に巻き込まれていったのです。
どさくさに紛れて食券を買わされたご立腹気味の紳士達は、言葉だってお金と同じ、たくさん作ってしまえばいいというものではない、とぶつぶつ文句を言いながらカウンターに座り、調理場で踊る米を見つめました。
カニカニの妥当性
カニカニチャーハンは少ししっとり感もある絶妙なパラパラ具合のチャーハンで、たまに胡瓜などの歯ごたえも感じられて美味しい。カニは当然美味しいが、正直なところカニが載っていなくても食べたい。
一緒に出てくるカニの味噌汁も美味しい(これは無くなり次第終了と書いてあったので必ず付くものではないのかもしれない)
私たちは早くも、次回来たらの話を始めていた。カニカニチャーハンも良いけど、次回はカニミソチャーハンにしてみようか。
こうしている間にも、記録係のノートにはどんどん新たなカニが追加されていきます。そして店員が、お客さんが、そこら中でカニカニ言うたびに、舌打ちでも聞こえてきそうな苦々しい顔でチラッと視線を寄越すのでした。
紙幣をやたらに印刷しすぎればインフレが起こりますね。愛という言葉も溢れすぎていたら安っぽくなったりしますから、この店にはカニという言葉が溢れているがそこに妥当性はあるのか、それが問題です。
しかし紳士達も、これから提供されるこの米踊るカニカニチャーハンを一度食べれば、ここにカニという言葉が溢れていることを承認するほかないでしょう!
私たちもまた安心してカニカニ言うことができそうですね。
カニカニ!
※このお話はファンタジィ日記部分のみフィクションとなっております