夜行酩酊
「ひさしぶり、元気してた?」
会えることを期待して無かったと言えば嘘になる。会ったら悲しくなるの何かわかり切っているのに。
彼女が手持ち無沙汰になった時を見かけて、目を合わせてポケットから煙草を出すだけ。それで十分だった。
階段を上って出口から出て、歩道に出るところを袖を引っ張られる。
雨。濡れないようにそっと壁に寄って座る。
3か月ぶりに見る横顔はふとした時に思い出す幻影よりずっと綺麗で、なんて声をかけたらいいかわからなくて。当たり障りのない切り出し方をしてしまった。
「まぁね」
お互い咥えた煙草に火をつけて夜の路上で煙を吐く。
煙を吐き出す唇に見とれているのを気付かれないように、それらしいことを言おうとしても、それより早く彼女が口を開いて。
「彼女できたこと私に見せつけてたんでしょ?」
あぁ、変わらない。二人でいた時にも時折見せた意地悪で、少しの怒気も孕む物言い。
結局自分は振り回される事が好きだったから、この一声を聞いて最初に抱いた感情は嬉しさだった。なんて返答するか考えるより先に喜んでしまう自分勝手さも同時に自覚してしまう。だからこんな結末になってしまっているんだろう。
「そうだけど、それでも」
「今日は一緒に来てる人がいるから」
知ってるよ。
遮って躱された言葉にも、強がった振りをしてみて。かすかな呟きは煙に乗って流れて行った。
「…会えてよかったよ、今日いる事を期待してたから」
もう思い出したくない。この煙草だって忘れるための儀式だ。でもそんな隠した思いなんてとっくに見透かされている。
「会ったら辛くなるだけだって分かってたくせに。…もう中戻ろっか」
フィルターギリギリまで吸った煙草を地面に押し付けてから立ち上がる彼女に手を伸ばすことはできなかった。
「もう一本いる?」
淡い期待を内包した言葉。こんな言葉じゃ引き留められないことも分かってる。手を伸ばせない弱さと言わずにいられなかった弱さ。
「私とまだ話したいから吸わせようとするんだね」
「これ、好きだったでしょ」
甘味料が塗りつけられた甘い煙草。コンビニには売ってないし匂いは強いしこんなめんどくさい煙草吸わない方がいいよなんて言ったのがもう昔の事で。
「あの人タバコ嫌いだから私もうやめたんだ」
「変わったね」
「君が彼女作ってたようにね」
変わってないさ。君は今でもあの日のままだ。
遠くから見たら一つだった。近づいてみたら二つだった。何も変わってない。
「ありがと」
いっぱい傷付いたけど出会わなければよかったとも思ってない。だからこれが最後の感謝。
「なにそれ」
「やっと忘れられるからさ。」
一瞬だけ、表情が変わった気がした。過去喧嘩して先に帰ってしまた時の顔に。
これでいい。
互い違いもう1つにはならない。
口を開く彼女。音を発する唇の動きがコマ送りのようにゆっくりに感じられて。
これが最後の言葉なんだと、これを聞いたら行くんだろうと。永遠に感じられる刹那の中でそんな思いを抱く。
怒らせるようなことをわざと言った。だから、返される言葉もきっと。
「バイバイ、お互い幸せになろうね」
お互い、か。
少し予想外な返事だったな。
背中を見送ることもせず、煙草を取りだして1人静かに火をつける。混じり合う煙の無い孤独の火は、燃え進むのがずっと速い。
煙草、やめるかな。
屋根伝いに落ちた水滴の1粒が導火線のその先に落ち、初恋も、後悔も、未練も、真っ二つに折った。