ドイツでも犯罪は高齢化


モーツァルト生誕の地として、毎夏、音楽祭が開かれるオーストリアのザルツブルグから、国境を越えて、西へ車で走ることおよそ1時間、淡水を湛えたキーム湖が右手に現れる。

ドイツ、バイエルン州南部に位置し、標高500メートルほどの風光明媚な湖畔には、富裕層の所有する別荘が並んでいる。

2014年6月23日の早朝、この中の1軒に40人のドイツ武装警察官が踏み込み、誘拐事件が解決した。被害者は、ドイツ生まれのアメリカ人で、投資会社社長のジェイムズ・アンバーン氏、57歳。4日にわたる悪夢のような試練から、やっと解放された。犯人は、裕福な2組の老夫婦と1人のビジネスマンであった。

この事件に対する判決が、2015年3月23日、キーム湖の東10キロにあるトラウンシュタインの裁判所で、犯人5人のうち4人に下された。残りの1人は、病気のため出廷しなかった。

主犯の74歳、元建築家には懲役6年、助手を務めた、アンバーン氏の元部下の61歳の男に懲役4年、主犯の妻80歳に21ヶ月、元女医66歳に18ヶ月、女性はいずれも執行猶予が付いた。病気のため、出廷しなかったのは、元女医の夫63歳である。この男も医者であった。

2組の老夫婦が、90年代後半、大西洋の向こう側、アメリカ、フロリダ州で別荘を購入したとき、当地で、投資会社を経営し、またドイツ語にも堪能なアンバーン氏が仲介を取ってくれた。親しくなるにしたがって、話は資産運用へと展開したのだろう。

この時期、フロリダ州は、不動産ブームを呈していたおかげで、被害者に全幅の信頼をおいていた老夫婦は、4年に亘って、年12パーセントの利回りで資産を増やしていった。

これに味をしめて、投資額を増やしたところ、サブプライムローンの破綻で、すべてを失ってしまった。4人の出した損失は、あわせて約3億円以上という。

なくしたお金を民事裁判で取り戻そうとして失敗すると、自らの手で決着をつけようと考えた4人は、アンバーン氏に6000万円の貸しがあると主張する、元部下を仲間に引き入れた。そうして、首謀者と助手の2人は誘拐目的で、去年の6月19日夜、ドイツはシュパイヤー市にあるアンバーン氏の自宅に向かう。

行きつけのパブから帰宅したアンバーン氏は、「話がある」と2人にいわれ、とりあえず、自宅の居間に案内した。いつまでも結論が出ない話し合いに、痺れを切らせた主犯は、「車から緑のファイルを取って来てくれないか」と相棒に頼んだ。この台詞を合図に、誘拐犯は氏を急襲、猿轡を噛ませ、粘着テープでミイラみたいにぐるぐる巻きに縛り上げた。

それから、主犯特製の大きな箱に被害者を放り込むと、用意しておいた手押し車に載せて、道路をひた走る。カフェの屋外のテーブルで、コーヒー片手に談笑している客をよそに、2人の老人は息を切らせながら、カートを押してゆく。

約500メートル先に逃走用の車、アウディを駐車している所まで。「箱の中身は何かと訊かれたときは、大理石の像だと答える手筈になっていたんだ」

この場所から、バイエルン州のキーム湖畔にある主犯の別荘までは、ドイツ縦断、およそ500キロである。車のトランクの中に投げ入れられて運ばれる途中で、手足の自由を取り戻したアンバーン氏は、そばにあった鉄製の棒でトランクを壊し始める。

アウトバーンを時速100キロ以上で南下中に、高級車を傷つけられて、癇癪を起こしたのか、首謀者は、休憩所で車を止め、アンバーン氏の肋骨を2本折る傷を負わせた。

日付は翌日に変わった深夜、別荘に着くと、アンバーン氏は半裸の状態で地下室に閉じ込められた。失った金を取り戻すための度重なる訊問はガレージで行われた。このときは、なぜか、コーヒーとケーキが出たという。

訊問中は、共に元医者の老夫婦と主犯の妻も立ち会って、火の付いた煙草を氏に押し付けるなどの拷問を加えたらしい。氏いわく、「生きて別荘を出られるなんて、考えてもいませんでした。てっきり、森の中へ連れていかれ、射殺されるとばかり思っていました」

トラウンシュタインで開かれた裁判で、首謀者は信じられないような答弁をした。「誘拐なんて大袈裟なものではない。新鮮な山の空気を吸えば、氏の頭もよくなるだろうと思って、別荘に招待しただけ。簡易ベッドとトイレのある地下室に案内し、なくした投資金について話し合った。丁寧にもてなし、妻の用意するゴチソウを食わせた」

実際は、水っぽいスープを1日に2回やっただけ。氏が次のように犯人たちを説得したのは、一計を案じたからである。

「スイスの銀行にファクスを送るのを許可してくれれば、損した金の一部を返してあげる」と。自分の銀行口座が、空っぽなのは、おクビにも出さないで。

こうして、アンバーン氏は、「警察に連絡されたし」という文言を、簡単な暗号を使って、老人たちに判らないように、ファクス文の中に忍びこませることが出来た。

犯人たちの口座に送金されるのを待つ間に、大のタバコ好きの被害者は、庭で一服することを許された。しかし、このとき氏は誰も見張りがいないスキに、庭のフェンスを乗り越え、パンツ一枚で逃げ出した。あいにくと、雨が降っている午後であった。

富裕層の多く集まるリゾート地を大声で「誘拐された、助けてくれ」と叫びながら逃げてゆく氏を、誘拐犯たちは、銀色のアウディに乗って追いかける。「誰か捕まえてくれ、強盗だ」と叫びながら。

近所の人たちが、どちらの言い分を信じたかは、いうまでもない。アンバーン氏は、すぐに取り押さえられて、老人たちに引き渡された。そして、別荘に連れ戻されて、袋叩きにあった。

警察へ通報するよう暗号で記されたファクスを受け取った銀行員は、アンバーン氏が数日間、行方不明になっていることを確認すると、すぐにドイツ警察に緊急事態を知らせた。

数時間後、ファクスの送信元と特定された別荘には、40人の武装警察官が駆けつける。こうしてアンバーン氏は、救い出され、5人の誘拐犯たちは、抵抗する気力もなく全員逮捕された。

ただし、アンバーン氏は、その後詐欺の容疑で取り調べを受け、また2組の老夫婦の失った3億円は脱税して溜めこんだものと見られている。


http://www.independent.co.uk/news/world/europe/jailed-pensioner-gang-who-kidnapped-financial-adviser-1926172.html

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