20年の研究成果を台無しにした犬
「ブルーワーの雑学事典」の犬の項目に、著名人の飼っている犬の名とちょっとしたエピソードが載っていることは、永嶋大典の辞書案内や丸谷才一のエッセイで知っていた。
そして、今回、行方昭夫の「解釈につよくなるための英文
50」を読んで、ニュートンの飼犬、ダイアモンドの起こした大失態の叙述が、ホーソーンの児童向け伝記から引用されていることが分かった。
この伝記は、ちょっと書き方が変わっている。テンプル一家の8歳の少年、エドワードは重い眼の病気にかかって失明同然になり、人生に絶望している。
これから、ずっと暗黒の世界に暮らすことになるのかと考えるたびに落ち込んでいるエドワードを励ますのは、両親と兄のジョージ、それに7歳のエミリー・ロビンソンである。
エミリーは、テンプル氏の親友の娘なのだが、母を亡くして以来、テンプル家に同居している。父がどうしているのかは、何も書かれていない。
読書の楽しみを奪われたエドワードに毎晩、本を読んであげると約束したテンプル氏の取り上げるのが、ニュートンを含め6人の伝記である。ニュートンは2番目。
エドワードを中心に一家団欒で氏の朗読を楽しむ様が、読者の脳裏に拡がるように工夫されている。
ニュートンは、50歳のとき、眠っている犬をそのままにして、しばらく部屋を留守にしていた。その間に、ダイアモンドは目を覚まし、机の上に飛び乗り、ローソクを倒して20年の研究成果を灰にした。
部屋にもどってきたニュートンは、これを見て激怒することもなく、犬の頭を撫でながら「何をしでかしたか、何も知らないんだから」と言って、すぐに後片付にとりかかったという。
並の人間なら、殺してやると怒り心頭に発したことだろうと、ホーソーンは記している。
いきなり怒り狂うこともない、穏やかな性格が幸いしたのか、17世紀中頃に生まれたにもかかわらず、ニュートンは84歳の長寿をまっとうしている。
何事もカッカしないで、楽天的に受け止めれば、心臓疾患にかかりにくくなると、最近の実験でも証明されている。
老齢を迎えて、ニュートンは造幣局の高い地位まで登りつめ、アン女王からサーの称号も受けたとはいえ、地位や名声に関心を示すことはなかった。また、自分の物知りを鼻にかけることもなく、自らの知識の量なぞ、大海の一滴にすぎないことが分かっていた。
しかし、晩年になって肖像画を何枚も描かせたところから見れば、これも少々あやしいと思われる。
前世紀の末に出たニュートンの伝記によると、彼はペットを飼ったことはないと書かれているそうである。
ニュートンは生涯、独身をとおしたので、机の上で書類の束が燃えているのを目撃したのは、他にだれもいなかったに違いない。ロンドンでは、姪の夫婦と一緒に暮らしていたことは確かなのだが。
また、窓を開け放したまま、教会に出かけたので、強風にあおられてローソクが倒れ、実験データが全部燃え尽きたという説もある。
こうなると、伝染病の蔓延のためケインブリッジ大学が閉鎖され、実家に戻ったとき、庭に寝転んでいたニュートンの頭にリンゴが落ちて、これが万有引力の発見につながったというのも、眉唾である。