La Belle au bois dormant 第一章 Pas de Six➀

第一節:夢に見たもの

 

 何も無い、真っ暗闇の中。

 見えるのは『黒』、聞こえるのは『静』ばかり。

「――――」

 誰かに呼ばれた気がして振り返っても、そこに広がっているのは無限の闇。

 クロエは1人で、周囲を見渡し溜息を吐いた。

「また、この夢なの?」

 最近この夢ばかりで、正直うんざりしているのだ。

 夢を夢だと認識している時点でおかしなものだが、それ以前にこのような夢を見ている自分の頭に問いたい。

 一体、何を望んでいるのかと。

「―――ロ――」

 もう一度。

 呼ばれた気がして振り返ったけれど、そこにも何も居なかった。

 適当な方向に2,3歩足を運んでも、『移動した』という認識すら持てない程の『黒』。

 そして何度も、間を置いては何度も繰り返される、同じトーンの響き。

「来て―――ラ――」

 突然、その音がはっきりとした響きを持った。

 いきなり聞き取れるようになったそれに驚きつつもじっと耳を澄ましていると、また一定の沈黙の後に、同じ言葉が繰り返される。

 呼んでいる。

 呼ばれている。

 声のする方に足を運んでいったが、それでも聞こえてくる音は、一向に近付いてこない。

 どうすればよいのか解らずに、静かに目を閉じた。

 目蓋の裏に、同じ『黒』が現れる。

 その瞬間。

 

「来て、オーロラ姫」

 

 紡がれた言葉は耳元で。

 いやに優しく、哀しく、切なく。

 

 胸に響いた。

 

「…ッ!」

 飛び起きたことで、『夢から醒めた』のだと自覚する。

 そこは自分用にと宛がわれた部屋だった。

 一人用としては狭すぎず広すぎない空間に、温かな日差しが開け放たれた窓から差し込んでいる。

 テーブルの上に乗った硝子細工のベルが、外から入り込む微風に揺れてチリンと音を立てた。

「……また…」

 あの夢。

 夢の中でも呟いた言葉を繰り返し、けれど今回のそれがいつもとは違っていたことを思い出す。

 耳元の声。

 あれは、今までになかったものだった。

「……」

 辺りを見渡して、ベッドから降りた。

 日差しの強さからして既に昼を回っているのだろう、ぼんやりとそう考えながらクロエは寝着からいつものお気に入りの服に着替える。

 くすんだオレンジ色のフード付ガウンと、インディゴパープルのプリーツスカートを身に纏う。そして極め付けに両親の形見である、大粒のルビーのブローチを胸元に付けた。

 このブローチは、彼女が彼らの娘であったことの唯一の証だ。

 

 身なりをきちんと整えた後に向かうのは階下のリビングルーム。最大で70人程が入れるのだというその場所は、リビングというよりもはやロビーに近かった。

 アールデコ調の装飾が施された美しいリビングの中央には、男が一人佇んでいる。

 窓から外の様子を伺っているらしいその背中に、クロエは後ろから思い切り抱きついた。

「おはよう、クロエ」

 振り返りもせず、彼は静かな優しい声でそう口にした。

 クロエは微笑み、すっかり安堵して彼の背に顔を埋めながら答える。

「おはよう、パパ」

 離れたクロエは、自分の方に振り返った男の、透けるように青い瞳をじっと見上げる。

 彼が覗いていた窓から風が入り込み、サラサラと彼の灰色の髪を揺らした。

 流れるような口調で、彼は再び話し始める。

「昨日はよく眠れなかったのかな?」

「…どうしてそう思うの?」

「あまり元気が無いからね」

 穏やかな調子を崩さないこの人はしかし、怒れば誰よりも恐ろしいのだとクロエは知っている。

 『パパ』と言っても、本当の『父親』ではない。それに『パパ』と呼ぶのはクロエだけで、その実他の仲間たちは皆彼を『ボス』と呼んでいた。

 この盗賊団の頭を『パパ』と呼ぶクロエが特殊なのだ。

「流石。何でもお見通しなのね」

「…またあの夢?」

 苦笑を漏らして、それを肯定の返事にする。

「でも、今日のはいつもと違ったの」

 彼の手をぎゅっと握って、ゆっくりと言葉を繋いだ。

「そうなんだ?」

「呼ばれたの。『オーロラ姫』って」

 紡がれた言葉に、彼は少しだけ目を細める。考え込むように空いている方の手を顎にかけ、沈黙した。

「何かの前兆かしら?どう思う?」

「そうだね…クロエ、こっちへ来なさい」

 繋いだ手に導かれるまま、クロエは彼が誘うソファへとやって来る。隣同士で座り込んだ後、彼は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そしてそれを、クロエに見せる。

「これは…誰?」

「黒き魔女を封印したとされるオーロラ姫の写真さ」

 写真の少女は、クロエ程の年齢のあどけなさ。

「…写真が残っていたの?」

「そう。最も、当時作られた肖像画やブロンズ像などから推測して作成された合成写真だから、大体の憶測にしかならないけれど」

 参考にはなるだろう?と。

 問われ、クロエは顔を顰めた。

「……パパ、何が言いたいの」

 パパと呼ばれた男はクス、と笑みを零し、とぼけるように首を傾げて見せる。けれど『娘』はそれで納得するはずもなく、『父親』を睨むように見つめ、再び口を開いた。

「『憶測』なんでしょう」

「無論。けれど、かなり本物に近い出来の合成写真だといわれている」

「…で?」

 問いかけられても、男は笑みを深めるばかり。曖昧な話題や、自分から結論を急ぎたくない用件に関してはいつもこの調子だ。しかし今回ばかりはクロエも、彼が口を割るまで辛抱強く待つことにする。立ち上がり、腕組みしたままぐるぐるとソファの周りをまわり続けた。

「クロエ」

 『言わせる』ことを諦めたのだろう、彼は観念したように名前を呼んだ。それを合図に『娘』は歩みを止め、『父親』を真正面から見下ろした。

 直立した少女の頬に、男はそっと手を添える。

「とても、似ていると思わないかい?君に」

 紡がれた言葉は、余韻となって空気中を彷徨った。しばし2人は見つめ合ったまま、硬直したかのように動かない。

「……何が言いたいの」

 そう聞いておきながらも、大方言いたいことは解っている。この男はまた、自分に向かって『オーロラ姫の生まれ変わり』だの、『血縁』だのなんだのとのたまうのだろう。幼い頃から飽きる程に聞いていた言葉たちを、自分に浴びせてくるのだろう。

 真剣な表情を崩さぬまま、男は頷いて見せる。

「君は、必要とされている」

 クロエの方へと差し出された彼の右手には、一通の手紙と思わしき便箋があった。それを受け取ると、ひっくり返して宛名を確認する。『EdlaR』というこの組織の名が書かれたすぐ下に、『Cloe=Girard』と、自分の名前が記されていた。

「私宛の、手紙?」

「開けてみなさい。君にとっては驚くべきことが、書いてある」

 間髪入れずにそう言われ、言われるがまま手紙の封を開ける。中から出てきた上質な1枚の便箋には、ただ、一言だけ。

「…『お会いできるのを、楽しみにしています』……」

 訳も分からずに彼を見つめると、曖昧な笑みでもって返された。

「差出人を確認してごらん」

 それだけを告げ、『父親』はソファから立ち上がり、リビングから出て行ってしまう。残されたクロエは、ただただ戸惑い、沈黙したまま再度封筒をひっくり返した。

「………っ…」

 『Celine=Robert』という文字に、震えが奔る。それは、クロエが憎んでも憎み足りないこの国、アストゥリアスにおいて、唯一尊敬している偉人である。『予言者』として現れ、現在は『預言師』として国に仕えているという、巷では有名な占い師。

 そんな彼女が、自分に何の用があるというのだろう。彼女に対しては盗みを働いたこともないし、城下町の端に住んでいるとはいえ城には近付かないから、対面したことはおろか、間接的に関わったこともない筈だ。

「……」

 もう一度、便箋を見つめる。彼女か、あるいは彼女に仕える者が書いたたった一言の文字は、先程とは違いどこか不思議な力を帯びているように見えた。訳も分からないまま、クロエはただただ自分の心臓が高鳴っていることを自覚する。

「…どうして」

 不思議な夢―――いつも見る暗闇の中で、初めて誰かに『オーロラ姫』と呼ばれた。そして、そう呼ばれた朝に届いた、一通の手紙。

「………」

 何かが始まるのだろうか。自分は、どうすればいいのだろうか。しかし自分にできることなど、『盗み』くらいなものだとクロエは解っている。

 だから、今日もいつものように――何事もなかったかのように、『仕事』に出かけることにした。

 

 辿り着いたのは、城下町の中ほどに位置する商業区。城下でも最たる賑わいを見せるこの場所では、格好の獲物が見つかりやすい。ここまで来る途中にも何人かの財布や金貨を頂戴したが、それだけでは今日のノルマには足りない。

「クロエちゃん?クロエちゃんじゃないか!」

 果物を売っている中年の女性に声をかけられ、クロエは振り返りニッコリと笑った。

「おばさま、おはようございます。今日も良い天気ですね」

「ああ。絶交の観光日和とあって、今日は観光客がわんさかいるよ」

 いつものように幾つかの果物を『お土産』として手渡してくれながら、女性は明るくそう答えた。彼女はクロエがよくこの場所に来ることは知っているけれど、ここで何をしているかは知らない。

「そうなんですか。じゃあ、今日は稼ぎ時ですわね」

 屈託ない笑みでそうのたまえば、女性は嬉しそうに頷いた。そう言っている間にも、もう1人の店番の娘が女性のすぐ隣で観光客らしき男女に果物を売り渡している。

「お仕事、頑張ってくださいね」

「ああ。クロエちゃんも、良い一日を!」

 商売の邪魔をしてはいけない、という風を装い、クロエは手を振ってその場を離れる。そうして目的の場所――最も盗みを行いやすい場所までゆっくりと移動していくが、その間にも何人かの売り子や店番に声をかけられ、足を止めては他愛のない話をする。町の人々は活気に満ち溢れ、お節介なまでの親切さでクロエの世話をやいてくる。クロエがここへ来て、何をしているのかを知ったら彼らは衝撃を受けるのだろう。そう考えると心は痛むが、この『仕事』を辞めることはできない。

「あら…お財布がないわ!」

 背後で慌てたような女性の声がして、思わずクス、と笑みが零れた。気付くタイミングが遅いから、クロエがいつも傍にいる時や、通った後すぐに何かが盗られていることに気付くことは稀だ。だからこそ商業区の人々は、誰もクロエを疑わない。ほぼ毎日のように足取り軽くこの通りを歩むクロエは、商業区の人々にとっては幼い頃から見守ってきた娘同然の存在であったから。

 

「……おかしいわ」

 目的の場所まで来て足を止めてはみたものの、クロエは覚えた違和感に顔を顰めた。いつも通り、そして期待通りに沢山の人々で溢れかえっている広場はしかし、不思議な気配で満ちている。

「………」

 もしかしたら平民の恰好をした兵士たちが、覆面捜査でも行っているのかもしれない。あるいはただ何かのお祭り騒ぎが起こるのか。どちらにせよこの気配の正体を突き止めなければ、安心して何かを盗むことなどできるはずもない。

 ひとまずぐるりと広場を回ってみることにした。中央にある大きな噴水からできるだけ遠く離れ、噴水を取り囲むようにできた店という店、その間を活発に動き回る子どもたちや、集まっては談笑している大人たち1人1人をできるだけ丹念に観察していく。

 そうして、気付いた。中央の噴水の淵に腰かけている、妙齢の女性の強い視線に。

「……っ…」

 一瞬、自分の正体を知られているのかと警戒したが、女性の投げかけてくる視線は兵士たちや警備軍のそれとは違う、もっと柔らかいものだった。気取られぬように注意しながら視線を返すと、薄い生地で作られたラベンダー色のヴェールで口元以外を覆っているその女性はそれでも気付いたのだろうか、柔らかな笑みを浮かべていた。

「……まさか」

 呟くと同時に、悪寒が身体を駆け抜ける。この数年間、広場にこのような女性がいたことは見たことがなかった。どちらかといえば平民の活気溢れるこの場所で、顔まで薄い布で覆った神秘的な雰囲気の女性は明らかに浮いている。夢、手紙に加えて、不思議な気配とその持ち主であろう女性。これでは気付くなという方がおかしい。

 思い切ってその女性のもとへと歩み寄ってみる。彼女の顔はよく見えないが、それでも近付くにつれて、思っていたより若い女性なのだということが解った。肌は透けるように白く、後ろに長く垂らした髪は黄金色をしていて、日の光に反射し輝いている。がやがやと騒がしい広場の中で、彼女の周囲だけがしんと静まりかえっているようだった。

「待っていましたよ」

 目の前まで来て止まると、彼女はそう声をかけてきた。まるでクロエが最初からここに来ると解っていたかのように、そして、クロエが自分に気付くと知っていたかのように。

「…私を、知っているの?」

 尋ねると、女性は静かに頷き、手を差し出した。

「待っていました。ずっと、ずっと――遙か昔から」

「………」

「私はセリーヌ。あなたを誘い、導き、守る役目を担っています」

 紡がれた言葉に、確信を得る。彼女は物理的にクロエを知っているわけではなく、『見た』のだと。

「セリーヌ=ロベール…あの、王国専属預言師がどうして…」

「詳しいお話は、私の館で致しましょう」

 手を差し出したまま、セリーヌは首を傾げてみせる。それは、いつか幼き日に見た、『父親』のそれとそっくりだった。

「…解ったわ」

 大人しく、手を重ねた。抗えない何かがそこにあり、クロエの手を勝手に彼女の手に重ねたかのようだった。細く白い見た目通りにひどく華奢なその手は、クロエが力を入れただけで崩れてしまいそうな程に脆く感じられた。

「ありがとうございます」

 セリーヌはスッと立ち上がり、その出で立ちにしては意外な程颯爽と歩き出す。ヴェール越しにニッコリと笑いかけられ、そのあまりの綺麗さに戸惑った。今まで見たことも、接したこともないような類の人物に、ただただ訳も分からずついていくことしかできなかった。

 導かれ辿り着いた先は、美しく荘厳な館だった。城のすぐ傍に隣接するようにして建っており、けれども館の周囲は木々に囲まれていて、どこか外界とは隔絶されているようにも感じた。通ってきた木々の間も、舗装されているわけでもなくただの獣道のようだった。

「さあ、どうぞ」

「…どうも」

 通された部屋は、文字通り応接間なのだろう。広いテーブルに椅子が複数、この季節には使用しないが暖炉も備え付けてあった。入ってみて驚いたのは、暖炉のすぐそばにある革製の椅子に、知らない男が腰かけていたことだ。男の方も来客があるとは知らなかったのか、紫色の目を大きく見開いてこちらを凝視している。

「お待たせしました。クラウス」

「…セリーヌ……この少女は…?」

 戸惑いを隠せない辺り、自分と同じような状況で、突然に連れてこられたのだろうと推測できる。クロエはちらりとセリーヌを見やり、適当に近くの椅子に腰かけた。セリーヌはと言えば、解っているとでもいうような顔でクラウスと呼ばれた男に頷いて見せると、こちらへと彼を手招いた。

「さて、あなたがたをお招きしたのには、わけがありますの」

「「……」」

 完全に自分のペースで話し始めるセリーヌに、何も言えないまま彼女を見つめる。それは椅子ひとつ分程挟んで隣に腰かけているクラウスも同じだった。

「6年前の戦争を、ご存じですわね」

 しん、と。

 同じように静まっているはずなのに、その言葉で空気が凍りついたのを感じた。6年前に起きた、アストゥリアスと隣国ネルーダとの戦争は、クロエにとっては思い出したくない出来事だった。

「…あなたが、予言によって鎮めた戦争ですね」

 男の低い声に、彼もまた戦争のことで何がしか思うところがあるのだと悟る。横顔をちらりと盗み見ると、視線に気付いたのか彼も真っ直ぐにこちらを睨み返して来た。負けじと視線を鋭くして睨み返すと、彼は視線をセリーヌへと戻し続きを口にする。

「あなたはどうしようもない膠着状態に陥っていた両国に説いた。『黒き魔女が目覚めようとしている』と」

「…おっしゃる通りです」

 セリーヌは柔らかな瞳で微笑むと、少し沈黙した後、再び口を開いた。

「未だ発見されていない、『黒き魔女』の封印場所――その場所を突き止められるのは、選ばれた者たちだけ、ということもご存じでしょうか」

 セリーヌは立ち上がり、近くの書棚から本を一冊抜き取ると、ページを開いてクロエとクラウスに向かって差し出す。その本を受け取ったのはクラウスで、彼はクロエにも見えるように、自分と彼女の間にある椅子の前に丁寧に置いた。

「……『カドー』と『インヴィッテ』…?」

 ページを覗き込んだクロエは、そのまま飾り文字で記されているタイトルを口にする。

「そう。『カドー』と『インヴィッテ』…どちらも、黒き魔女を封印した人々の集まりのことを差します」

 静かな声で話すセリーヌの言葉は酷く冷めていて、部屋の空気まで凍ってしまいそうだとクロエは身震いをした。クラウスも同じことを感じたようで、目の前の預言師から突然表情が消えたのを、不思議そうに見つめていた。

「カドーはアストゥリアス国出身の、そしてインヴィッテはネルーダ国出身の方々です。彼らはそれぞれオーロラ姫とデジレ王子によって集められた、『魔法』を使いこなす人々でした」

「……魔法…」

 今現在大陸で暮らす人々には馴染みのないその言葉は、遥か昔の伝説の中だけのものとなっている。

「カドーとインヴィッテ、そしてオーロラ姫とデジレ王子は、魔法を駆使して黒き魔女を封印したのです」

「………」

 酷く真剣な瞳で語るセリーヌの言葉が、嘘や誤魔化しであるとはとても思えない。その薄い唇から紡ぎだされる『魔法』という言葉を信じられずに、クロエは目を細めてその真偽を見極めようとした。

 1つ椅子を挟んで隣に座るクラウスもそれは同じようで、紫色の瞳を戸惑ったように揺らし、セリーヌをじっと見つめている。

「その…魔法は、現在でも実在するとお考えなのですか」

「……解りません。私も直接目にしたわけではありませんから。けれど、黒き魔女が実際に存在する限り、『魔法』もまた、存在するものであると考えています」

 クラウスの丁寧な問いかけに、セリーヌもまた至極丁寧に答えた。

 確かに、黒き魔女の封印は遥か昔に為されたものだと聞く。目の前の彼女の年齢がその見た目相応だというのであれば、確かに彼女が実際に『魔法』を目にしている筈もない。

「私にも確証は得られておりません。だからこそ、あなた方を探し出したのです」

「…私たちを?」

 突拍子もない切り出しだが、預言師はようやくクロエたちを此処へ呼び出した『理由』について話すらしい。居住まいを正して、クロエはじっとセリーヌを見つめた。

「あなた方は、オーロラ姫とデジレ王子の生まれ変わりなのですわ」

 しん、と。

 静まり返った部屋の中に、彼女の凛とした声が響き渡る。

「そしてあなた方は同時に、カドーとインヴィッテを集める『鍵』となる」

「……鍵?」

 訳が解らずにセリーヌの言葉を反芻すると、目の前の預言師は真剣な面持ちで頷き、クラウスへと視線を移した。

 クロエもつられるようにクラウスを見つめるが、彼の表情は何とも形容しがたい戸惑いと悲壮感に満ち溢れていた。

 まるで、最初からそう言われることを覚悟していたかのような。

「…では、あなたは俺たちに、インヴィッテとカドーとなる人々を集めろと?」

 クラウスはセリーヌの言葉の意味を問いながら、差し出されたままの本に描かれた彼らの姿を指差す。

 そこにずらりと羅列された名前を、覗き込みながらクロエは読み上げた。

「『元気の精』、『呑気の精』に『勇気の精』…なにこれ?」

「それぞれの役割の名前ですわ。彼らの呼び名であり、彼らの特徴を表すものです」

「…この『赤ずきん』や、『青い鳥』というのも?」

 セリーヌは神妙な顔で頷くと、静かに溜息を吐いた。

「当時、黒き魔女を封印し終えたカドーとインヴィッテがその後喧噪に晒されることのないよう、彼らの個人名は明かされぬままだったのです。その代わり彼らはその特徴で呼ばれていたといいます」

 彼らにとってはそれが名前だったのですわ、と言葉を紡いで、セリーヌは改めてクロエとクラウスを見つめた。

「突拍子もないお話で混乱されることは最初から解っていました。けれどあなた方には課せられた使命があり、私にはそれをお伝えする義務があります」

 だからどうか、と言葉を濁した預言師に、先に沈黙を破ったのはクラウスだった。

「彼らを探す手がかりは?」

「え…ちょっと!本当に探す気なの!?」

 本気!?と慌てたクロエが叫びに近い声を挙げると、クラウスは至極真面目な顔で頷く。

「国賓預言師様のお言葉だ…信じないわけにはいかないだろう」

「…そうだけど……」

「それとも君は彼女にここまで言わせて、何の心当たりもないからやらないと言うつもりなのか?」

 紫色の瞳でじろりと睨むように見つめられて、クロエは思わず声を飲み込んだ。

 責任を課せられる言われはないに等しいしすぐにでも断りたいところだが、確かに何の心当たりもないのかと聞かれればそうでもないわけで。

 定かではないけれど、夢では確かに『オーロラ姫』と呼ばれたのだ。

 その夢を見たその日に預言師に待ち伏せされ、ここまで連れて来られて『オーロラ姫の生まれ変わりとして使命を果たせ』と言われた。

 それが、単なる偶然の積み重ねとはとても思えない。

「……」

 セリーヌとクラウスの視線を一身に受け、クロエはしばし逡巡した。

 けれどもやがて諦めたように深く深く溜息を吐くと、首を振ってから口を開く。

「解ったわ。やるわよ」

 クロエがそう言葉にした瞬間、セリーヌが安堵したように息をついた。

 クラウスはと言えば特に何の反応も示さないまま、クロエをじっと見つめ続けている。

「ありがとうございます、クロエ」

「その代わり」

 クロエは無邪気な笑顔を浮かべて、首を傾げて見せた。

「この『仕事』は高くつくからね」

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