IPOに関する雑記

この記事は「会計系 Advent Calendar 2024」の15日目のエントリーとなります。
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1.はじめに

1-1.自己紹介など

本記事の会社では、N-1期の経理のリプレイスを機に異動し約1年半後、入社から約2年半後にIPOを達成、市場変更も経験し、退職前には経理責任者やファイナンス、管理会計、子会社の人事をしていました。
7年半の在籍ですが、売上規模は入社当時から比べ23倍、従業員数は20倍以上まで成長することができました。
現在は別の上場会社で経理マネージャーをしています。
初めて経理をした会社は経理が全員飛ぶという経験を味わったのが経理デビューの思い出です。
特段資格も持っていない実務中心で働いてきた1/1体験談を箸休め程度な雑記にしてお届けします。

1-2.入社時の状況

自己資本のみのオーナー会社で創業から4年目、入社時は全従業員で200人も満たない規模、監査役や社外取締役もいますが役員を除いたバックオフィスは6人しかいませんでした。
その際の内訳は人事、労務、経理が各1名、その他業務を行う部署3名の構成で私はその他業務を行う部署の配属です。
その他業務は部署名で表すと総務/法務/財務/情シス/事業企画になり、IPOのフェーズは主幹事証券会社や監査法人も決まりN-2期に入ったところになります。

IPOってどんな風に進むのだろうと疑問の方は下記のようなフロー図が参考になるかと思います。

出典:デロイト トーマツ グループ「株式上場(IPO)までの流れ」
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/audit/articles/ipo/ipo-listingflow.html


2.IPOのエピソード

2-1.N-2期の雑多な運用整備

法務の運用整備
みなさんの会社には当たり前のように「秘密保持契約書」のひな型や契約書内には「反社会的勢力の排除」の条項があるかと思いますが、内製化したばかりの企業にそんなものはありません。
契約書台帳もないので、台帳整備と同時に過去、締結した契約書のうち秘密保持や反社会的勢力の排除ないものは追加の覚書を締結、新たに増えていく契約書は条項の追加や重要な契約書は顧問弁護士にリーガルチェックを依頼していきます。
秘密保持や反社会的勢力の排除のひな型は参考書などをベースに自力で作り、念の為に顧問弁護士に確認をしていましたが、入社後しばらくして法務担当が入ってきた為、法務に関する業務は離れたので一安心でした。

情シスの運用整備
小さい会社のシステム管理で本腰も入れていなかった為、さほど大したことはしていないですが、主にPCキッティングとアカウント台帳の作成、ファイルサーバーの権限管理、複合機の追加やウィルスソフトのライセンス管理です。
PCの管理台帳はウィルスソフトのライセンス台帳で確認ができるので省略していました。

総務の運用整備
「モバイルチョイス」というサービスをご存じでしょうか。
個人の携帯番号に050番号を新たに付与するというサービスですが、要は個人携帯を使用し会社の連絡をするという状態であり、非常に不満も多かった為、社用携帯を導入し個人携帯と切り分けをしました。
法人携帯はコンシューマと異なり相対契約で安くできるので、非常に安い価格で交渉した結果、キャリアに繋いでもらった会社にはインセンティブが一切入らなかったようです。

2-2.CFO失踪事件

入社後半年程度で事件が起きました。
端的に表現すると「辞めます」の一言だけでCFO(取締役)が突然来なくなるというなかなかの事件です。
蓋を開けると出てくるコンプライアンス違反の数々やショートレビューでも指摘されていた問題行為もあり、今のままでは間違いなく上場できないCFOであったことからも結果的に良かったという点がある一方、組織には壊滅的な被害も出ており、入社してから半年で新たに採用した方も含め5名が退職しています。
後日談までに、件のCFOは数か月後に別のベンチャー企業にCFOとしているところを発見され、手間はかかりましたが辞任届も入手しとりあえず解決しましたが、この企業が上場する際、CFOの名前はありませんでした。
なお、多数のブラックボックスになっていたことや社長の鬱憤が溜まっていたのか、色々な八つ当たりを受けることにもなり辞めようか真剣に悩んでいた時期でしたが、一部の業務を私がやることやこの八つ当たりを切り抜けた結果、社長の信頼も勝ち得た為、次の事件が起きた際に経理のIPO準備に入っていくことに繋がりました。
※飲みの席でしか話せない多数の面白い(記事にできない)話が埋まっている事件でした。

2-3.経理のリプレイス

人の入れ替わりはベンチャー企業でよくあることですが、CFO失踪事件から1年後、IPOのフェーズも順調に進みN-1期に突入、バックオフィスメンバーも順調に増え、CFOや経理部長も加入と順風満帆なタイミングで経理担当が人間関係で暗躍していたのが発覚、社長に注意されたことがきっかけに経理担当が退職しリプレイスが起きてしまいました。
当時、とある1番偉い取締役の社内政治によりバックオフィスを離れお膝元の経営企画/事業開発の部署にいましたが、急遽、IPOを遅らせない為に経理に送り込まれます。
ここからやっと経理に関わるようになります。

2-4.経理の立て直し

N-1期に経理のリプレイスが起きた場合、通常であればN-2期に戻るかN-1期のやり直しです。が、そんなことは許されないので、CFOも加え総力戦で立て直しが行われていきます。
・残高のチェック
誰も何もわからない状態になってしまったので、残高のチェックと補助簿等の資料の確認や整備から入ります。
スムーズに確認作業と不明残の洗い出しが完了していきますが、不明残は適宜、社内/顧問税理士とも確認しB/Sから葬り去ります。
・会計処理のチェック
CFO/部長が着手していましたが、厳密な会計監査を受けていたわけではないこともあり誤りが数多く出てきました。顧問税理士/監査法人とも確認の上、修正していきます。
・業務フローの確認
月次決算が組めない状況なので、1から業務フローの組み立てや作業表を作成します。
・監査の準備
準金商法監査とはいえ昨年よりも厳しい監査が待っているので、併せて資料準備も行います。
・証券会社審査の準備
証券会社によって変わりますが、N-1期からN期に入る為に証券会社の審査を通ることが必須でした。その為、リプレイスと同時に100~200程度くる質問を順調に整備が進んでいることを説明するための資料や回答作成をし、証券審査をクリアできるよう準備していきます。
証券会社審査の回答期日は約1週間程度だったかと思います。
なお、東京証券取引所の審査では更に短い期限で同様のことを行う為、オンスケでこなせなければ先に進めません。
・上場申請書類の準備
「新規上場申請のための有価証券報告書」いわゆるⅠの部と「新規上場申請者に係る各種説明資料」の更新も行います。
ほぼ有価証券報告書みたいなものです。

2-5.犬猿の仲

人事面で多々トラブルが起きていますが、これだけではありません。
社長と私の上司にあたる経理担当役員の仲が非常に悪く、昼夜問わず何故か仲裁役として監査役や何名かの部長と部下である私も招集されます。
最低でも1週間に1度、大体2日に1回ぐらいのペースで謎の会議が発生し長時間労働に拍車をかけていきますが、役員を降りるまでこの虚無の時間が発生し続けました。

2-6.N期の本番準備

色々な事件はありましたが、運良くオンスケでN期まできました。
ここからは上場会社とほぼ変わらないスケジュールで動かないといけないので、45日開示前提のスケジュールや社内承認の手続きをこなし四半期レビューを受けます。
内部統制に触れていませんが、新規上場後から3年間は内部統制報告書の監査を免除できるとはいえ、内部統制も最低限は確認されます。監査法人には3点セットに基づいた説明や財経分離の実際の動きや証憑を提出し、必要に応じて実地での説明も行います。
これらと合わせて証券会社の最終審査もクリアする為にN-1期より多い新たな質問が来るので回答していきます。
最終的にすべてクリアし、監査法人から「マネジメントレター」、主幹事証券会社から「推薦書」、会社が作成し監査を受けた上場申請書類等を提出し初めて東京証券取引所の審査になります。
上場申請書類等と記載していますが非常に量が多いので、興味のある方は東京証券取引所から確認ができます。
提出書類フォーマット | 日本取引所グループ

2-7.東京証券取引所審査

東京証券取引所審査に入りますが具体的には下記のようなことが行われます。
・書面による質問/インタビュー
・事業所や店舗/工場などの実査
・監査法人との面談
・経営者/監査役/独立役員との面談
書面による質問/インタビューは、今まで証券会社審査で行ってきた内容とほぼ同様ですが、期日がさらに短くなり質問内容も的確に厳しいところを突いてくる内容が多いです。
ただし、事前に証券会社で行われた審査時と内容が被るものも少なくなく、過去の回答を参照しながら回答していきます、
事業所や店舗/工場などの実査は、3点セット通り業務が行われているかをメインに説明を行っていました。
失敗談でも記載しますが、ガバナンスの面で全員が頭を悩ませながら回答を作成しています。
もう1つ冷っとしたのが労働時間です。
IPO準備は管理職を中心に進めていましたが、残業時間は80時間までしか記載できず超えた分は調整という謎のルールがあり、業務が集中する管理職のタイムカードは出勤してから数時間で退勤しているような記載が多く酷いことになっていました。
私を含め数名のPCログを提出させられましたが、他の経験者の話も伺う限り、IPO準備中は残業時間が増えるのはしょうがないよねというのが通例のようで何もなかったです。

上場審査が下りると売出しの準備に入り、証券会社手配で機関投資家に売込む為の機関投資家回り(通称:ロードショー)があります。帯同したことがありますが、2週間近く機関投資家を回り永遠と同じ説明や質問回答をするのは中々に大変だと感じました。

2-8.IPO達成後で大変なこと

個人差があると思いますが、IPO前よりも後の方が大変です。
・適時開示について
要件が細かく定められており、判定基準に合致した場合は適時開示が求められます。
適時開示が求められる会社情報 | 日本取引所グループ
眺めてみると比較的、適時開示の要件引っかかりそうなものが多いですが、「固定資産の譲渡又は取得、リースによる固定資産の賃貸借」というものがあり、大きなリースが発生する業態だった為、非常に冷や冷やしました。
・法定開示について
今までは法定開示書類を作りレビューを受けるだけで開示をしていませんが、上場後はこうも行きません。
期越え上場をした為、年度末決算だけでなく法定開示が義務付けられてしまったので、四苦八苦しながら法定開示書類の作成と期末監査を行っていました。

3.失敗談など

些細なものから大きいものまで数多くありますが、ちょっとした事例をいくつかご紹介します。

3-1.忘れ去られた未払給与

ベンチャー企業の人の入れ替わりはつきもの。引継ぎもなく過去の経緯がわからない為に不明残として残っていた話です。
労務回りのIPO準備は問題なくできていましたが、経理へ移動になって数か月、動きがない怪しい残高を見つけてしまいました。
入社する際に入社書類を揃えて提出する為、給与支払いができないということはないですが、調べていくと口座情報が回収できておらず入社数日で辞めてしまったというレアケース。連絡しても反応がないとのことで数年放置されていたようです。
これをきっかけに経理ではイレギュラーのケースは、該当部署と共有管理する補助簿を作り互いに確認するようにし、何かが起きてもどちらかがフォローできる環境にしています。
この未払給与残は最終的に法務とも相談し、時効期間の経過を待ち消滅時効の援用をもって雑収入へ取り崩しました。

3-2.債権管理システムのブラックボックス化

導入したものの使い方もわからずブラックボックス化。退職により設計や使用方法がよくわからないシステムが残されてしまった話です。
債権管理は会計システムのみで管理していたものの会計ソフトだけでは回らなくなってしまった為に導入したようでしたが、システム特有のオペレーションが理解できていなかったことや導入時のデータ移行が正しくできておらず、システムと会計の残高が不一致という状況でした。
当時はN-1であった為、監査を受ける際にシステムとの不整合を出せるはずもなく急ピッチでデータ移行の入れ直し、システム特有の仕訳処理の確認とオペレーションを構築し、ギリギリで監査に間に合う結果に。
システム導入は任せきりにせず、しっかり業務設計と手順書を残しましょうという教訓になりました。

「会計系Advent Calendar 2024」の3日目にゾルさんがシステム導入の失敗事例を載せていますので、気になる方はこちらもどうぞ。
経理マンのシステム導入“失敗”事例2選|Sol

3-3.ストックオプション - 契約書

初めてやることはミスが起きやすいもの。法務のケアレスミス的なお話です。
一般的に未上場会社がストックオプションを付与する際、税制適格になるよう関係各所とも確認していくので手続き等に誤りはなかったですが、ストックオプションの契約書の行使について初歩的なミスがありました。
行使内容は当時の税制に合わせ「付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後10年を経過する日まで」の制限で進めており、気が付いた方もいるかもしれませんが、上場していない場合は行使できないよう制限がかかっていない為、未上場でも行使ができてしまうという失敗でした。

※現在のストックオプション税制は改正があり緩和されています。
ざっくりとした内容は経済産業省まで。
ストックオプション税制 (METI/経済産業省)

3-4.ストックオプション - 株価算定の落とし穴

上場から数年後、源泉税の税務調査ということで対応をしていたのですが、過去のストックオプションの権利行使価格が低すぎるのではないかという話です。
株価算定はストックオプションの行使価格を決める重要な指標でもあり、専門の外部機関へ依頼するので元データが誤っていなければあまり問題がないですが、算定された株価を使用する時期に問題がありました。
前期末付近に株価算定をし、翌期首/期末付近に同額の行使価格でストックオプションを付与したのですが、前期とは打って変わった急な成長フェーズに突入してしまった為、期末に株価を算定した場合、期首との株価に差が大きく出てしまったのです。
従業員のインセンティブに大きな影響を与えてしまう為、ストックオプションの付与価格は慎重に吟味しましょう。

余談までに株価算定は純資産額方式でしたが、算定されていたすべての株価の算定基礎に資産除去債務が含まれていた為、株価自体が低めになっていた点も調査官は把握していたものの、税制適格ストックオプションの否認は免れず、先方も追徴される金額を大方満足いただけたようで、落しとどころの話合では会社側も該当箇所のみであれば争わない提示をした為、一部のみの否認で済みました。
なお、この税務調査を対応しながら追徴額の試算結果を上に報告をしていた際、なかなかに見ない金額だったこともあり生きた心地がしませんでしたが、私のストックオプションも否認の対象であり、税務調査の最後の方は税務調査官と「ここの欄は私なんですよーなかなかに見ない金額で面白いですよねー」とか、よくある事例みたいな話を伺いながら開き直っていました。

3-5.上場後を見据えた予算作成

様々な資本が入っていると無縁なことが多いですが、数多くある税制の中で特定同族会社に該当した場合にかかる「留保金課税」というものがあります。
どのような税制かというと、ざっくり言えば儲かっているオーナー企業が内部留保に回すことで租税回避するのを防ごうというのが目的の税制です。
「外形標準課税」は有名なので、検討から抜けることは少ないかと思われますが、自己資本のみで上場したが為に「留保金課税」に引っかかってしまい、そもそもそのような税制を知らなければ認識もできません。
当時の経営企画はとりわけ会計に詳しいというわけでもなかった為に起きたものですが、予算を作る上で税務会計を見逃すと法人税額が想定以上の金額にもなるので、会計にある程度詳しく専門家を適切にアサインできる人でないと失敗するという教訓でした。

本件や資本金の増加にかかる税制の変更については国税庁まで。
14 特定同族会社の特別税率|国税庁
No.5800 一定の大法人等の100%子法人等における中小企業向け特例措置の不適用について|国税庁

3-6.親会社設立の株式移転

入社後に発覚しましたが、将来を見据え持株会社に移行した際のレアケースです。
事業年度末を迎え翌日に株式移転の登記を行った後に事件が起こります。
移転元の事業会社の繰越利益剰余金がギリギリマイナスにならないであろうとの想定で株式移転を行いましたが、マイナスになり純資産が資本金を割ってしまい登記された資本金が誤って登記された状態になっていたようです。
だいぶ時間も経っていた為、更正登記もできず法務側が色々と対応したようですが、会計上は資本金を減らし「その他資本剰余金」という結論になりましたが、親会社と子会社で資本金額が異なるという不思議な現象になりました。

3-7.取締役/監査役のガバナンスエラー

審査時、該当の取締役や監査役は退任していましたが、このエラーがクリティカルな内容で証券会社審査や東京証券取引所審査で指摘をされ、具体的な改善状況や再発防止の取組状況を説明しなければなりませんでした。
人事回りが非常に弱い企業でもあった為、書類上は大丈夫だと思っていても働きぶりや人物面は正確に判断できないのは非常に困った点でした。
※CFO失踪事件同様に飲みの席でしか話せない面白い(記事にできない)話が埋まっています。

3-8.バックオフィスの定着率

前段で人事回りが弱いと記載していますが、その影響はバックオフィスにも少なくない影響を及ぼしていました。
退職率の高さは東京証券取引所審査でも指摘をされたことですが、幸いにも経理のみはリプレイス後の退職率が0%になったこともあり、上手く逃げています。
なお、スタッフの協力もあり上場後も経理だけは退職が出ない部署として安定していた為、市場変更時にこの質問は出なかったようです。

3-9.開示書類のバックデータ整理

上場後、上場前に担当していた役員が退任したことを機にバックデータファイルをすべて1から作り直しています。
集計作業の理想は入力はなるべく行わず、データを張るだけで組み換えや集計をするものだと考えていますが、直接の入力や関数ではなく直接引用するようなファイルの作り方だった為、読み解くのが困難でした。
業務難易度的にも一定のエクセルのスキルや会計知識は必要にありますが、俗人化しないファイル作成の大切さが身に沁みました。

3-10.上場審査で受ける質問

失敗談ではないですが、最後に経理関係でどのような質問を受けるのか挙げたいと思います。
・開示体制の確認、経理部所属者の保有資格、バックグランド
・業務担当割の資料や月次決算が適切に行われどのようにチェックされているかがわかる資料
・交際費の承認フローや内容
・売掛金の回収プロセスや未収管理の方法
・出納時のけん制フローや実際の証跡
・管理会計にまつわるKPIや取締役会資料に係る質問
etc…

失敗談は誰かの役に立てば幸いです。
長文になりましたがお付き合いいただきありがとうございました。

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