見出し画像

2024/12/11 酩酊人間際


 先週、実験班の班員に「来週飲み会しようよ」と誘われた。正直なところ、彼らのことを一緒に飲みに行きたいとまで親しい間柄だと思っていなかったし、自分自身下戸である為、当日を迎えても飲み会にノリ気になれなかった。どうせ自分だけみんなの会話から蚊帳の外に置いてかれるんだろうとか、酒を飲まないばかりに白けさせてしまうのではないかとか、ネガキャンにネガキャンを重ねていた。
 でも、こういう社交場から逃げ続けていても、結局得られるものは何もないだろうという考えと、自分みたいな人間に声をかけてくれたことへの嬉しさも少しあって、飲み会への参加は酒を一切飲まないことを伝えた上で了承した。万が一、嫌な思いをしたならばここに吐き出せばいい。僕はnoteを書き始めてから、何事にも一歩踏み出す勇気を貰えている。

 実験が終わった7時半、俺と同じ陰属性の男子が予定があると告げ足早に帰宅した。同族として、彼ならこの飲み会は断るだろうとは踏んでいた。でもやっぱり心細い。快活な空気に乗れない者同士で馴れ合いたい。誰かに自分と同じ傷を負って欲しい。でも、俺も断りたい気持ちと半々だったから彼のことを責められない。寧ろただ一人断る選択をした潔さを同族として讃えるべきかもしれない。居酒屋までの道のりで、短くも長いジレンマに苛まれた。

 ついに店に到着。一歳上の班員が行きつけの店に案内してくれた。席は喫煙か禁煙か選べたが、「禁煙でいいよね?」と言う声に異を唱える者は誰もいなかった。つまり、この5人の中で喫煙者は自分だけ。昼過ぎに久々に会った友人もいつの間にか喫煙者となっており、自分以外にもいるかと期待したけど、やはりここ数年、喫煙者はマイノリティサイドであるらしい。自分だけが我慢して丸く収まるならそれでいい。などという懇意より、タバコを吸いたいことをあの数秒で素直に打ち明けられない自己主張の弱さが祟ってしまい、禁煙席での食事となった。
 席は自然な流れで男2人に挟まれて真ん中となった。この席で正解だった。端に座って仕舞えば、飲み会中ずっと元々いなかった者として扱われ、時折り居た堪れない空気にもなってしまったと思う。
 一杯目の注文。俺を除く男2人が生ビール。酒豪女子が梅酒のロック。もう1人の女子が柑橘系のサワー。俺は一切酒を飲まんぞと腹に決め、オレンジジュースを注文した。

 酒豪たちによる、酒を普段どのくらい飲むのかという、ありきたりなアイドリングトークが繰り広げられる。彼らによれば、サークルの先輩の注いだ酒は飲まないといけないとか、脈々と受け継がれる為来りが未だにあるらしい。
 雑に愛想を振り撒きながら話を聞いてるうちに、注文した料理が届く。具材の少なさ故、殺伐とした殴り合いに発展しそうなほど小さきおでん鍋を前に、皆が譲り合いながら一個ずつ自分の取り皿に寄せ集める。平和だ。一応俺も遠慮気味に一番人気なさそうなつみれを取り寄せる。すると皆が、「つみれっていうんだソレ」と、初見なら泥団子と遜色ない、無惨な青魚の臓物細工を見つめて言った。幼少期、黒はんぺんとかいう誰得物体で培われた知識は、雅な若者にとっては義務教育から逸脱した見識だったのである。勝手ながら、田舎と都会のギャップを感じて虚しくなった。
 酒豪女子と歳上男子が破竹の勢いで飲み挙げ、タッチパネルの誤操作によって運ばれてきたテキーラまでもを飲み干した。呆気に取られる様子を見て、みんなが「食べたいものなんかある?」とソフドリ一択の俺を気遣ってくれる。同い年なのに、何だかいとこの兄ちゃん姉ちゃんと一緒にいる気分だ。俺はお言葉に甘えてたこわさを注文し、1人で食い進めた。美味。

 左隣に座っていた教員志望の男子が酔い始める。以前、酔った勢いで元カノに電話しかけた話から、現在同じクラスにいる片思いしてる相手の話へと発展した。歳上男子が、その話題を容赦なく掘り下げ続ける。そっから相手の名前を言う言わないの応酬が体感で3時間、俺の両脇で激しい鍔迫り合いが繰り広げられた。
 前の席に座ってる女子2人から笑いながら「シラフを挟み込んで可哀想だよ〜」「席変わんなよ〜」的な野次が飛ばされた。でも、その中継地点に居座る素面眼鏡はというと、当人なりにその状況を十二分に楽しんでいたのである。

 人間くささや弱さを人前で出せる人に憧れる。ていうか、そういう人が、"人として"果てしなく好きである。言い方を間違えれば性根の腐った人間になりかねないが。
 教員志望が、同様に酔いが回ってきた歳上男子と酒豪女子に謗られながらも、自分なりに言い返してる様はなんだか格好良くも感じた。「俺は触媒を使いたいんじゃない!俺自身の力で活性化エネルギーしたいんだ!」化学に魂を捧げた彼の、心からの叫びをここに記す。ちゃおに連載されていた世界線でのドクストの名シーンみたいだ。
 言い訳を並べては情けないぞと罵詈讒謗され項垂れるの繰り返し。永久ループ。22時過ぎくらいには、流石に見てて飽きてきた。酔いが回り、話に夢中になっている当人たちとでは、時間の感覚が乖離しているのだろう。20歳超えて、酒飲んで、各々人生観も備わってきたところで出る話題が修学旅行の中学生レベル。ここで、「成長しねえな」というつまらない説法は心の奥へ飲み込んだ。それはきっと、彼に嫉妬している気持ちから来るものだったから。
 大人という生き物は、ときめくだけでいつでも子どもになれるのだ。しかし、子どもになれると言っても、その瞬間を自ら認識できないのがこのシステムの巧妙な部分。大人になるにつれ、素の自分はいくらでも取り繕えるようになる。けれど恋に盲目になっている間とか、酔っ払っているときとかはそうはいかないのだろう。素の自分をさらけ出す彼を見て、少し羨ましくもなった。
 気づけば10時半。液晶パネルに退店を促される。男2人が会計してくれてる合間に店を出た後、鍔めいた沈黙を埋めるためか、酒豪女子が「男ってホントに分かりやすいわ」なんて台詞を吐いた。主語がでかくて内容が浅い。でも、口を突いては分かった気になって大言壮語を並べてしまうところも、ある種人間らしさの現れだと思う。

 路線は違えど、酒豪じゃない方の女子と2人、同じ駅へ向かって歩く。酒豪とはまた別タイプの、お淑やかな人である。お互いの人柄もあって、実験中は何となく隔たりがあったように思うが、飲み会を経て少し気軽に話しかけられるようになっていた。どの路線を使ってるかとか、家がどの辺だとか、凡そ実験最終日にやることじゃないようなアイドリングトークで場を均し、「下戸だからどうしようかと思ったけど、いざ行ってみたら優しい環境で色々気遣っていただいて…」と率直に本音を口走った。気づけば改札口の別れ際、「じゃあね」と言い放った彼女に向かって、俺の口から「ありがとう」という言葉が無意識のうちに漏れ出た。
 誰かから嬉しい気持ちや楽しい気持ちにさせてもらえた時に、気恥ずかしさとか、間の悪さで感謝を伝えそびれてしまう。自分の持つコミュ症の症例の中で一番嫌いな部分。僕は今日、それを最後の最後に乗り越えられた。無意識だったけども。全員に伝えられたわけじゃないけど、今の自分の中で満ちたる僥倖の正体はこれだと思う。伝えられて、本当に良かった。誘いを断らないで、本当に良かった。

いいなと思ったら応援しよう!