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ひとりでも「今」を楽しむこと

ただいま。土曜の昼からワインバーで一人飲みをしてほろ酔いで帰宅。

大人になって、というか30代になって時間の使い方って人によって本当に様々になると思う。平日も土日も仕事をしてバリバリ仕事に生きる人、結婚して育児をしながら子供と過ごす人、一人ほどほどな生活を送る私みたいな人。でも、一つ言えるのは圧倒的に1人の時間が増えること。
特に女性の場合、「大人になるにつれて友達減る説」というあるあるがあるのだけれどこれは事実で、仕方がないことなんだなと思う。

そもそも、既婚独身、子あり子なしって違いで全く話が合わなくなる。。既婚子なしと独身までは何となく今までの延長線感があるけれど、子供が生まれるとそこには大きな壁が出来てしまう。
そうして物理的に会うことが困難になるだけでなくて、精神的にも会うことを拒んでしまう現実もある。

私の場合、元々交友関係は広いより狭くという感じで生きてきたし、住んでいた場所も子供の頃から点々としているから、常に人間関係は一期一会のような、その「時代」の関係に留まっていたことも相まって、大人になると狭い交友関係はさらに削ぎ落とされて片手に余裕で納まるほどになった。

気軽に会える人が居なくなった今、私は「ひとり」活動のプロになった。
たいていの場所(本当に自分が行きたいと思った場所)にはどこでも一人で行くことが出来る。国内でも海外でもどこにでも行く。
それには、自分の願いを叶えることが出来るだけの経済力やどこに行っても自分一人で対応が出来る語学力や経験があるというのも大きいのかもしれない。でも、気持ちの面でも強くなった気がしている。

休暇の時期に「1人で海外行ってくる」というと、友達には「すごいね」と言われるけど、この「すごい」には2つの意味があると思っていて、1つは「海外なんて外国語圏に1人で行くなんて勇気あるね」というのと「1人で行くなんてつまらなくない?」という意味。
1つ目については、基本的に英語が通じる国に行くから特にどこでも問題ない。2つ目についてはひとり活動のプロとはいえ、正直「つまらない」とか「淋しい」みたいな感情はまだ持ち合わせている。

それでも私がひとりで色々な場所に行ったり、外に出て活動する理由はただ一つ「何もせずに時間を過ごすなんて自分が可哀そう」ということ。
これは理解できる人がどれくらいいるか分からないけど、私は自分の中に自分を俯瞰して見ているもう1人の自分がいる。(全然スピってる話でも、多重人格的な話でもないけど!)

行ってみたい場所があったり、やってみたい事があったとして、しかもそれは一人で出来ないこともないことだったとしたら、一緒に行く人、一緒にやる人がいないというだけで諦めてたり後回しにしてしまうなんて、自分が可哀そうだなと思ってしまう。自分の中にいる願望を持ったもう一人の自分の願いを叶えるために動いているのかもしれない。

そして「今」を楽しむということを、そうやって積み重ねて生きている。

時間は何もしていなくても、何かをしていても関係なしに進んでいく。「1人だしと・・・」一日を家の中で寝て過ごしても、1人で外に出て新しい場所に行ったり、経験をしてもどちらも同じ1日。

それならどちらを選ぶ?

今の状況をすぐに劇的に変えるのは無理だし、誰かに変えてもらうのを待つのもそんな人が現れる保証はないから、私は自分の「今」を自分自身で豊かに出来る方を選びたい。そんなことをほろ酔いで思うのです。


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