窓の外【超短編】
窓の外
八木 タケル
深夜に目が覚めた。
薄く開いた視界の先は、見慣れた寝室の景色である。さっきまでどこか別の場所に居たような気がする。とても怖い思いをしていた気がする。しかし、それが何なのか思い出す事はできない。
閉じたカーテンの向こうで、窓ガラスがガタガタと鳴っている。たしかニュースで「台風が接近しているため、明け方から暴風域に入る」と言っていた。一足早く風が強くなってきているのだろう。
がたがた、がたがた——
甲高い鳥の鳴き声のような風の音と共に、窓が揺れる音が続く。僕はまだぼんやりとした頭で、その音を聞いていた。
明かりを消しているとはいえ、暗闇に慣れた目はぼんやりと部屋の景色を映し出す。眠気のせいでその景色にもやがかかったように見え、まだ夢の中にいるみたいだ。
枕元にある携帯に手を伸ばし、待ち受け画面を開く。無機質な光が寝起きの目には少し痛い。時計を見るとまだ時刻は4時を回ったところだった。夜明けはもう少し先だろう。仮に夜が明けたとしても、今日の天気を考えると明るい朝日は拝めそうにない。
がたがた、がたがた——
窓がまた揺れた。風が一層強くなったみたいだ。
僕は寝ぼけながらベッドを抜け出し、寝室の障子を開けた。せっかく起きたのだ、ついでに用を足してから眠る事にしようと思ったのだ。
僕の家は、寝室の隣にベランダ続きのリビングがある。リビングには大きな窓があり、普段はそこから日の光が射して、冬でもとても暖かい。僕はふと、リビングのほうを振り返った。別に深い意味はない、ただなんとなくそちらに目がいったのだ。
明かりの消えたリビングは、昼間と違いどこか近寄りがたい印象を与える。何か、入り込む者をそのまま暗闇の中へ閉じ込めてしまうのではないか、と思うような錯覚を覚える。きっと、夢の中でそんな思いをしたのだろう。
閉め忘れてしまっていたらしく、リビングのカーテンは開いていて、レースのカーテンだけが窓にかかっていた。安物のレースカーテンは窓の向こうの景色をすりガラスのように映し出している。
がたがた、がたがた——
暗闇の中で音が聞こえている。台風はまだまだ強くなりそうだ。
途端、僕の身体が身震いした。筋肉がぷるぷると痙攣し、寒気にも似た感覚が背筋から全身を駆け巡る。やがて自分の意識がある一か所に集中し、身体がぎゅっと緊張した。そして、僕は自分の思わぬ感覚に気がついた。
僕は、思った以上にトイレに行きたかったようだ——。
僕はリビングの窓から視線をそらして、廊下の先にあるトイレに急いだ。
無事に用を足して安心した僕は、いそいそと寝室に戻り、再びベッドにもぐりこんだ。
安心感からか、意識は早くも緩やかに眠りへ向かって転がっていく。そのまどろみの中で、ふと思った。
さきほど、リビングの窓の外に見えた人影のようなものはなんだったのか?まるで、暗闇の中で窓に張り付いているようにも見えたのだけれど。
人にしては妙に頭が大きくて、手足が細長かったけれど、あれは眠気が見せた幻覚だったのだろうか?
がたがた、がたがた——
窓が揺れる。
きっと気のせいだろう。悪い夢を見たせいかもしれない。僕は布団をかぶりなおして、本格的に眠りへ落ちていった。次は怖い夢を見ませんようと願いながら。
がたがた……がたん——
意識の端で、窓が大きく動く音が聞こえた気がした。
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