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【幽霊男子】優しい困り顔の彼

深夜の香港での思い出。


深夜0時に着くLCCに乗って、辿り着いた2度目の香港。
今月から香港転勤になった兄のマンションに向かうべく、バス乗り場に向かう。

けれど専用ICカードが無いとバスには乗れないようで。カードを買うには現金が必要だそうで。両替もせずに来た私はATMを探しに走る。
と、一苦労あってやっと乗り込んだ満員バスは、亀のようにのろのろ走る。早くしないと兄が寝てしまう。部屋に入れなくなる。

乗り換え場所で予定のバスが来なくて、結局タクシーを呼んでマンションに着く。3時を過ぎていた。

ロビーに入ると、スーツ姿の若い男性がドアを開けてくれた。
少し気の弱そうな、けれど優しい眼差しの彼。20代半ばくらいかな、私と同い年くらいに見えた。

なるほど、家賃50万のマンションともなるとコンシェルジュがいるのかと驚きながら、「着いたよ」と兄に連絡したけれど、案の定返信はない。そりゃ寝てるよね、普通。

兄の名前と部屋番号をコンシェルジュの彼に告げる。
けれど本人に連絡が取れないと、入れてもらえないらしい。

やれやれ、どうしよう。ここに居座るわけにもいかないよなあ。眠気を堪える。

「ありがとう、その辺で時間を潰して朝戻って来るよ。」そう彼に伝えて、ロビーを出る。さてどこへ行こう。

と思っていると、後ろからスーツ姿の彼が追いかけてきた。
「どこに行くの?お店は空いてないし、夜中に危ないよ」って。困ったように、優しいその眼で私を見る。

夜の暗闇の中で、スーツ姿の彼が王子様のように見えた。
平静を装っていたけれど、自分で思っている以上に私は心細くて不安だったみたいだ。今にも泣きそうになる。不意打ちの優しさに包み込まれた気がした。

いったん一緒にロビーに戻ったけれど、兄が起きない限り部屋には入れない。結局24H営業のマクドナルドを近くに見つけて、そこに行くことにした。

「大丈夫だよ、ありがとう」と言って、もう一度ロビーを出ると、彼はまた少し困った顔をして、見送ってくれた。
化粧が落ちたメガネ姿の自分が、恥ずかしくなった。

日本に戻った今も、その優しい困り顔が忘れられない。
摩天楼のような夜景でも、美味しかった点心でもなくて、その優しい眼差しが、香港から持って帰った一番の思い出。

お気に入りの味のキャンディーのように、ふと思い出してしまう。でもその味には、香港の、あのロビーでしか出会えない。

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