『神様になった日』放送開始直前!!
俺たちの麻枝准が帰ってきたぞ——!!
というわけで、もう一週間もしないうちに麻枝准の新作アニメ『神様になった日』(以下、『神様』)が放映開始される。
いきなり個人的な話になってしまうが、アニメ『Angel Beats!』とゲーム『AIR』という二つの傑作にほぼ同時に触れ、麻枝准とKeyの虜になった私である。それから早六年、今ではすっかり鍵っ子になり、今回の『神様』は過去最高の熱量をもって待機している。
その熱の発散先を求めて周囲のあらゆるオタクに語っていたのだが、いささかやりすぎたせいか、最近では割と煙たがられている気がする。そこでもうこの際、物置と化していたnoteに書き散らすのもアリではないかと思い立ち、筆を執った。
この記事は「放送開始直前!!」ということで現状公開されている情報(PV、殺伐radio*等々)を私なりにかみ砕き、過去の麻枝作品も踏まえつつ、『神様』がよりいっそう楽しめるようになる(と私が思い込んでいる)前情報を書き留めたものだ。
(*麻枝がパーソナリティを務めるラジオで現在第三期。一回が2~4時間という狂気の産物で付き合わされるゲストが毎回気の毒である。)
これは別に『神様』の展開を予測したものでもないし、考察でもない。いち麻枝准ファンがこれまでの彼の軌跡から、『神様』に関係しそうな、知っているとニヤリとできそうなことを纏めたものに過ぎない。なるべくこれを読んだことで『神様』が歪んで見えてしまうという事がないように、浅すぎず、踏み込みすぎずを心掛けたつもりだ。
それではまずPVから——
1.ティザーPV ~「僕らの恋」と立ち返る原点~
このPVが公開されたとき、鍵っ子の間では激震が走った。2016年に拡張型心筋症を患い、シナリオライターとしての復帰が絶望視されていた彼が新作アニメを作る。そしてこのバックに流れているBGM。
そう、作曲家としての麻枝准の最高傑作と名高いアルバム『Love Song』の一曲「僕らの恋」のイントロのメロディーそのものだったのである。さらにPVのなかの「立ち返る原点」という言葉。麻枝准の原点と聞き多くの人が思い浮かべるのは、Key第一作にして「泣きゲー」の名前を不動のものとした『Kanon』(特に真琴√)、そしてノベルゲームという表現媒体の臨界点とでも称すべき傑作『AIR』ではないだろうか。『神様』における「原点回帰」とはまさにこの二作品のような兎に角「泣ける」作品を目指したものだと思われるが、作曲家麻枝准として初のアルバムである『Love Song』はまさに原点と呼べる作品なのだ。
このことについては麻枝も殺伐radioで言及しており、このBGMは過去に作っていた別のメロディー展開のものを完成させたようで、今回の第一報で流したのはファンサービスの側面もあるようだ。そのことからも歌詞とシナリオとの関連はないと考える方が自然だが、『Love Song』自体が「僕らの恋」を作曲したことがきっかけとなって制作されたアルバムであり、麻枝にとって思い入れが深い曲なのは確かだ。聴いたことがない方は『神様』の前にチェックしてみてはいかがだろうか。
でもしょせん僕たちは 壊れてて傷つけて 失って生きていく 初めからわかってた でも ーー「僕らの恋」
2.MANYO氏の存在 ~麻枝准作品における編曲家~
第一弾のPVとともに公開されたスタッフ陣、『Charlotte』から続投となった浅田監督やヒロイン役の佐倉綾音さんなど注目したい名前が多く並んでいたが、個人的にとても嬉しかったのが音楽の欄にMANYO氏がいたことだ。
MANYO氏はノベルゲーム界隈に親しみのない方にはあまり知られていないコンポーザーだとは思うが、麻枝准を語るうえでは外せないキーパーソンである。それを語る前にまず麻枝准が作曲家としていかに特異な存在であるかを説明しなければならない。
彼の独特な音楽は「麻枝節」の名でファンに愛されているが、個人的に着目しているのが編曲家の存在である。麻枝は学生時代に組んでいた音楽グループ「KIMELLA」「Sailing Ships」を除くほとんどの楽曲で編曲を別で置いている。近年の多くの作曲家が編曲までを一人でこなすスタイルを取っていることを鑑みるに、麻枝作品で編曲家が果たす役割は非常に大きい。
なかでもMANYO氏は上記の『Love Song』の頃から組んでいる、まさに「原点」の一人とも呼べる存在であり、殺伐radioのなかで麻枝が「(10回以上のリテイクを要求するような)自分と一緒に仕事をしてくれるのは、絵のNa-Gaくんと音楽のMANYOさんしかいなくなった」と漏らしていることからも、絶大な信頼を寄せている人物であることは間違いないだろう。
『Angel Beats!』『Charlotte』でANANT-GARDE EYESと光収容氏がBGM及び編曲を務めていたことからも、今回の『神様』は全二作とは大きく雰囲気の違う劇伴になるのではないかと予想している。そもそも『Angel Beats!』では学生バンド「ガルデモ」が、『Charlotte』ではアイドルの「ハロハロ」とポストロックバンドである「ZHIEND」が作品を彩っていたのに対し、『神様』では劇中バンドの存在は今のところ確認できていない。このことからも音楽面においてもバンドテイストだった前二作から初期のKey作品のテイストへと回帰しそうである。
そして麻枝准と20年近い付き合いとなるMANYO氏だが、作曲としてKey作品に参加したことはこれまでになく、コンポーザーとしての彼と麻枝准作品の邂逅により大きな化学反応が起こるのではないかと期待に胸を膨らませている。MANYO氏は個人的にピアノやストリングスなどアコースティックな音色を好む印象があるので、麻枝作曲のBGMと聴き比べるのがいまから楽しみだ。
(↑「瑠璃の鳥」個人的にMANYO氏といえばこの曲 彼は作詞もできるコンポーザーだ)
3.「世界の終わり」と「輪廻」 ~セカイの秘密と魂の仕組み
大分マニアックな話になってしまったので、『神様』の見所の紹介に戻ろう。最後に触れておきたいポイントは「世界」についてだ。これまでに公開されているキャッチコピーにはいずれも「世界の終わり」や「世界を狂わせる」といった文言が含まれている。
ここで多くの方が連想するのがセカイ系の文脈であろう。特に『神様』のヒロインひなの名前から新海誠監督の『天気の子』を思い浮かべる方もいるだかもしれない。『神様』の企画は2017年から動いており、名前が被ったのは偶然の産物であると麻枝自身も口にしていたが、運命めいたことを感じないでもない。だが、ここでは所謂セカイ系とは全く関係ない「世界」についての話をしたい。個人的には、麻枝淳作品は確かにセカイ系を語るうえで外せない存在ではあるが、セカイ系の文脈で消化できるものでもないと感じているからだ。
麻枝准の使う「世界」という言葉でまず思い起こされるのが『リトルバスターズ!』における「この世界には秘密がある」というメッセージだ。ネタバレになるため詳しい言及は避けるが、リトバスだけでなく『ONE』の「永遠の世界」から『Angel Beats!』の「死後の世界」まで彼の多くの作品は何らかの「世界」という形で言い表される舞台が登場する。それらはやはり「現実世界」との対比という形をとって現れるものだ。
そしてもう一つのキーワードである「輪廻」。この要素はある意味ノベルゲームという本質的にループの構造をもつ媒体をにおいてはテンプレートなものだ。しかし麻枝はその媒体をゲームからアニメに変えてもなお「輪廻」の要素を入れ続けている。「世界の終わり」に対して、輪廻はある意味何らかの形で世界が持続することを約束する機能を持ってしまう。特に『Angel Beats!』『Charlotte』ではキャラクターを読み解くうえでこの点が非常に重要なものとして機能していた。
しかし、ファンとしては今までにない新しい麻枝准を、あの大病を乗り越えた彼こそが描く「世界の終わり」や「神様」を期待してしまう。ここで私が注目しているのが「魂の仕組み」というワードだ。
この言葉が明確に登場したのは、彼が死の淵から生還した後の最初の作品『Long Long Love Song』の12曲目「Supernova」においてであろう。
今強く感じてる 壊して壊されて 失い続けるんだ 魂の仕組みは
今強く感じたい どんな過酷でもいい 乗り越えてみせるから 魂の仕組みだ ——「Supernova」
上で引用した「僕らの恋」を彷彿とさせる「壊す」「失う」という言葉や『AIR』の象徴的な台詞である「彼らには過酷な日々を」など、過去作から一貫して見られる要素の他に「魂の仕組み」というワードがある。過去の殺伐radioなどで麻枝は「自分はスピリチュアルなものとかは信じない」と何度も口にしており、だからこそ奇跡やその代償について真摯に描き続けたクリエイターであると思うのだが、だからこそ病を経て一番大きく変わったこの部分は作品に大きな影響を与えるのではないだろうか。
(↑プロローグ特番のインタビューでも言及している(19:24) この記事の100倍魅力が伝わる素敵な特番なので見ていない方は是非)
麻枝が「魂の仕組み」について最新の殺伐radioでも熱く語っていることからも、現在の彼の世界観を構成する新たなピースになっていそうだ。
終わりに ~Karmaから14年経った今~
ここまで書いてきたが、本当にどの層に向けた文章なのか私自身がわからない。年季の入った鍵っ子なら知っている事ばかりであるだろうし、新規さんからするとどうでもいいマニアックに過ぎる内容ばかりだったかもしれない。ただ、いずれの見所もあまり深くは突っ込まなかったつもりだ。というのも、麻枝准はかなりオープンに自身の想いや意図を口にしてくれるクリエイターではあるが、彼の言葉や彼の過去作品と『神様』は明確に別のものであるからだ。
麻枝はKeyのADVゲーム最新作である『Summer Pockets RB』や現在製作中の『クドわふたー』の映画や『planetarian』のOVAが既存のファンに向けたものなのに対し、『神様』は新たにKeyに触れてくれる人々に向けて作ったと公言している。作者の想定した読者と実際に届き、響く層は往々にして異なるものだが、ファンとしては一人でも多くの人に『神様』が届いて欲しいと願うし、そのためにこの文章を書いたつもりだ。
2006年に麻枝准は「Karma」という曲を書いている。本人曰く「自分が書いたボーカル曲でお気に入り第一位タイ」であり、音楽的にも非常に独特なこの曲であるが、その物語も極めて濃度が高いものだった。
きみからはすべてが欠けてて それゆえすべてと繋がれる いのちになれるといいうこと 僕もいつか気づいていた ――「Karma」
世界を救う力を持った少女と、彼女を救うために神をも恐れず走る少年。あれから16年。彼女と同じく民族衣装のような恰好に身を包んだ幼い神様は世界の終わりを見届けるために、一人の少年を選んだ。そのお供として――
テレビアニメ『神様になった日』は10月10日24時から放送開始だ。