短編未満①
一
——目が覚めた。
昨日の自分と今日の自分が別人なのではないかと悩むという話を聞くが、その人の目覚めはきっと良いのだろう。就寝や目覚めはそんなに断絶然としたものではない。眠ろうとしても眠れないし、起きようとしても起きられない。気が付いた時には気を失っているし、気が付いた時にはもうすでに夢の内容は忘れている。
だから、自分の連続性を信じられなくなるのは眠りや恍惚のような生易しい揺り篭のなかではなく、真昼の出来事、まさにその断絶によってでしかない。
布団から這いずり出るのにかれこれ三十分が経った。いい加減何か食べなきゃいけないが、冷凍した米を解凍するのは億劫だし、そもそもおかずになりそうなものは納豆しかなく、今納豆を受け付ける口をしているとは思えなかった。億劫とは、確か百年に一度山を撫で、その山が全て砂に帰すほどの年月が億程も繰り返されるくらい長大なことを指していたはずだ。それを知ってから億劫という言葉を使うたびに、何か酷い偽りを行っているような気がして悪いことをした気になるのだから、雑学ほど生きるうえで身にならないこともないだろうと、また嫌な気持ちになる。
机の上には作りかけの模型があった。東京タワーの模型で完成すれば三十センチほどの高さになるはずだ。缶スプレーで本来赤い部分を青く塗ったそれはとても整った印象を与えるが、どこか見る人を不安に陥れるような、そんな感じがした.。
ああ、何も食べる気がしない、というより今の口が受け付けるものが家の中にない。インスタントラーメンならあるが、あれは喉こそ通るが八割ぐらいの確率で食後に気分が悪くなる。何かを摂取しないと気分がどこまでも落ち込む、低血圧とか低血糖とかだろう。精神的なものと血とか糖とかが一緒に上下するのは分かりやすくて良いが、同時に滑稽でどうしようもない情けなさを感じる。
何はともあれ買い物に行かなくては、家を出る。これは凄いことだ。着替えて鍵と財布も持ってドアを開くことができたのは何日ぶりだろう。晴れ渡る空を見て、机の上にある東京タワーの青がなんで不安を誘うのか、少しわかった。東京の空には、あのような青さはどこにもないからだ。目を覆うことを許さない、青空だった。
*続きません。
*日記やエッセイじゃないです。
*読む人がいたら続くかもしれない。