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肖像


私は雨を浴びているんです
私はそれを、閉じて見上げた瞼に当たった“なにか”の感触で気が付きます
瞼を中心に、見えないはずの瞳に、ケミカルライトに似たどうもパッとしない光が点滅しました
そしてすぐに消えてしまいました
もちろん、今の私に光はわかりませんのですけれども
私の肌は黙秘に徹しているので冷たさも温かさも感じ取れませんがええ


.
,
おそらく
雨の雫でしょう
視認したわけではないからわからないけれど少なくとも雨のような
“上から下に降っていく液体のようなものである”
そう認識しました
それだけは、
肌がこたえてくれました





.
,
ひと粒こぼれたドロップのかけらを追いかけるように
それらはだんだんと降りしきり、しきり、しきり、
私はずぶ濡れになっていく
ああそうでした私は目を閉じていると言いましたが
ついでに耳も聴こえません
どんな理由か知らないけれど降っている音は私の耳には届くことがないようです
普段耳をよく使う私にとってとても怖いことのはずなのですが


   どういう
     わけか



今回に限っては聴こえないものに怯えることもなく
ただ黙って、続いてやまない、ピアノの鍵盤を指でノックしてハンマーがワイヤーを叩く感覚を、私は自分の体全体で感じ取っていました
額が受けた波紋の影は
ほほをつたってあごをつたって首すじをゆっくりつたって
私の胸のおくにある
だだっ広い誰もいないカーネギーホールのど真ん中へスポットライトが当たったように
誰もいないはずなのに当たっただけで誰かがそこにいるかのような錯覚が


落ち
ました.





.
,
聴こえないはずの音が
静寂のままにひびきわたります
なんの音かはよくわかりません、マリンバの低い低い音を糸を巻いたマレットで打った時のような空気感です
木の板の下に伸びる金属の筒が震えるように、私の中のカーネギーホールは無観客なまま鳴り響きました
もう一度言いますが音は聴こえませんけれど響き渡っていました
残響が私の外に出てこようとするのですが
私の二本の腕をまとうようにつたってきたものたちがそれを阻害しました
残響は私の中で繰り返しこだまします
しかしとうとう一部がつたった指先に漏れ出して
慣性に従って滑り降りてきたそれらと溶け合いマーブル模様を描いて回って渦を刻んで足元へ


落ち
ました.



.
,
私は雨を浴びているんです
私はそれを、閉じて見上げた瞼に当たった“なにか”の感触で気が付きます
いま思うと、ケミカルライトははじめだけで、あとは線香花火の瞬きに似ていたかもしれません
もちろん、今の私にも光はわかりませんのですけれども





.
,
耳に届かない音たちは其処彼処の壁や座席を狭い部屋で投げつけたたくさんのスーパーボールのように跳弾し
私の体の内側を撥ねて跳ねて撥ねて跳ねて撥ねて跳ねて撥ねて跳ねてあちこちにぶつかって色合い眩しく交差して押し合って

そして

 パ タ リ

     と
     足
    裏
   に



落ち
ました.






.
,
この際ですからいっそ“雨”と呼んでしまいましょう
雨は目を瞑ったまま立ち尽くす私の頭のてっぺんから足の踵までを滴るくらいに濡らし続け
私は水を吸った服を纏ったまま傘も差さずにただただ降りしきるこの雨を受けているのです
ピアノ
カーネギーホール
マリンバ
そしてなぜかスーパーボールが過ぎていき
けれどこの雨たちは私の内側に入ってくることなく足元に広がる地平へと吸われてゆく運命です
私はこれを世の“知識”だと思うのです
私には知識を吸い続けることができないものですからせめて浴びていたいのです打たれていたいのです触れていたいのです



目を瞑った外側の世界から若干の光が虹彩を通って水晶体を通って脳を通って私にめいあんを届けてきます
ああ晴れました雨はやみません
ああ曇りました雨はやみません
ああ朝のようです雨はやみません
ああ暮れのようです雨はやみません
やむどころかもっともっともっともっともっともっともっと


もっと


私を
濡らし続けてしまえ と
私を
浸し続けてくれたまえ と
私を
伝い続けておくんなさい と







私を
おしえてはくれないか と







.
.
,
あめをあびているんです
私はそれを、とじて見上げたまぶたにあたった
“なにか”
のかんしょくで気がつきます



雨だれに打たれた


わたしの.
 肖像 .
 です .
    ,


    。

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