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ジャッカルの冒険 4
前回の続き…
ジャッカルは追体験するかのように、村を飛び出した頃の夢を見た。
【過去の夢】
都市に来て2年目のある日、職場のラジオから流れるニュースが耳に飛び込んできた。それは、普段の雑音のように耳を通り過ぎていくものとは違った。
《忍者カエルロビンソン捕まる》
ウトウトしていた昼休憩中、ジャッカルは椅子をギシリと軋ませながら飛び起きた。
「ロビンソンが捕まった!?」
思わず声を上げると、周囲で同じように仮眠を取っていた作業員たちが驚いて顔を上げた。
情報通と呼ばれるタヌキの亜人が、紙皿を指でシーソーのように傾けながら答える。
「ああ、ロビンソン役のフォニー・バウンズだろ?闇市で不正売買したとかで、信仰都市オラキウムで捕まったらしいぞ。」
「そうなんだ…」
ジャッカルは少し曖昧な返事を返しながら心が揺れるのを感じた。彼はロビンソンに憧れて村を飛び出した。冒険者になりたいという夢を抱いて。
それなのに、憧れの存在が不正をして捕まったという現実に直面し、失望感と安堵感が入り混じった妙な気持ちが胸に広がった。
カエルの亜人は冒険に向かない貧弱な種族であり、有名になったロビンソンだって不正をしているのだ。
自分が上手くいかないのは環境や社会のせいだと意識下にあったのだろう。
「今のご時世ヒーローなんかいないさ。人気のあるやつはみんな陰で悪いことしてんだよ。」
タヌキの亜人は薄く笑いながらつぶやく。その言葉に周囲の作業員たちもウンウンとうなずき、再びテーブルに伏せて仮眠を取り始めた。
ジャッカルは食堂の片隅で一人、ロビンソンに憧れた日のことを思い出していた。村を飛び出し、この都市に来たときの興奮と不安。そして、それが2年経っても何も変わらない現実に押しつぶされていく感覚。夢の欠片が一つ、また一つと崩れていく音がした。
都市へきて5年目のこと。
ジャッカルは労働終わりに立ち寄った安居酒屋を後にし、暗い夜道を歩いて帰る途中だった。ふと、反対方向から歩いてくるフードを被った人物に目を留めた。
「……ラントン?」
思い切って声をかけると、相手は一瞬立ち止まり、小さな声で「やあ」と答えた。久しぶりの再会に胸が弾んだ。
しかし、それも一瞬のことで、自分がこの都市で過ごした5年間を思うと、胸の奥に重い感情が湧き上がってきた。
「何してるんだろう、俺は……。」
自問するように呟く。
ラントンはただじっとジャッカルを見ている。
やはり無口な男だ。
声をかけたは良いが何を喋ることがあるだろうか?今自分が喋れる事はあるだろうか?
そんな思考が巡っていた時に、ランタンの方から口を開けた。
「そういえば、村、災害あったらしい。」
ラントンがぽつりと話し始めた。ジャッカルの心に嫌な予感がよぎる。
「俺の故郷のこと!?災害って何?」
酔いが一気に冷め、ジャッカルは身を乗り出すようにラントンに詰め寄った。
ラントンは身構えたが、それは普段闇市を管理する者として当然の動作だったのだろう。すぐに警戒を解いて、視線を宙に向けて思い出すように話し出す。
「兄貴が言ってた。2〜3年前に取引をやめた島があるって。君の故郷の島だったらしい。地震で津波が起きて、村が丸ごと飲まれたんだとか……」
アントンが島の港に船をつけ、村へ向かったらしいが遠くから見る限り人影は無く廃村と化していたみたいだ。
その言葉を聞き、ジャッカルは呆然と立ち尽くした。頭の中で、もし自分が村に残っていたら何かできたのかと考えが巡る。いや、都市に来て5年間、自分が何か成し遂げられたのかすらわからない。
キッカケがあれば……
チャンスがあれば……
心の中で繰り返すその言葉が、重く胸にのしかかる。
【翌朝】
目が覚めたジャッカルは、夢で見た追体験の余韻に浸っていた。悲しい夢だった。しかし、同時に、かつて冒険者を志した頃の熱い気持ちが、鮮やかに蘇るのを感じていた。
10年前の村を出た日の冒険は本物だった。
「なにか行動しなくちゃ。」
今までは何も行動していなかった。そして、今から何ができるだろうか?
「冒険者になるんだ!」
ロビンソンは不正で捕まったかもしれない。しかし、あの頃の夢は偽物なんかじゃない!
前日から冒険者への意思がふつふつと湧き立ってきている。ここ数年間、こんな気持ちになったことはなかった。
「この気持ちがある内に、何か一歩前進できるように行動を起こさなくては。」
まずは冒険者になるためにも街へ出なければ。
「仕事を休んでみるか…。」
今まで毎日ずっと働いてきた。たまには自分の都合で休んだっていいだろう。
……いいのかな。
自分がいないことで開ける穴は大きいのではないだろうか。休めるだろうか。
不安はある。洗面所で顔を洗う。
葛藤はたくさんある。10年分の無駄な時期を自ら否定することになるのだから。
鏡の前で、自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。
「Let’s Go New World.」
ジャッカルは職場に電話をかけてみた。
「そういえば、初めてかけるな……。」
2コール目でガチャっと音が鳴り、聞き覚えのある機械音声が流れる。
「こちら第八地区三〇工場、サポートロボ0080が対応させていただきます。ご用件は何でしょうか?」
「あ、働いているジャッカルと言います。」
「ナンバーをお伝えください。」
ジャッカルは自身のカードキーに書いてあるナンバーを伝えた。
「はい、承認が取れました。ご用件をお話しください。」
「休みたいと思うのですが……。」
「はい、かしこまりました。サポートロボ0080が承りました。」
「え、理由とかは聞かないのですか?」
ジャッカルは、あまりにもスムーズに進むため困惑した。
「はい、当然評価は下がりますが、休む理由を一々聞くことはありません。」
「あ、わかりました。よろしくお願いします。」
ガチャ。
すんなり休めたことに、ジャッカルは嬉しさと戸惑いを同時に感じていた。機械的な対応のせいで、自分が必要とされていないような感覚が少しだけ胸を刺した。
「自分だけが心配していたのか……。」
そう思うと、わずかに残念な気持ちが広がったが、それ以上に、自由に動ける喜びがジャッカルの胸を満たしていた。
「さて、何をしよう。」
やはり冒険者になるための方法をリサーチしなければならない。
酒場か…
たしか冒険者組合と酒場が合併している場所があったはずだ。
準備を済ませて外へ出る。明るい太陽がジャッカルを生き返らせるように感じられた。
初めてではないにしても、新鮮な都市をキョロキョロと見回しながら進む。
賑わう街並み、騒がしい露店。このような気分で歩くのは初めてで、気分も自然と上がる。
工業都市での工場労働しか経験せず、ネガティブな部分ばかりに目を向けていたジャッカルにとって、この街はまるで初めて訪れた場所のように感じられた。ウキウキしつつも緊張を抱えながら歩みを進める。
酒場の前に着くと、入口の看板にチラシが貼られていた。
《急募!探索者求む❗️》
何年か前に同じ工場労働者から聞いた話が頭をよぎる。探索者人口が減少し、街の外から工業に必要な資材を回収するのが難しくなっているという。
例えば、サンドワームの素材などはほとんど工業用に使用される。この工業都市が発展したのも、そうした素材が大きな役割を果たしているからだ。
都市外に生息するサンドワームを捕まえるには探索者の助けが必要で、そのための依頼が酒場にも張り出されることがある。しかし、探索者人口の減少が素材の流通を滞らせ、工業全体に影響を与えているという。
サンドワーム狩りに精通した熟練の探索者は「釣り師」と呼ばれる。一定の経験を積んだ者や、人種的に生来強靭な者が釣り師として認められることが多い。
しかし、そうした熟練の探索者はこの街に留まり続けることは少ない。難易度の高い遺跡探索などの依頼で稼ぐため、サンドワーム素材も流通しづらくなっている。
都市国家ごとに探索者活動を推進する政策を取る場所とそうでない場所が分かれる。推進政策を取る都市では補助金や依頼の充実、都市内施設の格安利用権など、多くのインセンティブが用意されている。
残念ながら、この工業都市バルングはその反対で、探索者として命懸けの依頼を引き受けるにはメリットが少ない場所だ。
「願ってもない……。冒険者になるにしても、とりあえず雇用形態とかについて聞いておかないと。」
ジャッカルは心を決め、酒場の扉を静かに開けて中に入った。
外の明るい日差しとは対照的に、店内は薄暗く、窓から差し込む柔らかな光が壁や床を淡く照らしていた。奥にあるカウンターにはランプが灯り、その温かな光が静かに広がっている。
カウンターの後ろにはさまざまな形の瓶が並べられ、それぞれが独特の雰囲気を醸し出している。緑や琥珀色の液体が入った瓶が光を反射し、微妙に揺れる光の模様を作り出していた。
店内には数人の客がぽつぽつと座っており、昼間だというのに酒を飲んでいる者、何かをぶつぶつとつぶやく者、ウトウトしている者、そしてジロリとこちらを見てくる者がいた。
そんな中、わずかに響くカウンター越しのグラスの音や、小声の話し声が空間に静けさを与えている。
ジャッカルは少し緊張しながらも、視線を合わせないように気を付けつつカウンターへ向かった。歩調に注意し、ぎこちない動きにならないよう努める。
カウンターには若い女性の店員が立っており、ジャッカルに気付くと明るい笑顔を向け、片手で空いている席を示して案内してくれた。
彼女は薄い赤髪を持つヒューマンで、その親しみやすい表情とハキハキした雰囲気は、この少し不穏な酒場の中で特に際立っていた。
ジャッカルが席に腰を下ろすと、彼女は笑顔を崩さずに声をかけた。
「いらっしゃいませ。何を飲まれますか?」
慣れない環境に少し緊張していたジャッカルは、一瞬戸惑った後、勇気を出して話し始めた。
「あの、外の張り紙を見たんですが……探索者のやつです。」
彼の言葉を聞いた店員は、目を輝かせながら頷いた。
「探索者募集ですね!都市からの依頼があって、今、本当に探索者含めて冒険者が足りていないんです。」
ジャッカルは首をかしげた。「探索者と冒険者って、具体的にどう違うんですか?」
彼女は少し身を乗り出しながら説明を始めた。
「冒険者っていうのは大きなカテゴリーで、その中にいくつかの専門的な役割があるんです。例えば探索者や、砂渡者(スナワタリ)、斥候者(セッコウ)、駆除者(クジョ)などですね。それぞれの役割は、依頼内容に応じて必要なスキルが違うので、専門性を分かりやすくするためにこうした分類がされています。」
「なるほど。それじゃあ探索者って、具体的にはどんな役割なんですか?」
「探索に特化した冒険者という感じですね。ただ、役割は自己判断に任される部分も多くて、『自分はこういう依頼ができます』っていうアピールみたいなものなんです。」
ジャッカルは少し困惑したような表情を浮かべた。「正直、自分が何に向いているのか分からないんですけど……。」
「それは普通のことですよ!」店員は明るい声で応じた。「だから、冒険者として組合に登録する際には、全員がまず探索者として登録する事が多いです。探索の基礎知識がないと、どんな冒険も難しいですからね。」
「そうなんですね。それなら、探索者として登録した後、自分の得意分野を見つけたら、新しい役割に挑戦することもできるんですか?」
「はい、その通りです!新しいスキルや知識を身につけたら、組合で申請してカードに新しい役割を追加してもらえますよ。」
彼女の説明を聞き、ジャッカルは納得したように小さく頷いた。「それなら、まずは探索者として登録してみます。」
店員は満足そうに微笑みながら、カウンターの棚から分厚い書類の束を取り出してジャッカルの前に置いた。
「これが雇用契約書です。一通り目を通してみてください!」
書類には小さな文字でびっしりと書かれており、冒険者の権利や義務、依頼主との契約内容などが詳細に記されていた。ジャッカルは少し圧倒されつつも、目を通し始めた。
しかし、その途中で強い視線を感じた。顔を上げずに、さりげなく左側をちらりと見やると、そこには彼を睨むように見ている男がいた。男の鋭い目は、何かを探るような、あるいは警戒するような雰囲気を漂わせていた。
【工業都市の港にて】
狭い空間の中、両足を抱える形で床に座る機械人形があった。それは今や骨董品として扱われるような古いタイプのものだ。塗装の剥げた胴体と、節々のきしむ音がその古さを物語っている。
ゆらゆらと揺れる床の上で目を覚まし、暗闇の中をセンサーで認識する。
「ココはハコのナカ?」
機械人形の目はセンサーとなっており、周囲をスキャンすると、この空間が部屋ではなく箱の中であることが分かった。充電できる場所へ案内してもらうために4人のヒューマンに身を任せてスリープモードに入ったが、目を覚ますとまだ辿り着いていないようだ。
箱の外をスキャンしてみると、生物の反応はない。風や波音のわずかな振動だけがセンサーに捉えられる。
「オッと、デンキをサガサナケレバ。」
立ち上がり木製の箱を壊して、簡単に外へ抜け出す。壊れた木片が床に散らばる中、機械人形は外の明るさに目を慣らす。太陽が真上に輝いており、その光が古びた金属のボディに反射する。
周囲を見渡すと、ここが港に停泊する船の上だと分かった。船体は錆びついており、塩気を含んだ風が吹き抜けている。
「塩素感知…ココは海ダ。ムム…サビ対策シテイル暇はナイ。」
機械人形は辺りを見回しながら、停泊している港の方向へガシャガシャと音を立てながら進んだ。船には人影はなく、港で働いている亜人たちが見えるだけだった。しかし、ロボットが小走りする様子に特に誰も注意を払わない。
ここは工業都市バルング。多くのサポートロボットや重工業ロボットが稼働しているため、この機械人形が古いタイプだと気付く者はいなかった。
機械人形は電力感知センサーに従い、港の重機用高圧電力供給スポットに向かう。そこに到着すると、供給スポットのケーブルコンセントを自身の背部にあるケーブルと接続し、電気を得た。
本来、重機用の高圧電力は普通のサポートロボットには適さないため、機体が焼けるはずだ。しかし、この機械人形は頑丈で、ケーブルを接続した瞬間にバチッと大きな音を立てたものの、強力な電力供給によって身体をガタガタと振るわせながらも充電が進んだ。
強烈な音が港中に響き渡ったことで、今まで無関心だった港の作業員たちが気付き始めた。
港の作業員にはさまざまな亜人がいる。力仕事を担うハーフオーク、帳簿を付けるネズミの亜人、重機やサポートロボットを指示するタヌキの亜人などだ。それぞれの持ち場で作業をしていた者たちは、異音のした重機用高圧電力供給スポットに注目し始めた。
ほとんどの作業員は、新人が管理下のサポートロボットを低圧電力供給スポットと間違えて接続したのだろうと考えた。これは頻繁ではないが、何年かに一度は起きるミスであり、そのたびに新人が感電して命を落とし、サポートロボットも燃え上がって使い物にならなくなる。
作業員たちは火災の広がりを防ぐために迅速に消火作業を始めるつもりで、舌打ちをしながら小走りで現場に向かった。
しかし、供給スポットにたどり着いた彼らが目にしたのは、予想外の光景だった。そこにあったのは燃え上がるサポートロボットではなく、高圧電力に耐えながら震えている機械人形だったのだ。
その機械人形は、体が震える中で一瞬動きを止めた後、ぼそりと呟いた。
「ヤべ…ニゲロ。」
ケーブルを自ら外すと、周囲を見渡し、反対方向へガチャガチャと音を鳴らしながら走り出した。その動きはぎこちないながらも意外なほど迅速だった。
「電力泥棒だー!!!」
作業員たちは状況を理解すると、一斉に声を上げて機械人形を追いかけ始めた。
港全体に足音や叫び声が響き渡る。
To be continued…
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