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Redemption
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Chapter 1 『庇護──Protection──』
4人・5人用声劇台本(男性2、女性2、不問1)
推定時間 40分~50分
世界観を壊さぬ程度のアドリブは大歓迎
台本説明
3Rシリーズ(『Redemption』『Reign』『 Revive』)の第1タイトル、元伝説の殺し屋ゼノの贖罪、闘いの物語と出会い、その果ての葛藤と決意を描く「Redemption」シリーズ第一話
元最強の殺し屋が、業界から足を洗い、依頼人を守る「守護者(ディフェンダー)」の女性、カノンに誘われ、自らもまた守護者を始める。そしてその陰では、裏社会最大の殺し屋組織が存在した証拠を抹消する為、彼の命を狙う者が現れ始めた………
登場人物紹介
ゼノ: 男性、20代。冷静沈着。然し人間らしい一面があり時々感情が爆発する。元は《黒獅子》と呼ばれ恐れられた伝説の殺し屋。
カノン: 女性、20代。ゼノよりは年上。プロの「守護者(ディフェンダー)」、ゼノが守護者を始めるきっかけとなった人物。常識的な人物。
ゴードン: 男性、年齢不詳。ゼノも所属していた表には知られない極秘の殺し屋組織『掃討園(クリーナー)』の実力派重幹部。台詞が他に比べて若干少ないので、4人の場合は希望者が兼役を担当する。
煙華(えんか): 性別不問、ゼノよりも若い。本名不明。掃討園でも屈指の殺し屋として活動しており、ゴードンに命令を受け、組織から脱走したゼノの命を狙う。
キャシー: 女性、ゼノとカノンに守護者として護衛の依頼をした。元情報技術屋として《掃討園(クリーナー)》に所属していた過去がある
台本本文
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豪奢なホテル。草木が生い茂るガーデンにて、2人の男女がトレーニングウェアを着て向かい合っている。ピンク髪の女は俊敏なステップと共に、銀髪の男にジャブを放ち続けている
カノン:「フッ……!!!」
ゼノ:「(躱しながら)ザッと見た感じ、今日も悪くないコンディションだ!あと前から言ってるが、もう少し拳や肩に籠める力は抜いておけ。今のお前の拳の軌道は分かりやすい。避けてくださいと言ってるも同然だぜ!」
カノン:「む、なにを………生意気言ってくれるわね!」
女は鋭い回し蹴りを放つも、男は飄々と屈んで躱す
ゼノ:「フッ、相変わらず恐ろしい蹴りだな。流石は警察学校を上位の成績で突破したお嬢様だ。キレが違うよ」
カノン:「それを楽々躱せるアンタもどうかしてるけどね……!!本当に格闘技経験ない訳?」
ゼノ:「本当さ。ただ、素人はおろかオレより強い格闘技経験者はいない。そんな俺がこの2週間こうして朝には組手に付き合ってやってるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれて構わないぜ」
カノン:「そう、そこまで大口を叩いたくらいですもの。……まだまだ付き合ってくれるのよねッ!!」
ゼノ:「了解。アンタが満足するまで付き合うぜ、箱入りお嬢様」
カノン:「言ってろ!!!」
──暗転。防弾ガラスを黒のカーテンで包んだ小室
ゴードン:「───ゼノが我らが掃討園(クリーナー)の精鋭エージェント20名を惨殺し、組織から逃亡して1ヶ月だ。未だ奴の暗殺には成功せず、死体も見つからねえ始末だと?馬鹿め。奴の生死は死体を直接見てDNAを調べるまで確定などせんわ!」
煙華:「仰る通り、掃討園(クリーナー)の構成員から直接の成果報告がなければ、まず間違いなく黒獅子は生きているでしょう」
────机を叩いて粉砕し、怒鳴り声をあげる屈強な体格の大男に話し掛けるスーツ姿の美丈夫。
ゴードン:「………煙華(えんか)か」
煙華:「《黒獅子》は裏社会の人間ならば誰もがその名を知っています。殺しの腕前で右に並ぶ者はおらず、また殺しに一切躊躇を挟まないとも。加えて単純な戦闘力でも組織随一。捕獲に苦戦するのも理解できますが、あくまで相手は1人。積極的に素質のある捨て子を内に引き込み、数を集められるのも結構ですが……殺し屋の育成は、もう少し拘られた方がよろしいかと」
ゴードン:「……少し見ない内に随分口が達者になったものだな。貴様は違うと言うのか?」
煙華:「殺しとは芸術です。ただ対象を絶命させる作業を効率化させるのでは、私の美学に反する。ただ相手を殺すばかりでは退屈でしょう。それだけなら猟奇的殺人犯にも代行できる役割です」
ゴードン:「ほう?」
煙華:「我々は殺しで金を得る、謂わばその道の職人、プロフェッショナルと言っても良い。我々の任務には美学が伴って然るべきでございます。そこらの腕自慢が多少実戦を積んだ程度の未熟者とは、到底訳が違うのですよ」
ゴードン:「貴様の近日の活動資料には目を通した。戦績も悪くない。歴代でも件の《黒獅子》ゼノや《影刻(えいこく)》パンサーに次いで仕事の精度も高い………そんな男がわざわざオレの部屋を訪ねてきてこの口振り……となれば、貴様の目的は読めたぞ」
煙華:「《影刻》は傲慢な女です。我々組織の一員でありながら、自ら遂行する仕事を選ぶのですからね。果たして己が的を選べる立場にあるとでも思っているのでしょうか。それを許容する幹部様方にも私は首を傾げますがね」
ゴードン:「だが奴の腕はそれを補って余りある。オレが管理する殺し屋で《黒獅子》に対抗できる奴がいるとすれば、それこそあの女だけだろうよ」
煙華:「これは心外ですね───私には不可能と?」
ゴードン:「逆立ちしたとて結果は知れている」
煙華:「お言葉ですがゴードン様。伝説を盲信するも、過大評価をするのも結構ですが……私にたいしてそのような評価を下されるようならば、貴方の慧眼もとうとう曇り始めたと言わざるを得ませんね」
ゴードン:「なんだと?」
煙華:「フリーランスの殺し屋として活動していた私に目を付け、組織に勧誘してくださった事は感謝しています。ですが貴方は黒獅子の武勇を盲信するがあまり、私をおまけとして扱われている。それが少々気に食わないものでして」
ゴードン:「ククククッ、良い。オレを前にしてのその不遜な態度は買おう。だが実力と結果が伴わなければ所詮は弱者の戯れ言だ。殺(や)れるのか?」
煙華:「こたびの任務の土産には、傲慢で愚かな獅子の首をあなた様に献上すると誓いましょう」
ゴードン:「まぁ良い。そこまで言うなら特別に任せてやろうではないか。煙華よ。掃討園(クリーナー)の裏切り者《黒獅子》を確実に抹消しろ」
煙華:「Yes, sir(了解しました、主よ)」
煙華が退室する。ゴードンは粉砕した机を横目に再び椅子に腰掛け、静かに1人呟く
ゴードン:「馬鹿め、貴様のような三下に奴は獲(と)れん……実力を弁えぬ馬鹿は我が軍隊(しもべ)には不要だ。己の分を弁えぬ早計を、奈落の底で悔いるが良い」
煙華:「………越えねばならんのだ。無敵と謳われた伝説を、かつての憧れを…この手で」
──暗転。天然の木々が生い茂る街の整備された道路を自動車が走っている。運転席には薄いピンク髪の女性が、助手席には棒状の菓子を咥えた黒のコートに身を包む男が座っている。
ゼノ:「……こんな田舎町から依頼が来たのか?」
カノン:「そういうこと。でなきゃ、君とこんな場所までドライブなんかしないわよ」
ゼノ:「命(タマ)の取り合いには無縁の場所に思えるけどよ。いやなに、あまりに綺麗な景色だからさ」
カノン:「同感ね。でも、だからこそ〝ワケアリ〟の人が住んでるとも考えられるでしょ?」
ゼノ:「……………ワケアリ、か」
咥えていた菓子を噛み切り、窓から外を眺める男
カノン:「出会ってから2週間、色んな所に連れ回してきたけれど。この仕事に君を連れてきたのは初めてだったものね」
ゼノ:「前職とは勝手が違うからな。正直慣れねえ感覚だよ」
カノン:「……ふぅん、私としてはその前の仕事が気になってしょうがないのだけれど。そろそろ教えてくれても良いんじゃないかしら?」
ゼノ:「(被せて)詮索は無しだと言った筈だぜ」
カノン:「む………そうね。私と君の個人的な契約だもの。口を出すつもりはないけど、ほら……人間って自分の興味感心に素直な生き物でしょ?」
ゼノ:「そりゃ言えてる。ただ、俺が頑固な男だって事もそろそろ分かってきたろ?」
カノン:「あら、その通りね」
ゼノ:「いやそこは否定しとけよな」
とある一軒家の前に停車し、車を降りる2人。ゼノがインターホンを押して数秒待つと、若い女性が恐る恐る出てくる
ゼノ:「ん………??」
キャシー:「え?………」
ゼノ:「アンタが依頼人のキャシーか?」
キャシー:「………え、ええ。ではあなた方が?」
カノン:「ええ、私達が守護者(ディフェンダー)よ。契約通りこれから1週間、貴女の命は私達が保証するわ。私はカノン、こっちがゼノよ」
ゼノ:「……………ゼノだ。この仕事は初めてだが、腕っ節には自他共に定評がある。誰にもアンタを殺させやしないさ」
カノン:「彼、戦闘に関しては誰よりもプロフェッショナルだから。そこは信頼して構わないわ」
キャシー:「ええ、助かります。カノンさんといえば、守護者(ディフェンダー)でも屈指の実力者と聞いています。今までどんな刺客を相手取っても仕事に失敗したことはない、とも。でも良いのですか?1週間も命を守ってもらうにしては、その…私が支払うべき報酬金が少なすぎるように思いますが」
カノン:「お金がない人を守る価値はない。そんなくだらない理由で人を選別するような大人にはなりたくないの」
ゼノ:「俺はまだこの手の仕事の相場を知らない。だから判断はコイツに委ねてるんだよ」
キャシー:「……なるほど、分かりました。そういうことなら私も安心できます」
カノン:「でも私達も聖人じゃないの。貴女がどこの誰に命を狙われているのかも知る必要がある。詳しい話は中で聞かせてくださる?あぁそうね、出来れば美味しいブレンドティーがあると嬉しいわ」
ゼノとカノンがドアからキャシーの家に入っていく。暫くして、1人の男の影が家に迫る。
煙華:「…………よもや我らの裏切り者が斯様な地でまだ息吹いていようとは。これもまた運命か。キャシーよ。裏切り者と共に、我が断罪の刃で虚無に弔ってくれよう」
ゼノとカノンはキャシーの自宅にて、彼女と向かい合うように椅子に並んで座っている。
カノン:「……事情は分かったわ。要約すると、貴女は秘密裏に活動しているとある殺し屋組織で情報技術者として働いていた。でもある日、そんな自分に嫌気が差して組織を無許可で抜け出した結果、貴女が所属していた組織……通称《C》は機密情報の漏洩を防ぐために殺し屋を送り込んでくるようになった訳ね」
キャシー:「………ええ、概ね間違いはないわ。でも驚かないの?私はかつて裏社会と関係を持った人間だって、理解したはずでしょ?」
カノン:「私からすれば珍しい話でもないわよ。裏社会の渦中に存在しなかったごく普通で平凡な人間が、ある日突然殺し屋に命を狙われるようになるなんて話の方が不思議だもの」
ゼノ:「命を狙われるにはそれなりの理由がある。レアケースどころか、十分想定内だ」
キャシー:「……この話を聞いても、あなた達は私を1週間護衛してくれることに間違いはないのよね?」
ゼノ:「その前に聞かせてくれ。キャシー、サーカスを見たことはあるか?」
カノン:「は?……え、どうしたのよ急に」
キャシー:「ええ、昔友人に誘われて鑑賞したことならあるけれど……それがどうしたの?」
ゼノ:「サーカスってのは興味深い芸だ。野に解き放てば容赦なく人を喰らう獅子を飼い慣らし、人々を楽しませるエンターテイナーとして仕立て上げる。彼らは生まれたての段階から芸を覚えるように身体に刷り込まされ、人に慣れさせ、人間の管理下で芸を磨いていくそうだぜ。……その全てのプロセスは、人間を楽しませる為にな」
カノン:「やけに嫌味な言い方をするわね。娯楽として純粋に楽しめないわけ?あ、それとも前職ってサーカスのトレーナーだったり?」
ゼノ:「キャシー。重要な質問だ。お前は人間に従わされ、本人達(やつら)の意思とは無関係に飼い慣らされている獅子(しし)を見てどう感じた?例えば─────
それが人間だとしたら?」
キャシー:「……素直に拍手をする気分にはなれなかったわね。飼い慣らされているのが人間なんて、それこそ想像もしたくない話だわ」
ゼノ:「……そうか。ところが、偉大なるショーは拍手喝采で幕を閉じるものだ。お前は素晴らしい芸に賛美を送っていた欲望に素直な他の観客とは、どうやら感性が異なるらしい」
カノン:「アンタもしかしなくてもサーカス嫌いなの?」
ゼノ:「…………………………」
ゼノ:「……いや、ただの戯言だ。気にしないでくれ。仕事はこなすよ。約束通り、少なくとも1週間はアンタの命は俺達が保証する。そこは心配するな」
キャシー:「……ええ、本当にありがとう」
ゼノ:「そういえばキャシー、ちょうど買い出しに行きたかったんだろ?いくら生活必需品を手に入れる為でも、今貴女が外に出るのは危険だ。俺が代わりに行こう。メモを寄越してくれ」
キャシー:「ごめんなさい、こんな雑用まで任せてしまって。よろしくお願いするわ」
ゼノ:「気にするな。半刻で戻る。……カノン、俺が不在の間は任せたぜ。とは言っても、俺よりよほど安心できるか」
カノン:「安心しなさい。誰が相手でも、指1本彼女に触れさせたりはしないわ」
ゼノ、ドアを開けて外に出る。
ゼノ:「……これで舞台装置は整えてやった。さぁ、こっからどう出る?……〝追跡者〟」
キャシー:「………………………………」
カノン:「身体が震えてるわよ。ホットココアでも飲んで身体を暖めるのはどうかしら」
キャシー:「……ごめんなさい。あなた達が来てくれたから今までより一層安全な筈なのに、震えが止まらないの」
カノン:「しょうがないわ、今まで何度も命を狙われてきたのよ。それにこんなことは言いたくないのだけれど。最強の助っ人が来たからといっても、貴女の命を絶対的に保証するものではないもの」
キャシー:「……………っ!!!」
カノン:「でもね、今回あなたを守るのはこの私。さっきも言ったけど私は依頼対象を守り損ねたことは一度もないの。大船に乗ったつもりでいてくれて構わないわ。それに寧ろ貴女は、私達を利用するつもりでも良い。依頼者の為に命を張る覚悟を決めてこそ、一流の守護者(ディフェンダー)なのよ」
キャシー:「カノンちゃん………」
カノン:「私が死んで、貴女が生き残る結果はあり得たとしても。その逆は絶対に許さないと誓うわ」
キャシー:「……それはありがたいわ。でもね、私が本当に恐れているのは」
カノン:「!!キャシー、伏せてッッッッ!!!」
床に倒れ伏せる2人。すると瞬く間に複数の銃弾が窓を貫き、部屋の壁を貫く。
キャシー:「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」
キャシーM:「(私はその瞬間、死という名の終着点を人生で一番身近に感じた。最強の助っ人を得て有頂天だった安心感は、最凶の刺客の到来により、嘘だったかのように容易く崩壊する。しかしそれでも彼女………カノンは諦めず、私をその背中に庇いながら、家の外への脱出経路を切り開く)」
カノン:「くっ………!!ゼノがいなくなったこのタイミングを狙われた!キャシー、私から離れないで!!」
煙華:「無駄な抵抗はよせ。知識だけが詰まった役立たずの木偶を背中に庇いながら逃げ切れる程、この刃は安くはないぞ」
カノン:「…………ッッ!!!もう追い付かれた!?」
煙華:「……試しに使ってみたはいいが、これだから銃は嫌いなんだ。この俗物は殺しという芸術に無駄な損害をもたらす。不必要に破壊するのは私の趣味ではないし、何より美しくない。鉛弾で血肉を貫くだけの殺しに、暗殺の美学はあると思うか。守護者(ディフェンダー)」
カノン:「おあいにくさま。私は人々を守るためにこの銃を使うの。殺しに芸術を見出だす程イカれた趣味は持ち合わせちゃいないわ」
煙華:「フッ、吠えるな小娘が。守護者風情に理解できるほどこの美学は安くはない。生憎と今のお前は私にとって、研ぎ澄まされた暗殺という至高の一時を阻む無粋な前座に過ぎない。分かれば疾く去れ。さすれば……貴様の背後で怯えている女の骸と引き換えに、命だけは取らんでおいてやる」
キャシー:「……………………………」
カノン:「ノーと言ったらどうする?」
煙華:「飛んで火に入る夏の虫。能足りん雌豚の亡骸が2つに増えるだけだ」
カノン:「随分と腹に据える口振りね。生憎だけど丁重にお断りさせて貰うわ」
煙華:「そうか………………」
懐から赤橙色に輝く短刀を取り出す煙華
煙華:「ならばここに徒花と散れ」
独特な構えを取れば高速で迫り、短刀を一閃する煙華。銃身で防ぐカノン
カノン:「くっ…………!!なんて速さなの!!」
煙華:「多少眼と運動神経は優れているようだが、得物があまりに弱い。おまけに隙を晒しすぎだッッ!」
カノン:「かはっ……………ッッッ!!」
キャシー:「カノン…!!」
煙華:「守護者(ディフェンダー)カノンは銃技に優れた戦士だと聞いている。だがそれではもはや取るに足らぬ。銃相手なら急速で距離を詰めれば問題ない。まして相手が一般人に比べ、多少実戦経験とスキルがあるだけの女となれば、内蔵に響くように軽く蹴りをくれてやるだけでご覧の有り様だ」
カノン:「ぐっ………….舐めないでッッ!!」
煙華:「っ!!……ほうッッ!!!!」
カノン:「なっ!?!避けられた!?」
煙華:「うつ伏せの状態からそんな反撃を仕掛けてくるとはな………だが笑止!!!!」
カノン:「うぐっっ………!!!」
キャシー:「………!!カノン!!」
腹部を蹴り飛ばされ、空中に弾き飛ばされ倒れ込むカノン。
煙華:「あまり騒ぐな元情報技術屋。私には貴様も抹消する理由がある。そこで大人しくしておけ」
カノン:「ごほっ…………ごほごほっ!!なんて強さなの………!!」
煙華:「安心しろ。お前は強い部類だ。切り札を封じているとはいえ、私の打撃を何度も諸に受けて意識を保っている女はお前が初めてだ。ただ、貴様の武勲は……雑魚ばかりを散らした結果偶然得た勲章に過ぎなかったようだが」
カノン:「ぐっ………言わせておけば!!!」
煙華「娘。本当の強者というものは裏の世界にこそ存在する。その事実を頭蓋に刻み、弱者を守れぬ無力感に苛まれながら散るが良い!!」
ゼノ:「ならその弱者すら仕留められないテメーの無力さに絶望するこったな」
突如、どこからか飛来したナイフが煙華の頬を掠め、地面に突き刺さる。
煙華:「─────貴様」
ゼノ:「オイオイ、表情から余裕が消えたな殺し屋さんよ。さっきまでとは偉い違いだぜ。まぁ今俺が投げたナイフの軌道が少しずれてたら?お前は1発でお陀仏だったんだからな。そりゃ当然か」
キャシー:「ゼノさん………!!」
カノン:「………もう………どれだけ待ったと思ってるのよ」
煙華:「………てっきりお前はこの女どもを見捨てたと思ったのだがな。何故今になって参戦してきた?」
カノン:「え?」
キャシー:「どういうこと……?ゼノが私達を見捨てた?適当言わないで!!」
煙華:「いいや、この男はもっと早くから私の存在に気づいていた。気づいておきながらお前達を留守にさせ外出する選択を取った。だが戻ってきたということは……狙いは、貴様が不在になった瞬間を好機と判断させることで私を誘き出す為か?」
ゼノ:「あぁ、お前にとって最悪の状況は俺とカノンの両方を相手取る事だ。そんな事になればお前の敗けは必然。俺とアイツが共に行動し続ければ、お前は永遠に行動に出ることはない。俺達の契約はあくまで1週間だけ。俺達が次の依頼の為にここを離れた瞬間にお前が彼女に仕掛ければ、流石に防ぎきれない」
煙華:「……………………………………」
ゼノ:「つまり俺達が優先すべき目的は1週間彼女を守り続けることじゃなく、1週間の間にキャシーを狙う殺し屋を見つけ出して始末する……これが最適解だ。だからこそ、敢えて一度俺は2人と別行動を取ったのさ。臆病で慎重なお前を誘い出す為にな」
煙華:「流石は生ける伝説。飛んで火に入る夏の虫は……寧ろこちら側だったというわけか」
カノン:「っ………!!アンタ正気なの!?隠れている殺し屋を誘い出す為だけに、私はともかく依頼者自身を囮に使うなんて!!」
ゼノ:「俺達が交わしたのはあくまで命を守る約束だ。事実死んではないだろう。それに、実際徹底して守るつもりだったさ。身を粉にしても守る覚悟はあった。………相手がその女でさえなければな」
キャシー:「え………?」
ゼノ:「どうした、身体が震えているぞ」
キャシー:「ふ、震えてなんか……」
ゼノ:「お前の恐怖の理由を教えてやる」
ゼノの一瞬見開いた瞳が、キャシーを貫く
ゼノ:「覚えてるんだろう?獅子(オレ)を」
キャシー:「……っっ!!やっぱり貴方は!」
カノンM:「(ゼノの雰囲気がいつもと違う……なんなの、この威圧感は!?)」
ゼノ:「……まぁ良い、話は後だ。お前の素性を暴くのも、俺自身の軽い昔話もな。依頼はこなす。少なくとも契約した以上はお前を死なせはしない。安心しろ」
煙華:「気に入らん過信っぷりだな。私を前にして貴様1人でその木偶を守りきれる自信があると?その女を戦力の内に入れて勝ち誇った気でいるならやめておけ。その状態では、尚更戦力にはならんぞ」
ゼノ:「あぁ、そういえばさっきお前にとって最悪の状況は俺とカノンの両方を相手取る事だと言ったが。その事を言ってるのか?」
煙華:「その通りだ。その女はもはや使い物にならん。銃の腕もよく多少は筋は良いようだが、満身創痍の今は呻きながら這いつくばるのが精々だろう」
ゼノ:「誤解があった。訂正しておくぜ」
ゼノの目付きが変わる
ゼノ:「正確には……お前はオレを敵に回した時点で敗北が確定してたんだよ。未熟者」
煙華:「────!!その戯言が貴様の最後だ!」
高速一閃、煙華が振るう短刀の刃を人差し指と中指で受け止めるゼノ。
ゼノ:「オイオイ、直線的に突っ込んで刃を振るうしか能がねえのかよ?それで沈むのは格下だけだぜ?」
煙華:「なっ……!?我が必殺の刃を二指で白刃取りにしただと!?」
ゼノ:「お前じゃ文字通り刃(は)が立たねえよ。出直してこい」
煙華の鳩尾に、ゼノの二連撃が高速で叩き込まれる
煙華:「ぐはぁぁっ…………!!!!」
ゼノ:「骨の数本は逝ったか。これで終わりだ」
煙華:「ふ、ふざけるな!まだ終わって」
言葉の途中で回し蹴りを側頭部に喰らい、気絶して地面に倒れる煙華
キャシー:「な、なんて強さなの……カノンを圧倒した男を、武器も使わずたった3発で沈めるなんて」
ゼノ:「今更惚けるつもりか?お前は幼少から牙を磨き続けてきた獅子の猛威をよく知っている筈だ」
キャシー:「……私を覚えていたというのですか?」
ゼノ:「……あぁ、多少歳を取ろうが分かる。あの時のオレの心を支配していたのは、憎悪一色だったからな。観客席にいた貴族は全員いつ喰い殺してやろうかと考えたくらいだ。憎悪に囚われた獣でも時が過ぎれば獲物の顔を忘れてくれるだろう、なんてのは幻想に過ぎない」
カノン:「(分からない……この男が何者なのか、全く想像も出来ない。生きてきた世界があまりにも違いすぎる。私……何も知らなかったんだ、ゼノの事)」
倒れ伏せる煙華に近づき、手を振り翳すゼノ
ゼノ:「もう少し経験を積んでいれば、少しはまともな勝負になったかもな………あばよ」
カノン:「っ!?待って!!何をするつもり!?!」
ゼノ:「決まってるだろ。2度と彼女を……そしてオレを追ってこれないようにトドメを刺すんだよ」
カノン:「殺す必要はないでしょう!?」
ゼノ:「いや、コイツは組織の駒だ。放置しておけばまた俺達の敵になる。生かしておく理由もない」
カノン:「っ……だからってそんな……」
ゼノ:「そろそろ分かってきたんじゃないか?オレが何者なのか」
カノン:「……この殺し屋は貴方を生ける伝説と呼んでいたわ。守護者(ディフェンダー)として活動し始めたばかりのアンタの事を知っているとなれば……考えられる可能性は………」
キャシー:「裏社会で名を馳せた伝説の殺し屋」
ゼノ:「やはり気付いていたのか」
キャシー:「私は通称《C》と呼ばれる例の組織に所属していた時代、組織の管理下にある闘技場の運営に協力していた事があった。血と闘争を求める客を集めて組織の資金を集めるのが一番の目的だけど、同時にポテンシャルのある子供達を集めて育成し闘わせ、殺し屋として活躍できる素材を育て上げる目的もあったの」
カノン:「……………まさか、ゼノがそこで闘っていたというの?」
キャシー:「……まともな倫理観を持った子なら、相手を殺すのに抵抗を抱かない筈がない。でも試合で相手を殺さなければ、自分達の飼い主に殺される。それでも相手を殺す事を拒んで、自ら命を断ち切られる事を選んだ子供も多数見てきた。でもその闘技場で無双の強さを誇り、加えて相手を躊躇なく殺す事の出来る1人の男の子が注目を浴びるようになった」
ゼノ:「……………………………………」
カノン:「もしかして………その男の子が?」
煙華:「黒獅子(くろじし)ゼノ。俺の所属する掃討園(クリーナー)の間でも、生ける伝説と呼ばれた殺し屋だ」
カノン:「!?!?キャシー、危ない!!」
発砲音が響き渡る。数秒の間。表情を歪ませ、膝をつくゼノ
ゼノ:「………ぐっ………」
カノン:「っ、ゼノ!!!」
キャシー:「そんな…………なんで?」
ゼノ:「……馬鹿野郎。死なせねえって……約束したろうがッ」
煙華:「ククククッ……ゼノよ、よくぞ木偶を庇ってくれた。天下の黒獅子様も腹に鉛弾を撃ち込まれてしまえば、先程のように機敏には動けまい」
カノン:「ッッ!!アンタの好きにはさせない!」
煙華:「おっと、貴様に人が殺せるのか?人を守る術ばかりに長けて、人間を殺す感覚を知らぬお前が?」
カノン:「………っ!!!」
煙華:「先程の攻防、一度だけお前には私を殺すチャンスがあった。あの不意打ちの1発で私の脳天を貫いていれば、或いは勝者は貴様だったかもしれない。だが貴様の弾丸は私の頬を掠めたのみだ。私を殺さずに捕獲しようとしたと考えれば聞こえは良いが実際は違う。
これは私の勘だが、お前は他者の殺害を過度に恐れている節がある。だからこそお前は弾丸の軌道をコントロール出来ず、逆転の可能性を秘めた弾丸が、ただ私の頬を掠める結果に終わったのだ。中々育ちが良いようだな」
カノン:「……っ、好き勝手言ってくれるじゃない!私だってやる時はやるのよ!!」
煙華:「ならばその構えた装飾銃で私を撃ち抜いてみろ。無論私も抵抗するがな。貴様の相方は私の弾丸で致命傷……とはいかぬが戦闘力は大幅に制限されている。少なくとも今の私の敵にはなり得ない。つまり、今私と辛うじて闘えるのは貴様だけだ。もっとも、実力差は天地だがね」
カノン:「っ、黙れ!!!」
煙華:「しかし天下の黒獅子も哀れな男だ。絶望を知らぬ箱入り娘の妄言に耳を傾けなければ、私にトドメを刺しこの闘いに終止符を打てたものを。……やはり貴様は殺し屋として不完全ということだな」
ゼノ:「なに?」
煙華:「貴様は組織の駒として生きる道を放棄した!道具の分際であろうことか自由を求めた!血みどろしか知らぬ獣がだ!この世には力を持つ者にしか行使できぬ正義がある!!悪を以て成すべき正義がある!!屑にしか成せぬ役割があるのだ!!」
ゼノ:「…………………………………………」
煙華:「今ならまだ間に合う。引き返すんだ黒獅子よ。シャバはお前のような自由を求める獣が彷徨うべき場所ではない!その力を以てすれば、裏社会で私よりも大義を果たせる筈だ!貴様の力は1人の命を奪えど、その屑共によって奪われる筈だった大勢の命を救える!!………お前は昔私の憧れだったのだ。お前程の男ならば、殺しの意味を理解していると思っていたのに!!」
ゼノ:「殺しの意味か………くだらない話だ」
煙華:「だがそれが現実だ!私達のような手を汚せる人間が必要とされているのが何よりの証拠だろうが!!現実に夢を見るな!獣が人に憧れても、結局は争いに巻き込まれ命を落とすのが性なんだよ!!」
ゼノ:「お前は奴等に飼い慣らされ、自らの目的のために利用されていることに気付かないのか!」
煙華:「だとしても私の闘いには大義がある!!!」
ゼノ:「いいや、殺しの果てにあるのは保身か自己満足に他ならない。貴様は自分の殺しで救われている人間がいると思い込む事で、殺ししか芸のない自分の存在を正当化しているだけだ」
煙華:「なら貴様はどうなんだ?数えきれぬ程の命を屠ってきたお前が守護者だと?ハッ、笑わせる!大方贖罪のつもりなのだろうが、それが自己満足でなければ何なんだ!?」
ゼノ:「……………………………」
ゼノ:「オレもお前らと同じ屑だ。命を略奪する生き方しか知らなかったし、そうあるように育て上げられてきた。必要だと判断すれば人も殺す。どう足掻こうが善人にはなりきれない……それでもな」
間
ゼノ:「俺には、あの日の誓いを無下にすることは出来ない。獣同然だったオレに人間としての在り方を教えてくれたあの人の背中だけが、今のオレを導く道標(みちしるべ)なんだ」
キャシー:「………………!!」
煙華:「黙れ!!貴様のような屑が……これ以上綺麗事をほざくなァァァァァァァァァァァ!!!!」
発砲音が響き渡る。数秒の間
カノン:「……!!うそっっっ……………!!!」
ゼノ:「お、おい?…………何してんだよ?」
キャシー:「…………は、はは………………」
ゼノ:「なんでお前が……オレを庇ったんだよ?─────キャシー!!!!!」
煙華:「…………フン。これもまた必然、か」
カノン:「ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」
駆り立てられるように無我夢中で煙華に銃弾を発砲するカノン。
ゼノM:「(恐怖か怒りか、激動する感情に駆り立てられて煙華に弾丸を撃ち込み続けるカノン。弾ける血飛沫は致死量を優に越えている。内蔵も破裂し血肉も貫かれており、誰が見ても彼に助かる術はない。それでも理性が外れた彼女は、狂ったように鉛弾を撃ち込み続ける)」
煙華:「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!やめろ、やめ……!!!」
カノン:「お前さえ、お前さえいなかったらぁっっっ……!!」
キャシー:「やめて……カノンちゃん!!!」
カノン:「っっ!!!!」
ゼノM:「(悪魔に取り憑かれたかのようなカノンの暴走を止めたのは、息も絶え絶えのキャシーの一声。我を取り戻した彼女は目の前に倒れ込む煙華の亡骸を見て、今目の前の命を殺めたのは自分なのだと本能的に理解したのだろう。震えた手は銃を手放し、膝から崩れ落ちる。弾丸を腹に撃ち込まれ覚束ないオレの足は、無意識に彼女をフォローするために動いていた)」
カノン:「私が…………殺した………?人を殺したの?」
ゼノ:「考えるなカノン!!!お前の行動は何も間違ってない!!良いから今は何も考えるな!!」
カノン:「あ、ぁぁぁ……!!!ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ゼノ:「落ち着けカノン!!自分を責めるんじゃない!!!オレの目を見るんだ!深呼吸しろ!!今は何も考えるな!!」
カノン:「私が、私が殺した!!!…何があっても殺しだけはしないって決めてたのに!!!この力で色んな人を助けたいって、そう願ってただけなのに!!もう血に汚れたこの手じゃ………大切な人に手を差し伸べることすら出来ないっっ!!!!」
ゼノ:「───────っ、許せ。カノン……!」
カノン:「う……っっっ…………….!!」
ゼノはカノンの首元に手刀を当て、気を失ったカノンはその場に崩れ落ちた。
ゼノ:「…….大丈夫だ。お前はまだ引き返せる。もう日溜まりに戻れないオレやコイツとは違うんだ。目が覚めた時には、さっきの事はすべて忘れてるから……今は眠っておいてくれ」
キャシー:「………優しい……のね、あなたは」
ゼノ:「……所詮はオレも他人を貪り喰らう獣だ。でも、コイツにだけはそうあって欲しくない。殺しに痛みを感じられるなら、まだ引き返せる筈だ」
キャシー:「……ええ、そうね(強く咳き込む)」
ゼノ:「あまり喋るな。弾丸が内蔵にまで届いてる。今医者を呼んで摘出させるから、それまで───」
キャシー:「……いいえ、助からないわ」
ゼノ:「っ、馬鹿を言うな!!お前は必ず……!!」
キャシー:「どうして……そんなに必死に私を助けようとしてくれるの?」
ゼノ:「…………………っ!!!」
キャシー:「私は貴方を長年苦しめてきた*掃討園《クリーナー》の闘技場の運営協力者でもあった。……人間の力では絶対に破壊できないリングを、選手を鳥籠に封じ込める柵を作ったのは私よ。……私がいなければ、貴方は苦しまずに済んだかもしれないのに」
ゼノ:「そんな事はどうだって良い!!重要なのはなんでお前がオレを庇ったのかだ!!依頼者である筈のお前が、守護者(ディフェンダー)のオレを!」
キャシー:「…….私ね、眩しかったの」
ゼノ:「え……………?」
キャシー:「殺しを合法とする組織で働き続けるとね…….なんとなく生きた心地がしなかった。自分の技術が組織の助けになっていたとしても、それは社会の役に立てている事だとは到底思えなかった。そんな中、私は闘技場で、子供達が明日を手に入れる為に本気で闘っている光景に見入られ始めたの」
ゼノ:「……………………」
キャシー:「最初はそれが非人道的で、許されることじゃないなんて思う余地もなかった。夢中だったの。子供達が明日を手に入れる為に本気で闘うその姿が。そして自分の命を落とす可能性があっても、それでも相手の命を奪う決断を下せない……そんな戦奴隷には致命的な優しさが、とても眩しかった」
ゼノ:「……あぁ、そんな馬鹿は何人も見てきたよ」
キャシー:「地獄のような過去を乗り越えて死に物狂いで生きてきた筈なのに、それでも他人の命を優先させることが出来る。そんな命をこんな地獄で浪費して良い理由がない。だから私は掃討園(クリーナー)を敵に回す覚悟で………収監されていた子供達を全員解放させた。それが私が組織に追われるようになった本当の理由。もっとも、その頃には貴方は既に自分の力で逃げ出していたけれどね」
ゼノ:「…………何故それを最初に打ち明けなかった?」
キャシー:「……私も貴方と同じ。一目見て貴方があの闘技場で闘っていた子供だと理解したから。貴方が私を覚えていない可能性に賭けて、必死に隠そうとしたけれどね。………もし私が闘技場の運営に関与している人間だと知れば、貴方は私を許さなかっただろうから」
ゼノ:「それは…………………」
キャシー:「でもね、それも結局は我が身可愛さだった。貴方達を利用してでも生き残ろうとした私の醜さに他ならなかった……自分が窮地に陥っていても、それでも他者を思いやれる優しさこそを私は尊く感じていた筈なのにね」
ゼノ:「……それが、オレを助けた理由なのか?」
キャシー:「……許してくれなんて言わない。でも、貴方がこれ以上苦しむのを見たくないと心の底から思った。だからこそ、身体は勝手に動いていたの」
ゼノ:「…….オレは殺しと闘争しか知らない。命を略奪することしか出来ない男に、他者の思いやりを得る資格なんてない」
キャシー:「………あぁ。本当に可哀想で、本当に優しい子」
ゼノ:「……………………………!!!」
キャシー:「人の優しさに微塵も期待していないのに、人には無条件で優しさを注いであげられる。それが貴方の美しさなのよ」
ゼノ:「………オレは……お前を救えなかった。まして、お前やカノンを利用するような真似を……!」
キャシー:「良いの。これは全て私に返るべき報い。そらでも……もし私の死が、貴方を少しでも変えられるのなら……」
ゼノM:「(熱を失った彼女の顔から血気が引いていく。今にも崩れ落ちそうな指で、彼女はオレの頬に触れた)」
キャシー:「どうかその力で、大勢の命を救ってあげて。あなたなら、きっとそれが出来るはず」
ゼノ:「…………あぁ、この胸に誓うよ。オレの人生に何か特別な意味があるのなら、必ず生きて闘い抜き、貴女との約束を果たす。それがオレの覚悟だ」
キャシー:「…………………………そう」
ゼノM:「(それ以上の言葉はなく、彼女は安心したかのような笑みを浮かべれば、瞳を閉じてそっと腕の力を抜いた。様々な苦悩と葛藤から解き放たれ、オレの腕の中で……安らかな眠りについた)」
間
カノンM「(私は2週間ぶりの眠りから目覚めた。いつも通りのアパートの一室、ベッドの上で。この後、身支度を終え、朝御飯を掻き込み、化粧を済ませていつも通り仕事に向かう。私の仕事は守護者、基本的に人と手を組むのは苦手だから、仕事はずっと1人でこなしてきた。成績は完璧。誰かを頼ったことなんて一度もない。………でも不思議な感覚、2週間前の記憶を最後に、そこから今までの記憶が一切思い出せない。身体は重く、要所要所で酷い激痛がする。でも、2週間前は買い物に出掛けただけだからこの状態を説明できない)」
カノン:「何か重要なことを忘れてるのかな……私」
カノンM:「(絶対に思い出さなきゃいけない。この2週間に何があったのかを。そう確信した私は、情報を得る為に街に繰り出した)」
────10年程前、闘技場〝バッド・ブロッド〟の地下室。檻の中で眠る若き青年を、禿げた巨漢の男と金髪の女性が見つめている。
ゴードン:「どうだ?良い仕上がりだろう。奴は我々がスラムから引き抜いた中でも群を抜いた狂暴性と身体能力を持ち合わせている。お前の趣味に合うのではないか?」
キャシー:「───少し若すぎるのでは?」
ゴードン:「たしか我々が引き抜いた時には既に12歳そこらだ。今年で引き抜いて5年程、まだまだ成人してすらおらん若者だ。時折我々に反逆する節を見せるのが唯一の難点ではあるがな」
キャシー:「何度か試合を拝見しましたが、彼の実力は圧巻の一言に尽きます。もはや人間の闘い方とすら言えない程に獰猛な印象です。組織内でも彼を止められる殺し屋がいるのですか?」
ゴードン:「お前がこの収容柵を改修する以前、一度鉄柵を腕力で引き裂いて脱走を試みた事があったが。その時に送り込んだ殺し屋2名は、奴の制御に失敗し命を落としたよ」
キャシー:「………そうですか、ご冥福をお祈りいたします。その後の処置は誰が?」
ゴードン:「俺が手懐けた。直々にな」
キャシー:「彼を手懐けた……?一体どうやって?」
ゴードン:「なに、若僧に越えられぬ壁を教えたまでだ。完成された私の格闘術とこの拳で、直々に手解きをしてやったらすぐに大人しくなった」
キャシー:「あの《黒獅子》を……素手で諌めたというのですか??」
ゴードン:「そうだと言っている。尤も、少々鍛えすぎてしまったようだがな。今の掃討園(クリーナー)で、奴を相手に素手で制圧することが出来るのは私くらいなものだ。無論、大半の者は手段を度外視しても相手にすらならんだろうがな。育成の経過は上々だ」
キャシーは檻の中の青年に視線をやり、数秒の間を開ける
キャシー:「……………左様でございますか」
ゴードン:「獅子を飼い慣らすのも楽ではない。いずれ誤って私に噛みつかぬ事を祈るばかりだ」
ゴードン:「───フッ、しかし楽しみだな。精々殺し屋として相応しい獣に育つがいい。そうすれば私の野望も、また一歩完成に近づいていくのだからな」
──暗転、時は現在。この世界のどこか。幹部専用の職務室。蓄積された報告書を眺める1人の大男。
ゴードン:「やはり煙華は仕損じ、ゼノによって抹殺されたか……だがその結果は読めていたわい。奴はオレが手間暇かけて育て上げた最強の戦士だ。若輩程度が背伸びした程度で獲れる易い命ではない」
ゴードン:「だが焦る必要はない。革命まではまだ時間がある。飢えた獅子を再び迎え入れる為の時間が」
ゴードン:「さて、そうと決まれば」
ゴードン:「そろそろオレの女に起きて貰わねばな」
────暗転、ゼノが自動車の行き交う都会の歩道を歩んでいる
ゼノM:「(その後、オレはカノンを部屋に送り届け、情報屋から手に入れたあるカプセルを飲ませた。その効果で彼女は2週間……つまりオレと出会った期間の記憶を喪失している。勿論、アイツが人を殺めてしまったという事実を忘れさせる為に。日溜まりで生きるべき彼女は、人が死ぬ瞬間の顔など覚える必要はないのだから。でもオレと直接出会って顔を見れば、彼女は失った記憶を取り戻してしまう。だからこそオレは彼女を自宅に送り届け、黙って姿を消した)」
ゼノM:「(いざ離れてみると寂しい気持ちはあるが構わない。………元々生きる世界が違ったんだ。アイツが幸せなら、それで構わない。…構わないんだ)」
ゼノ:「────じゃあな、達者でやれよ。カノン」
ゼノM:「(また会おうぜ、と無意識に口にしかけた言葉を封じ込め、オレは再び歩み始めた。この日を境に、このオレ……黒獅子ゼノの守護者(ディフェンダー)としての戦いが始まった)」
カノンM:「(この日を境に、黒獅子の残影を追う私の旅が始まった)」
キャシー:「さぁ、進んでゼノ。貴方の物語はまだまだ続く」
カノン:「失った記憶を取り戻す」
ゼノ:「あの日の誓いを、生涯果たす為に」