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あの娘ぼくが七萬ツモったらどんな顔するだろう

 ・どぉなっちゃってんだよ

 3年前の夏、僕は人生に失望していた。

「絶望」ではなく「失望」だ。

 高校を卒業してから社会人になって就職し、 
 決して多いとは言えないが生活するには全く困らないほどの給料をもらいながら、

 「起床→出社→仕事→退社→帰宅→就寝」

 といういかにも平々凡々な生活を続けていた。

 しかしそんな平日は仕事のおかげで時間を忘れる事ができたので、不思議と嫌ではなかった。

 問題なのは休日だ。

 趣味も無くやる事も無く、ただただ時間が流れていくのを待つばかり。

 時が無限のように感じる日は幾度となくあった。

 そしてふとSNSを覗けば
「〜に行きました!」
「〜を観てきました!」

 こんなのばかり。

 だがしかしここで問題だったのが、普通は

 「クソ〜うらやましい!俺もこんな休日を過ごしたい〜」

とか、いわゆる「嫉妬」をするはずなのだが自分の場合は

 「へぇ〜…」

 そう、物事に興味を失ってるのだ。

 いや、昔は嫉妬する側の人間だった。

 しかしいつしかその嫉妬に割くエネルギーですらももったいないと自分の中で無意識にシャットダウンしていたのであった。

 今考えると異常だったと思う。

 そうして抜け殻になった自分は休みの日はフラ〜とパチンコ屋に行き延々とパチンコを打つのが休みの日の定番になっていった。

 だがしかし、パチンコで満たしたかったのは「お金が欲しい!」や「パチンコ楽しい!」の欲ではなく…

 「時間が経ってほしい」

という欲だった。

 その証拠に打っていたのはレートの低い1円パチンコばっかりだった。

 振り返ればなんともったいない時間を過ごしてたのだろうと思う事もあるけど、その当時の自分にはそうやって自分を可愛がってあげることしかできなかった。

 すまんかった、自分。

 そして生きる気力もなければ人生に楽しみも無い、だけどもちろん死ぬ勇気も無いしそもそも死ぬ気もそんなに無いという非常に宙ぶらりんなメンタルになっていった。

 そんなある時、いつも流し見するだけのYouTubeにふと流れてきたのが

 この動画だった。

 初めてこの動画に出会った瞬間の事は鮮明に覚えているが、なぜ自分がこの動画を見ようと思ったのかは未だに分からない。まぁ理由も無くなんとなくだったのだろう。

 「麻雀か…全然分かんないな…」

 麻雀は無知どころか今まで人生で触れてこなかったコンテンツだった。

 ルールも知らなければ卓を囲んでるこの4人も全員知らない。

 「ただ黙々と山から1枚牌を取って、自分の手牌から1枚前に返すという作業をしてる」という事しか分からなかった。

 ただ実況?の人がなんか盛り上がってる。

 だんだん声を荒げて、感情的になってきてる。

 そしたら最後はメガネのおっちゃんが漢字の七のヤツを持ってきて終わった。

 終わったのに実況?の人はまだ叫んでる。

 自分としては状況は全く理解していないが

「あ、多分このメガネのおっちゃん…全然分からんけど、なんかヤバイことやってのけたんやな…」

 というのだけは画面越しからひしひしと伝わってきた。

 「父ちゃーん、これってなんかすごいん?」

 父親は自分が生まれる前は明けても暮れても麻雀漬けだった。

 兄弟が増えるにつれ次第にその回数は減っていき、自分が生まれてからはピタリと麻雀をする機会が途絶えたらしい。

「なんや、見せてみ」

「なんか、このおっちゃんが七萬?ってやつ持ってきてめっちゃ騒いでんねんけど…」

「なるほどな…」

 最初から最後まで動画を見終えた父親は

「まぁお前に細かい事言うてもルールを知らんから説明はせんけど、このメガネのおっちゃんはリーチかけた後、ドキドキの心臓バクバクやったと思うわ。まぁしかし「七萬一発ツモ、裏1で倍満トップ」っちゅう条件でホンマに七萬を一発でツモるっちゅうんは、運もさることながらこのおっちゃんのこの大舞台でそれを引き寄せる力、まぁオカルトかもしれんがそれがすごいわな。」

 「…よう分からんけど、このおっちゃんはなんせすごいことをしたんやんな?」

 「すごいというか、ものすごいんとちゃうか?こんなん目の前でやられてみ?心折られるぞ笑」

 「ふーん…」 

 正直、父親の説明はあんまりよくわかってなかった。よくわかってなかったのだが、とりあえず「このおっちゃんはすごいんだ」というのだけが頭にこびりついた。

 ・ステップUP⬆︎

 あの動画を見てから少し時は経ったが、相変わらずしょうもない毎日を過ごしていた。

 だが以前と少し違うのは、なぜかあの日からずーっと「ドラマティック倍満ツモ」が頭から離れなかった。

 麻雀は分からないがあのおっちゃんが悩み苦しんでリーチ?をしてツモ?ってきた時のあの勝負師の顔がどうしても忘れられなかった。

 「…かっこよかったなー…」

 そんなことを考えながらボーッと過ごしていると、昔からの友達から

 「雀魂やらへん?俺、麻雀詳しくないけどなんかみんなやってるからおもろそうやで」

 まさかのタイミングだった。

 これはもしかして神様が自分に麻雀をやりなさいと言っているのか?なんて安易な考えも頭をよぎった。

 しかし、自分には苦いどころか痛い経験がある。

 それは自分が小学生の時の出来事であった。

 クラスの男子が熱中していたのは某小学生向け雑誌に掲載され、アニメ化もされていた人気カードゲームだった。

 当時の自分はカードゲームにはさほど興味はなかったのだが、いかんせん流行に乗り遅れるとクラスの輪から自然と外されてしまうという嫌な風潮があった為、否応なしに参加せざるを得なくなっていた。

 しかしルールも何もわからない自分は友達に教えを乞うしかなかった。

 今思い返すと友達の教え方は何も悪いところはなかった、むしろ丁寧でありがたいぐらいだった。

 しかし自分は理解できない。

 そう、ここで発揮されたのは自分自身の類稀なる「理解力の無さ」だった。

 よく勉強が苦手な人が口にする

 「分からないところが分からない」

 という言葉は痛いほど共感できる。 

 まず分からないどころか、スタートラインにも立てていない自分自身にヤキモキする日々は物心ついた時から大人になった今でも続いている。

 そうして友達の説明が理解できないまま精一杯の分かった顔をしていたのだが、それもバレバレだったのだろう。

 ついにその友達を怒らせてしまった。

 無理もない、何回も優しく繰り返し説明しているのに理解されないのと、年齢的に幼いのも相まって堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 その当時を振り返ってもその友達は何も悪くない、むしろよく我慢してくれていた方だ。申し訳ない。

 それからその友達とはすぐに仲直りし、今でもずっとその仲は続いているのだが、その怒らせた経験は拭うことのできないトラウマになった。

 その一件があってから、自分はカードゲームやボードゲーム、基本的に頭を使って行うゲームを自分から避けるようになっていた。

 「どうせ理解できない」
  「また人を怒らせてしまう」

 こういった思考が頭を駆け巡るのにも嫌気がさしていたのでいつしか、なるべくそういった催しなども避ける人生を過ごすようになっていた。


 「ええけど…俺、ルール分からんで?」

 「ええやろ別に!俺もいうてそんな詳しいことは知らんし、とりあえずやってみな覚えへんやろこんなん」

 そうして僕は初めてネット麻雀というものに触れた。

 が、 

 分からぬ、とりあえずなんか取ってきたからなんか前に出す。

「ポン?よく分からないけどとりあえずしとくか…」

「アガれない?なんで?揃ってるのに???」

 そんなレベルだった。

 しかしその不毛な行為を何回か繰り返していくうちに不思議と和了ができた。

 自分がどういう過程を経て和了に導いたかなんて全く覚えていない(やってた時も)

 だがしかし、和了できた快感というものはほんの少しだけ実感できた。

 そうして自分は麻雀をかじる…とまでは言えないが、匂うぐらいはできたのであった。

 ・はっきりもっと勇敢になって

 そうして友達との対局を何回か経て雀魂やMJでフリーで打つようになって、ある程度のルールを理解し始めた時にふと、あの動画のことを思い出した。

 そう、「ドラマティック倍満ツモ」だ。

 思い出した頃には麻雀プロの存在やMリーグの存在は薄っすらながらも認識はしていた。

 「今だったらあの時の親父の言ってた事が分かるかもしれない」

 そう思った自分はおもむろにその動画を見始めた。

 確実に麻雀を知る前後だと視点が違うのは明らかなのだが、見終えた後の共通点が一つだけあった、それは。

 「このおっちゃん、かっこいい」 

 だった。

 「近藤誠一」というこのおっちゃん、冷静にツモってきたと思ったら鬼気迫る表情で悩み出す。

 大袈裟じゃなく、生殺与奪を誰かに握られているような表情で、もはや苦しさまでもが画面越しから伝わってきた。

 そして後世に語り継がれる名実況となる日吉さんの

 「誠一さんに任せたんだよ、あなたで負けたらしょうがないって言ってるんだ、リーチでいいじゃないか。」

 その言葉に呼応するかのように近藤さんは二筒を切ってリーチをした。

 もちろん、結果は知っている。
 どうなるかも分かっている。

 ただその時の自分は固唾を飲み、手を握り締め、歓喜の瞬間を今か今かと待ち侘びているのが自分でも分かった。

 そしてもはや説明するまでもなく、近藤さんは七萬を一発ツモ、裏1を乗せて倍満。逆転トップになった。

 その瞬間、野球少年がテレビの中の大谷翔平の二刀流に釘付けになるように、サッカー少年がメッシのプレーに脱帽するように。自分は近藤誠一の魂の選択に心を奪われていた。

 それからというものの、様々な媒体で近藤誠一を見漁った。

 そして確実に自分の中で「近藤誠一」はファンなんて言葉では済まされないぐらい、信仰対象になっていた。それは今までの人生で生まれて初めての感覚だった。

 そうして僕は近藤さんがMリーグではセガサミーフェニックスの選手ということを知り、セガサミーフェニックスを応援し始めた。

 するとそこには、魚谷さん、茅森さん、和久津さん、(やめちゃったけど)そして僕がMリーグを本格的に見始めた時に参入した東城さん。

 個性豊かで頼もしい、魂のこもった麻雀集団の事が日に日に大好きになっていった。

 そうして僕の「推し活」が始まったのであった。

 ・忘らんないよ

 Mリーグを見始めてから自分は麻雀の虜になった。

 もちろんフェニックスだけではなく他チームの事も大好きになっていったし、それを盛り上げる実況解説の方々、そして何よりSNSなどで応援に熱の入るサポーターの方たちの情熱も好きになっていった。

 そんなある日、地元の駅の周りを歩いているととある有名なチェーンのフリー麻雀荘を見つけた。

縁もゆかりもないだろうと素通りしようとした時にふと、あの「ドラマティック倍満ツモ」の事を思い出した。 

 あの素晴らしい選択を自分の行動になぞらえるなんておこがましいと思いながらも

 「ここで「行く」という選択を取らへんかったら後悔するかな…?」

 そう思った時にはエレベーターに乗っていた。

 正直その時の記憶はあまりない、なぜ店に入ろうかと思ったのか?と問われれば良い意味で「魔が刺した」としか言いようがなかった。

 エレベーターが開いたその先には、卓が何台もあり、淡々と麻雀を打っている人たちがいた。

 内心ドキドキだ、こんなリアルで牌もろくに触ったことのない人間がしれーっと上級者の場に足を踏み入れようとしているのだから。

 ここで嘘をついても仕方がないと思い、緊張でしどろもどろになりながらも店員さんに自分が初心者である事、リアルで卓を囲むのは初めてという事を伝えた。

 するとその店員さんは 

 「いや!よく来てくれました!その勇気があれば全然OKですよ!ミスっても何しても別に責めたりしませんし、分からないことがあればすぐ聞いてくださいね!」

 と、優しく対応してくれた。

 そして促されるまま自分も卓へ。 

 個人的にネット麻雀でするのは三麻が多かったので、なんとなく三麻にした。

 対局者は違うお客さんと店員さんと自分。

 緊張しすぎて内容はあまり覚えていないが、店員さんのみならずそのお客さんも自分の事情を汲んでくれてめちゃくちゃ優しかった。

 結果としては完膚なきまでにボコボコにされたが、勝ち負け以上に自分としては新たな一歩を踏み出せた気がして、とてもスッキリした気持ちだった。

 打ち終えて店を出ようとする時に一緒に打っていた店員さんが

 「また来てくださいね!頭で考えてたら難しい事も、来て打ったら嫌でも覚えますよ笑」

 と、優しく言葉をかけてくれた。 

 正直、他の麻雀荘の事は詳しくないので何も言えないが、少なくともそのお店が初めての麻雀荘で良かったと心から思えた。

 そして改めて背中を押してくれた(勝手に押してくれたと思っている笑)近藤さんに感謝した。

 僕は麻雀がもっと好きになっていった。

 ・愛はおしゃれじゃない

 そうして麻雀もMリーグも好きで応援していた矢先に突然のニュースが。

 「近藤誠一、引退宣言」

 初めは目を疑った。

 「そんなわけないよな?誠一さんだぞ?あの七萬ツモってきた男だぞ?こんな簡単に辞めないよな?」

 そうやって自分を誤魔化していたが、それと同時に 

 「仕方ないか…」

 とも思っていた。

 Mリーグを勇退された時も体力的な問題を懸念されての決断だった。

 そのシーズンは近藤さんの出番も少なく、もしかして…と勘繰ってしまっていたので、正直まだ体が元気なうちにそういった決断をする事ができて本当に良かったとファンの1人としてはしみじみ思っている。

 ただプレイヤーとしてあのシャーレを掲げるのが見たかった。

 未だにこの事を思い返すとファンとして悔しくてたまらない。

 しかし勇退されたのと共にセガサミーフェニックスの新監督就任も発表された。

 これは引いては近藤さんだからというわけではなく「プレイヤー➡︎監督」というMリーグにおいて新しい流れを見れたのが僕は嬉しかった。

 この時にはまだ、Mリーグでの闘牌は見れずとも自団体のリーグ戦や最強戦などで近藤さんの麻雀はこれからも見れると思っていた。

 そんな中での引退の報せ。

 「誠一さん、まだ早いよ。
 俺はまだ「近藤誠一がなんたるか」というのも、1mmも分かってないよ。
 まだまだ悩んで、苦しんでくれよ。
 そしてその先にある、最高の選択を見せてくれよ。」

 その報せを聞いてからは、ずっとそんな事を想いながら毎日を過ごしていた。

 そしてある日、最高位戦のA1リーグの対局を観戦した。

 その日は平日で自分も仕事があったため、観戦できたのは夕方ぐらいからだった。

 相変わらずのキレのある選択、高い打点、そして何より僕の大好きな思考を張り巡らせている、あの仕事人の顔が輝いていた。

 そうして近藤さんはその日をプラスで終え、長い1日に幕を閉じた。

 毎回、対局終了後に対局者にインタビューを聞く流れがあるのだが、その時に自分は愕然としてしまった。

 画面に映ったのは明らかに疲れ切り、どこか呆然としている近藤さんの姿だった。

 いや、もちろん意識はあるしインタビューにも何の滞りもなく対応している。

 ただ見るからに顔に覇気が無く、かろうじてその日を戦い抜いた近藤さんがそこにいた。

 それを見た時に涙がこぼれ落ちた。

 自分はなんて酷な事を近藤さんに求めていたのか。

 こんなに満身創痍で、今まで培ってきたもの全てをぶつけて自分で決めた最後の年に真正面から闘っている近藤さんによくも「辞めるのはまだ早い」なんて言っていたのだろう。

 そんな事を思うと自分の憧れに対して抱いてた尊敬の念と、その裏に潜んでいた浅はかさが同時に押し寄せてきて本当に涙が止まらなかった。


 今の僕の本心は「今すぐにでも休んでほしい、体を労ってほしい」これに尽きる。


 ただ、ただ近藤さんはこの1年に。この第49期A1リーグに自分の麻雀人生の全てを懸けているんだ。

 自分のキャリアに最高の3文字「最高位」を再び刻み込むために。

 かつての師匠と肩を並べるために。

 そしてファンである僕たちに最高の景色を見せるために。

 汗水垂らして、心血注いで、どうなろうと何があろうと無我夢中で闘ってくれてるんだ。

 もう止まれない。そうなったら僕にできる事は最後まで近藤さんを応援し続ける事だ。


 ・だいすき

 僕は近藤誠一に人生を変えてもらった。 

 これは過言なんかじゃない。 

 近藤さんのおかげで自分の中の知らない自分に出会えたし、熱狂する気持ちも芽生えたし、何より近藤さんを応援する事が生きる理由の一つになってくれた。

 もうここに思い残す事なんてない。

 近藤さんが不死鳥のように羽ばたいて再び最高の位に返り咲くのか、それとも闘い抜いて限界を超えて真っ白に燃え尽きてしまうのか。

 どうなるのかを最期まで見届ける義務が、僕や近藤さんを応援する人たちにはある。

 最後に、このnoteを近藤さんが読んでくれるかは分からないけど、近藤さんに伝えたい事があります。

 近藤さん。いや、誠一さん。

 本当に自分の人生の指標になってくれてありがとうございます。
 
 どんな結果でも何があっても安心してください。

 後ろを振り返れば最高のファンが、あなたが僕たちの事を支えてくれているのと同じぐらい、あなたの事を僕たちも支えます。

 なので迷いはいらないです。

 最期の最期まで「近藤誠一」の名を麻雀界に、大きく打って!大きく勝って!深く!刻み込んでください!

 近藤さん!大好きです!

 カッ!


おわり

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