フォロワーからのお題・2
金槌
カンカンカンカンカンカンカンカン
父の作業場から、規則的に聞こえるその音が嫌いだった。
朝から晩まで、食事の時以外はずーっとストイックなまでに鳴り響くその金槌の音が、耳にこびりついてしまうようで嫌だった。
父は、彫刻家だ。
作業場に並ぶ彫刻はどれも繊細で美しく、あんな家中に鳴り響く金槌の音とはかけ離れた場所にあるようにさえ思えた。
父の棚に並ぶ、美しい女たち。
私は、それさえも憎らしかった。
母が死んだ翌日にはまた響いていたその音が、憎くてたまらなかったのだ。
母は、あの人と結婚して幸せだったのだろうか。
顔もまともに思い出せないほど、作業場にいる背中しか見たことがなかった。
声なんてもっと思い出せなかった。
仲睦まじい夫婦としての姿なんて、見たことも無い。
母は、幸せだったのだろうか。
高校を出て直ぐに家を出た。
県外の大学に行くと言った時も、一人暮らしをすると言った時も、父は小さな声で「そうか」と答えるだけで、なんの反対もしなかった。
大学を出たあとも家に戻ることは無かった。
そのまま県外で就職して、就職先で良い人と出会って、交際を始めた。
3年がすぎた頃、そろそろ結婚を考え始めた時だった。
父の訃報が届いた。
8年振りに帰る家は、自分が出た頃とほとんど変わらなかった。
慌ただしく葬儀を終え、やっと1人になって実家に入った時に、ふとあの父の背中が浮かんだ。
死ぬその直前で金槌の音が響いていたらしい作業場には、静寂だけがある。
入ったことのなかった、その奥へと進んでみる。
棚に並ぶ、美しい女の彫刻たち。
それを眺めながら進んでいけば、一番奥に布のかけられた大きな彫刻があるのに目が止まる。
そのままその布を外せば、現れたのは幸せそうに笑う母だった。
あぁ、そうか。母は幸せだったのだなと、この時初めて気がついた。
何かの入った瓶
「この瓶に、何が入ってるか当ててみて。」
その声にハッとする。
夕暮れ。教室。時計の音。
向かいに座るのは、何故か高校の時の制服を着た彼女だった。
机の上には、小さな瓶。
中には何も入っていない。
「え?」
理解出来ず、間抜けな声を出した俺に、彼女は呆れたように笑ってもう一度言う。
「だから、この瓶に、何が入ってるか当ててみて。」
そうして瓶の蓋のコンコンと人差し指で叩いた。
薄い鉄の音がした。
「何って、何も入ってないじゃん。」
「そう見える?」
「何か入ってんの?」
「入ってる。」
「えぇー?」
さっぱりわからず、その瓶に手を伸ばそうとした時だった。
ジリリリリリリ
目覚まし時計で起こされる。
「あ、」
けたたましいアラームを止めて、むくりと布団から起き上がって、頭が覚醒してきたところで色んなことを思い出す。
カレンダーをちらっと見た。今日で49日だ。
9週間前、高校の頃から3年間付き合ってた彼女が死んだ。
俺の全く知らない女の人と、心中した。
その人と彼女は、中学の頃の同級生だったらしい。
夢の中の瓶を思い出す。
そう言えばあれは、彼女が飲んでいた睡眠薬の瓶に似ていたなと思う。
彼女は、俺といる時どんな気持ちだったんだろうか。
彼女は、"普通"の隠れ蓑として俺の彼女でいてくれただけなんだろうか。
ーこの瓶に、何が入ってるか当ててみて。
「……わっかんねぇよ。」
見えないものは、わからない。
絶世の美形
彼は、綺麗な顔をしている。
切れ長の目、くっきりとした二重線に、筋の通った高い鼻、薄い唇。
綺麗な顔の要素全部集めました。みたいな顔をした彼は、この辺じゃ絶世の美形だなんて持て囃されて、街を歩けばスカウトされて、バレンタインには意味わからんくらいチョコを貰う。
でも私は知っている。
彼は決して、絶世の美形なんかじゃない。
「あんたそれは慣れよ。」
「慣れ?」
「毎日見てるから慣れちゃってるだけよ。彼は相当カッコイイよ?まじで。」
「いや、かっこいいとは思うよ。でも絶世って程じゃないでしょ。」
「もーあんたそんなこと言ってると刺されるよ」
「誰に?」
「過激派」
「なにそれぇ」
そう言ってケタケタと笑い合う。
そう、私は彼の幼なじみで幼い頃からずっと一緒にいた。なんなら同じお風呂にも入ったことがある。それは流石にマジで刺されそうだから言ったことないけど。
「じゃねー」
「また明日」
友達と別れて帰路につく。
もうすぐ家だと言うところで、前に見知った背中を見つけた。
掛けて行ってその形を小突く。
「帰り?」
「あ!うん、帰り!」
彼は私を見ると普段はしないような子供みたいな笑い方をする。
口を大きく開けて、歯を見せるように笑う。
並んだ歯の端のほうに見える並びの悪いがたついた部分が見えるほど。
彼は確かにカッコイイが、絶世の美形ではないと思う。
彼の上の歯は右端の歯並びが悪くてガタガタしてる。
でも、彼がこんな風に大口開けて笑う相手は私しかいないから、みんな知らないのだ。
これは私の、ちょっとした優越感の話。
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