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世界のフィルムラボ事情: 設備編

デジカメ Watch などで知られる赤城耕一さんが「コダックがフィルムの生産体制を拡大する」というニュースを受けて、以下のような投稿をしていました。

私は今、ニューヨークのフィルム現像ラボで仕事をしています。昨年の夏にはヨーロッパの複数の国でラボを訪れてきました。各地のラボにおける現像機器の動向に関する話題を、少しご紹介したいと思います。


最新ラボも旧型機器を活用

私の住むニューヨークでは、現在 30 軒ほどのフィルムラボが営業しています。最近新たにオープンした若いラボもありますが、そうした最新のラボでさえもサポートの切れた旧式の現像機器に頼っているのが現状です。自分のラボも営業を始めて 5 年ですが、扱うフィルムの 80% はそうした機器を使って現像しています。

ニューヨーク Bushwick Community Darkroom にて

ラボのサービスを提供するには、大きく自動現像機(フィルムプロセッサー)とスキャナーが必要です。本来はここにプリンターが加わるのですが、プリントの需要は現像・データ化と比べて低いのが現状です。どのラボで話していても、ほとんどの顧客はデジタルデータがあればそれで満足していると答えます。現像済のネガを受け取りに訪れる人は 10% しかいない、とインタビューで答えているラボもあります。

「若者は現像済のネガを受け取りにこない傾向が強い」ことを報じた New York Times の記事(https://www.nytimes.com/2024/06/06/arts/film-photography-negatives.html)

ノーリツ鋼機・富士フイルムが今なお主力

自動現像機・スキャナーともに、日本企業がかつて生産していた機種が数多く使われています。特によく見かけるのは以下で、日本語が読めるだけで重宝されるケースも珍しくありません。

  • ノーリツ鋼機(現: ノーリツプレシジョン)

    • 自動現像機: V30/V50/V100 シリーズ

    • スキャナー: LS-600/LS-1100/HS-1800 シリーズ

  • 富士フイルム

    • 自動現像機: FP232B シリーズ

    • スキャナー: Frontier SP500/SP2000/SP3000 シリーズ

これらの機器はすでに生産が終了しています(ノーリツ鋼機に至っては、フィルム関連の事業から完全に撤退しています)。現像ラボはこれらの機器を中古市場で探してくる訳ですが、その希少性からいずれも価格が高騰しており、世界規模で争奪戦が行われています。ニューヨークでも、わざわざマレーシアから自動現像機を取り寄せた事例を目にしたことがあります。

eBay で出品されている富士フイルム Frontier ブランドのスキャナー。
状態の良いものは日本円で 100 万円を超えることも珍しくない

ノーリツ鋼機・富士フイルムともにフィルム写真の全盛期にはアメリカに現地法人を立ち上げて営業活動を行っていました。そうした現地法人や、その委託先で働いていたテクニシャンがフリーランスとして機器のメンテナンスを行っています。ただ、こうしたテクニシャンも高齢化が進んでおり、「なかなか信頼してメンテナンスを任せられる人が見つからない」といった声もよく聞かれます。

QSF-V30 シリーズのカタログ (1990 年代)

ほとんどの現像ラボではローラー搬送式の自動現像機を使っています。フィルムを吊り下げて現像液に浸す、いわゆる Dip-and-Dunk 型の現像機を使っているラボも一部残っていはいますが、ローラー搬送式と比べてさらに機器の入手・メンテナンスが困難です。例えばアラバマ州にある Indie Film Lab では Refrema 社製の Dip-and-Dunk 型現像機を使っていますが、こうした例は珍しいです。同様に、スキャナにもドラムスキャナという品質重視の種類がありますが、一般向けのフィルム現像ラボで見かけることはほとんどありません。

自動現像機の生産を続けるオーストリアの雄

日本以外の企業に目を向けると、気になるのがオーストリアのウィーンに本社を持つ Colenta 社です。Colenta は 50 年以上にわたりフィルム現像機器を生産しており、現在でも生産・開発を続けています。ヨーロッパではドイツの AGFA もフィルムプロセッサーを販売していましたが、ノーリツ鋼機・富士フイルムと同じ道を辿り、現在では生産されていません(とはいえイタリア・ミラノなどの現像ラボでは今でも現役で稼働する AGFA 製の現像機を目にします)。

Colenta 7 Tank NP Eco (同社ホームページより)

生産終了しているノーリツ鋼機・富士フイルム製の現像機と比べて、現像時間をプログラムできる柔軟性や、シートフィルムの現像がしやすいといったメリットがあります。一方で、「設置面積がノーリツ・富士フイルム製現像機と比べ倍以上必要」「1時間あたりの処理本数が少ない」「オペレーターの熟練が必要」といった難点があり、中古のノーリツ・富士フイルム製現像機が好まれるケースも多いです。とはいえ、現在もパーツの製造が続けられているという絶対的な安心感も大きく、世界のラボに導入が進んでいるようです。

近代的なフィルム現像機を探して

dev.a (analogico ウェブサイトより)

フィルムブームを受けて、近代的なフィルム現像機・スキャナーを開発を志す企業もいます。その中で、世界規模で展開しているのがイタリアの dev.a というブランドです。dev.a はこれまでに紹介した現像機とは異なり、手作業で現像タンクにフィルムを装填する必要があります。 その先の現像は液交換・洗浄を含めて全て自動で行なってくれます。ラボによっては、C41 を自動現像機、白黒や E6 を dev.a のような半自動現像機、と使い分けているケースも目にしました。他にもドイツの Filmomat など、ヨーロッパにはここ数年で複数の半自動現像機メーカーが立ち上がっています。

スキャナはフランスの星 AURA35 に期待

スキャナに目を転じると、フランスの National Photo が手がける AURA35 というプロジェクトに期待が集まっています。「現代の技術で自動スキャナを開発する」という意気込みが強く感じられる技術仕様で、CMOS センサの採用(旧式のフィルムスキャナはいずれも CCD センサを使っています)、36 枚撮りのフィルムを 20 秒でフルスキャンなど、実現すれば多くのラボで効率化が実現できそうなスペックが謳われています。

AURA 35 のイメージ画像 (https://auralab.photo/)

私も昨年の夏にパリを訪れて開発中のプロトタイプを見学させてもらいましたが、ハードウェア・ソフトウェア双方に専属のエンジニアがアサインされており、開発体制の本気度が伺えました。複数のイベントに参考出展もしているようで、正式な発売を楽しみに待ちたいところです。

需要が安定すれば、現像機開発の機運も高まる

どのラボも新旧の機器を組み合わせ、メンテナンス体制やスペアパーツに不安を抱えながらも、フィルムコミュニティに貢献するべく努力をしているのが現状です。

イタリア・ミラノのフィルム現像ラボ「SPEED PHOTO」では、AGFA 製のフィルム現像機とノーリツ鋼機製のスキャナーが稼働していた

日本人として海外のラボとやり取りをしていると、「富士フイルムは現像機の生産を再開しないのか」「ノーリツ鋼機は今どのような経営体制なのか」といった質問をよく受けます。日本企業は今でも、世界のラボのビジネスにおいて高い存在感を発揮しています。

今のところは「うーん、日本国内でも機器のメンテナンスには苦労しているみたいなんだ」といった回答しかできないですが、フィルム写真の文化が一過性のブームではなく安定した需要を形成し、それが企業にも正しく伝われば、新たな現像機開発の可能性が生まれるかもしれません。今後もこの動向を見守りつつ、海外ラボのレポートを続けていきたいと思います。



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alea12
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