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月が導く異世界道中 考察01

しばらくこの作品「月が導く異世界道中」を考察する記事を書こうと思いました。直接のきっかけは最近発売された20巻を読み終わったことによるんですが、まぁ、かなり読み込みました。それでもまだ誤解はあるかも。それでも読み込みましたよ。

この作品が好きか嫌いか。間違いなく好きな作品です。

一番最初に言っておきたい。この著者さんはかなり誤字の多い方、あまり文章も達者ではないと思わせる部分が多々あります。デジタルネイティブ特有のものかも知れませんが、あまり辞書など見られない方なんだろうなという印象を持っています。しかも出版元のアルファポリスさんもあまり校閲のようなことをしている様子もなし。これは何だ?と首を傾げる誤字が電子書籍版にまで引き継がれているのがこの「月が導く異世界道中」という作品です。

でも僕は好きなんです。これを書いたあずみ圭という人はなかなかの作家なんですよ。

そもそもこの世界において弱者に権利はない。
己を弱者と認めることはほぼ何の利益もない愚かな事だ。

月が導く異世界道中 「真・混沌の応接室(翼)」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/901123427/931067230/episode/3894206)

うぉ!と思いました。あずみ先生、こういう場に参加したことあるんだろうなと思うほどの強烈なリアリティ。己を弱者と認めるってことは他者の前で自分の尊厳を放棄するってことなんですよ。ちなみに僕もこの種の人たちを嫌というほど知っていました。2002年から2011年くらいまで沢山いましたよ。あずみ先生は乞食と呼んでますが、この種の人たちを乞食と見る感性は、頑張れる限り己を弱者と認めないという考え方にリンクしているものでありまして、僕はこの感性の無い人を一切尊敬しません。

とは言え、乞食はどこにでもいます。主人公の深澄真がロッツガルドの商人ギルドでハブられた時、この黒幕はクズノハ商会を脅威と考えた、ローレルに伝手のあるロッツガルドの商会でしたが、故なく他人の足を引っ張ろうとする人は皆乞食です。ただ、この乞食はツイーゲの乞食と違って、厄介にも、クズノハ商会に効果的な嫌がらせが出来るアセットを持っていました。

そう、乞食というのは自分には他人に嫌がらせをする正当な権利があると確信している人たちなんです。そして乞食に対応するというのは、商人ならその人の鼎の軽重そのものなので、対応できない真に、ギルド代表のザラが未熟者の烙印を捺したことを取り上げるまでもなく、自分で対処しなければならないということなんです。世知がれぇ。

僕は好きですよ、ツキミチ。なのにツキミチについてはどうも僕好みの考察レビューが無い、というところで自分で書こうと思った次第。AVライターが書くツキミチレビュー、ぜひご一読の上ご意見など頂戴できたらと思います。

以上くろがね阿礼でした。


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