GOOD LIFE〜第1話
「GOOD LIFE」
第一章:挫折のシュート
体育館に、シューズの音とボールをつく音が響いていた。レオは大きく息を吸って、ドキドキする心臓を落ち着かせようとした。今日の試合に勝てば、チームは初めて決勝に行ける。レオの手は少し震えていた。
「レオ!しっかりやれ!」
観客席からお父さんの声が聞こえた。レオは背筋をピンと伸ばした。お父さんの隣には、心配そうなお母さん、わくわくしている弟、そして元気に手を振る妹がいた。お父さんの厳しい目が、レオを見ていた。
ピッ!と笛が鳴って、試合開始。レオはボールを持つと、すぐにドリブルを始めた。でも、相手チームの守りが思った以上に強くて、パスを出そうとしたその時—
「レオ!」
チームの仲間の声が聞こえたけど、遅かった。パスは相手に取られてしまった。
「しまった…」レオは悔しくて歯を食いしばった。
昨日の練習のことを思い出す。厳しく教えるお父さんと、どんどん上手になっていく弟。「もっと集中するんだ!」というお父さんの声が、まだ頭の中で響いていた。
試合は進んで、チームの仲間たちが頑張ってなんとか同じくらいの点数。でも、レオはミスばかりしていた。シュートは入らないし、パスは相手に取られてしまう。
「大丈夫だ、次だ次!」コーチが声をかけてくれたけど、レオにはあまり聞こえなかった。
残り時間わずか、点数もほんの少しの差。そしてレオに、フリースローのチャンスが来た。これを決めれば、勝てるかもしれない。
レオは大きく息を吐いた。みんなが見ている。家族も、チームの仲間も、全部の目がレオに向いていた。
「落ち着こう…」
ボールを持ち上げて、シュートの形。でも、指先から離れたボールは、リングに当たってはじかれた。
観客席からため息が聞こえる。試合終了の音が鳴って、レオたちの負けが決まった。
「よく頑張ったよ」
チームの仲間が慰めてくれたけど、レオには聞こえなかった。ただぼんやりと床を見つめていた。
着替える部屋に向かう途中、お父さんと目が合った。
「まだまだだな」
お父さんがそう言ったけど、レオは何も言い返せなかった。
家に帰って自分の部屋に入ったレオは、窓から夜空を見上げていた。部屋の隅に転がっているバスケットボール。「どうしてうまくならないんだろう」「本当に僕にバスケは向いているのかな」いろんな思いが頭の中をぐるぐる回る。
でも、ふと思い出したのは、最後のフリースローの時のこと。あの時の緊張、プレッシャー、そして悔しさ。
「このままじゃダメだ。何か変えなきゃ」
レオは固く握った手を見た。明日は朝早くから練習だ。まだ、あきらめちゃいけない。
次の朝、太陽が昇る頃、レオは家を出た。新しい一日、そして新しい挑戦の始まりだった。
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第二章:不思議なおじいさんとの出会い
朝日がキラキラと海面を照らす早朝。レオは一人、海辺のバスケットコートでシュート練習をしていた。波の音が静かに響く中、ボールを打つ音だけが響いていた。
「うーん、またダメか」
リングをはずれたボールを拾いながら、レオはため息をついた。昨日の試合での失敗が、まだ頭から離れない。
そのとき—
「君、随分早くから頑張っているねえ」
優しそうな声に、レオはハッとして振り返った。そこには、白いあごひげを生やした背の高いおじいさんが立っていた。穏やかな笑顔で、レオを見つめている。
「え、あの…はい」レオは少し戸惑いながら答えた。
おじいさんは、ゆっくりとコートに近づいてきた。「君の投げ方、少し力が入りすぎているようだね」
「えっ?」レオは驚いた。このおじいさん、バスケがわかるの?
「ボールを投げるとき、体全体で投げているかい?」おじいさんが尋ねた。
レオは首をかしげた。「体全体…ですか?」
おじいさんはにっこりと笑った。「ここでちょっと、呼吸の仕方を教えてあげよう。それで、シュートがどう変わるか試してみないかい?」
レオは少し迷ったが、何か特別なものを感じて、うなずいた。
「はい、教えてください」
海からの爽やかな風が二人を包み、波の音が静かに響いていた。レオには、何か新しいことが始まる予感がしていた。
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「さあ、まずは深呼吸からだ」おじいさんは優しく言った。
レオは言われた通りに、大きく息を吸って吐いた。
「そうそう、でも肩に力が入っているよ。もっとリラックスして」
おじいさんの声に従って、レオは肩の力を抜いた。すると不思議と、体全体が軽くなった気がした。
「心と体はつながっているんだ」おじいさんは説明した。「心がリラックスすれば、体もリラックスする。逆も同じさ」
レオは少し混乱した顔をした。「え?心と体がつながってるんですか?」
おじいさんはにっこり笑った。「そうだよ。例えば、緊張すると体が硬くなるだろう?それと同じことさ」
レオは昨日の試合を思い出した。確かに緊張して、体が思うように動かなかった。
「じゃあ、この呼吸法を使ってシュートを打ってみよう」
レオはドキドキしながらボールを持った。深呼吸をして、肩の力を抜く。おじいさんが教えてくれたように、体全体でボールを投げる。
シュート!
「入った!」レオは驚いて叫んだ。
おじいさんは嬉しそうに頷いた。「見たかい?心と体がつながると、こんなに変わるんだよ」
レオは興奮して何度もシュートを繰り返した。入る回数が明らかに増えている。
「すごい!でも...これ、試合でも使えるんですか?」レオは少し不安そうに聞いた。
「もちろんさ。でもね、これはバスケだけじゃないんだ」おじいさんは海を指さした。「生きていく中で、いろんな場面で使えるんだよ」
レオは海を見ながら考え込んだ。学校のテストのとき、友達とケンカしたとき...そういう時にも使えるのかな?
「レオくん」おじいさんが呼びかけた。「明日もここに来るかい?もっとたくさんのことを教えてあげられるよ」
レオは目を輝かせてうなずいた。「はい!絶対来ます!」
家に帰る道すがら、レオは空を見上げた。昨日までの重い気持ちが、少し軽くなったように感じた。
明日が待ち遠しい。そう思いながら、レオは走り出した。
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次の日、レオは朝早く目を覚ました。昨日よりもさらに早く海辺のコートに着いた。
おじいさんはもう来ていて、レオを待っていた。「おはよう、レオくん。今日もがんばろうね」
レオは元気よく返事をした。「はい!今日は何を教えてくれるんですか?」
おじいさんは砂浜を指さした。「今日は、砂の上を歩いてみよう」
レオは不思議そうな顔をした。「え?バスケじゃないんですか?」
「バスケも大事だけど、まずは自分の体をよく知ることが大切なんだ」おじいさんは優しく説明した。
二人は靴を脱いで、砂の上を歩き始めた。
「足の裏で砂の感触を感じてごらん。そして、呼吸を整えるんだ」
レオは言われた通りにしてみた。すると、今まで気づかなかった砂のつぶつぶや、足の動きがはっきりと分かるようになった。
「すごい!こんなに砂の感じがわかるなんて!」
おじいさんはうなずいた。「そう、これが『気づき』というものだよ。バスケでも、相手の動きや、ボールの感触に気づくことが大切なんだ」
その後、二人はコートに戻ってシュート練習をした。昨日よりもさらにボールが入るようになり、レオは驚いた。
「どうしてこんなに変わるんだろう」レオが聞くと、おじいさんは答えた。
「心と体が一つになっているからさ。これが『ソウルシンク』というものなんだよ」
レオは「ソウルシンク」という言葉を繰り返した。なんだかカッコいい響きだ。
「ソウルシンク...心と体が一つになる...すごい!」
おじいさんはにっこりと笑った。「そうだね。これからもっともっと『ソウルシンク』の力を感じていくよ」
その日から、レオの毎日は少しずつ変わっていった。
朝起きると、まず深呼吸をして「ソウルシンク」を意識する。すると、なんだか一日がスムーズに始まる気がした。
学校では、授業中に集中力が続くようになった。先生の話がよく耳に入り、難しい問題も落ち着いて考えられるようになる。
「レオ、最近調子いいみたいだね」クラスメイトに言われて、レオは少し照れくさそうに笑った。
放課後のバスケの練習では、「ソウルシンク」を意識しながらシュートを打つ。ボールがスウッとリングに吸い込まれていく感覚が、だんだんと分かってきた。
「おお!レオ、すごく良くなってるぞ!」コーチが驚いた声を上げた。
でも、まだ課題はあった。チームの練習では、緊張してうまくいかないことも多い。特に、厳しい父親の視線を感じると、途端に力が入ってしまう。
「どうしてだろう...」レオは悩んだ。
次の日、海辺でおじいさんに相談した。
「なるほど」おじいさんは頷いた。「レオくん、『ソウルシンク』は一人でするものじゃないんだ。周りの人とも『シンク』することが大切なんだよ」
「え?周りの人とも?」レオは首をかしげた。
「そう。チームメイトと、コーチと、そして...お父さんとも」
レオは少し驚いた顔をした。お父さんと「ソウルシンク」...想像もつかない。
「難しそう...」レオがつぶやくと、おじいさんは優しく微笑んだ。
「大丈夫、少しずつやってみよう。まずは、チームメイトとの『ソウルシンク』から始めてみようか」
レオは深呼吸をして、大きくうなずいた。新しい挑戦の始まりだ。心の中で、「よし、がんばろう!」と自分に言い聞かせた。
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次の日、レオは学校の体育館で行われる練習に向かった。今日は「チームメイトとのソウルシンク」を試す日だ。
体育館に入ると、チームメイトたちが既に集まっていた。レオは深呼吸をして、おじいさんに教わったことを思い出した。
「みんなの気持ちを感じてみよう...」
練習が始まり、パス回しの練習をしていると、レオはふと気づいた。太郎くんが少し緊張しているみたいだ。
「大丈夫?」レオが声をかけると、太郎くんは驚いた顔をした。
「え?あ、うん...実はパスが苦手で...」
レオは微笑んで言った。「一緒に頑張ろう。僕も最近やっとコツがわかってきたんだ」
二人で練習を続けていると、太郎くんのパスが少しずつ正確になっていった。
「すごい!レオのおかげだよ」太郎くんが嬉しそうに言った。
レオは心の中で「これが仲間とのソウルシンクか」と思った。
練習試合が始まると、レオは今までにない感覚を覚えた。チームメイトの動きが、まるで自分の体の一部のようによくわかる。パスが驚くほど正確に通るようになった。
「レオ、すごいぞ!」コーチが声をかけた。「みんなを生かすプレーができてる!」
試合が終わると、チームメイト全員がレオの周りに集まってきた。
「レオ、最近すごく変わったね」
「なんかみんなが上手くなった気がする」
嬉しい言葉が次々と飛び交う中、レオは心の中でおじいさんに感謝した。
その夜、レオは父親に声をかけてみた。
「パパ、明日の練習...見に来てくれない?」
父親は少し驚いた顔をしたが、うなずいた。「ああ、行ってみよう」
ベッドに横たわりながら、レオは明日のことを考えた。
(パパとのソウルシンク...難しいかもしれない。でも、やってみよう)
目を閉じると、波の音が聞こえてくるような気がした。おじいさんの教えが、レオの心の中で静かに響いていた。
明日はきっと、新しい挑戦の日になる。そう思いながら、レオは穏やかな気持ちで眠りについた。