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この春一番読みたくない本を、読む
前回の続きであるが、今回は私がこの春一番読みたくない本を実際に読んでみた、という回である。
ぜったいに読みたくなかった本が、こちら。
「選ばれる女におなりなさいーデヴィ夫人の婚活論ー」
ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ著
本書は、二部構成である。第一部で夫人の人生の概観を、第二部で夫人の婚活論が述べられている。
さて、いきなりではあるが結論から言おう。
ズバリ、読んで損はしなかった。ディスりまくる気でシメシメとしていたので、私は今まさに狐につままれたような気分だ。
最初こそ「つまらなそうだし、読み切れるか分からんな~、時間の無駄かな~」と悪しざまに思っていたので読み始めるまでがとても憂鬱だったのだが、読み始めたら最後まで一気に読めたのでとても驚いている。夫人がテレビでしゃべっているような口調で書かれているので読みやすかったし、そもそも文字数が少なかった。懸念していた嫌味な感じも一切なく、意外と説得力があり納得させられてしまう婚活(というかどちらかというと恋愛)指南書であった。
本書に期待できることを以下の3点にまとめよう。
・デヴィ夫人を尊敬できるようになる。
・「選ばれる女」の真意が分かる。
・恋愛にポジティブになれる。
デヴィ夫人を尊敬できるようになる
本書では、バラエティ番組で見る夫人からは想像も出来ないような夫人が歩んできた激動の人生が語られている。驚いたのは、夫人が裕福な家庭の出身ではなく、むしろ貧困の中で育ったということだ。視力のない父と脚の悪い母を持ち、夫人は家族を助けるために正社員であるにもかかわらずランチタイムや休日にアルバイトもしていたという。
多くの苦労と努力が実を結び、インドネシア大統領の妻まで上りつめる。夫人の今の地位は、その美貌によるものだけでなく、他の人の3倍の勉強、努力、仕事、3分の一の睡眠という頑丈な土台があってからこそなのだと知った。
これにより夫人に対しての"裕福な家庭で生まれて、上流階級の生活しか知らない世間知らずな女性"というイメージが覆された。テレビでの歯に衣着せぬ発言も、体当たりな挑戦も、夫人の人生経験と努力を知ったら納得がいった。
「選ばれる女」の真意が分かる
この「選ばれる女」という言葉こそ私が本書に嫌悪感をいだいた最大の理由だ。「男は仕事、女は家庭」的なひと昔前の価値観だろう、と。
読んでわかったのは、夫人の意図する「選ばれる女」とはひと昔前の価値観における女性ではない。大前提として教養を身に着けることをあげ、そのうえで、賢くうまいこと男性を立ててあげることが出来る女性を指しているいうことが分かった。
さらに、なるほど、と思ったのが、「自分が選んだ男の人はたいてい間違い」というもの。
女性の場合は一般的に、ご自分が男性を選んでしまうと、ご自分のルールに沿った"幸せの形"に当てはめてしまうのです。だから一緒にいるうちにちょっとでもイメージが違うことが起こったとき"自分の幸せの形はこれじゃない"って簡単に気持ちが壊れてしまうのです。
自分で選んではいけない、そういう考え方もあるのか、と目からウロコであった。
恋愛にポジティブになれる
私がいかに恋愛を「出来なきゃいけないこと」と思い込んでいたか、ということに気づくことができた。
私は恋愛経験が乏しいので、「人間としてどこか欠けているんだ」という思いが常につきまとい、それがあらゆることの心のブレーキとなっている。みんなが普通にしていることが私には普通には出来ない、と。私より若くても恋愛経験が豊富な人は、私の何倍も濃い人生を送っているようで、まぶしい。
が、夫人は言う。
人間が成長するのは何も恋愛だけではありません。いろんなことがあるのです、人生は。恋愛も含め、いろんな経験をしながら人は成長をしていくもの。
そうか、私は恋愛をすごく特別視して必要以上に斜に構えてしまっているのかもしれない。恋愛しなければならない、関係を発展させなければならない、恋の苦しみや悲しみを経験しなければ大人じゃない、と義務としてとらえるのではなく、もうすこし気楽に、素敵な人だな、とときめく感情を楽しむだけで良いのかもしれないと思うことが出来た。
読みたくない本を読み終えて
今回はじめて読みたくない本を読んでみるという挑戦をしたわけであるが、気付いたのは、なにごとも見た目で判断してはいけないということだ。
小学生でも心得ているようなことを堂々と言ってしまったが、私はこの本を読んだことで、これまで嫌悪の目で見ていた夫人を尊敬のまなざしで見れるようになった。嫌悪感というネガティブな感情を抱いていた時間が、尊敬というポジティブな感情を抱ける時間にすり替わった、尊敬のまなざしで見れるから、夫人の発言も好意的に受け取れるようになる、そう考えると、私の人生の幸せレベルが1ポイントくらいアップしたような気がするのだ。
見た目で判断することほど損なことはないのだと知った。
たしかに読み始めは憂鬱であるが、一年に一回くらいは嫌いな人の本、全く興味のない本を読んでみるというのもアリなのではないか。思いもよらなかった考え方や発見に出会い、ちょっと優しくなれるかもしれない。