女性ですかって、聞こえたぜ?
耳を疑った。
確かに、この目の前の黒縁メガネのおかっぱジジイの口からは「ジョセイデスカ」という言葉が発せられたような気がする。
とりあえずもう一度聞き返してみた。
は?今なんと・・・?
聞こえてきたのは同じ音の羅列。
ジョセイデスカ、、、
じょせいですか、、、?
女性ですか、、、?
はぁぇっ?!
女性ですか!?
まさか、、、
私が女かどうか聞いてきてんのか!?!?
突然のことで驚き、コンマ何秒の間に脳内ストックを漁るもこの状況に対応できる定型文は見当たらなかった。
唯一発することの出来た「はい」という言葉はやたらとデカく、浮いていた。声のデカさに比例した質量でもって、かったいかったいボールか何かになって相手にぶつかれば良かったのに、それは口から出るとすぐに弾けて消えていった。
ジジイは悪気なさそうに(というか本当に悪気なく)、宝塚の男役みたいで、、と無意味にしゃべり続けているが、無邪気に傷をえぐり続けてくるのやめてくれやそういうのが一番傷つく。
・・・宝塚?メイクが濃すぎるという意味か・・・?
確かにラメ入りジャドウでちょっと気合を入れてきたけども・・・
いやそれなら尚更、メイク頑張ったんだから女だと分かれよな・・・!
やっぱりシンプルに男顔ということか・・・。でもなるべく女性らしい格好を心掛けてきたんだが・・・。
ジジイはジジイなりに笑顔を浮かべて親しみやすさを表現しつつ次の話題を探そうと必死なご様子。
どうでもいいが、こちとらショック受けて放心状態よ、どうしてくれる。察せや。
そりゃ、私はショートカットだし、背も170センチあるし、ガタイもいい。
ボーイッシュな服装も好きだし、言葉遣いもぶっちゃけ悪い。
でも、面と向かって性別聞かれたことなんて初めてだ。顔が引きつっているのが分かって尚更恥ずかしい。
横には女友達もいる。どんな顔してるだろう。
可愛そうって顔?話題変えようって焦った顔?
気まずいやら惨めやらでそっちを見れない。
ジジイはまだ目の前に立ってなんとか会話を続けようとしている。自分が数秒前に発した世紀の爆弾発言には気づいてない模様。私の引きつり笑顔もおとがめなし。
ジジイの話す内容が頭に入ってくるわけもない。
私も友人も、いち早くこのテーブルを去ってくれと願うばかり。
その願いが通じたのか、はたまた、反応が悪すぎる私たちを見限ってか、ジジイは無言で別のテーブルへ移動して行った。
それは、出会いを求めて勇気を振り絞って参加した街コンだった。
帰り道にあの場面を脳内で反芻し、冷静になるにつれ、マジで理不尽なこの状況に怒りが込み上げてきた。
どうして私はあのときもっと強く言い返せなかったのか!!
あのク〇ジジイがよぉぉぉ!!!!
いまならありとあらゆる呪詛の言葉が浮かんでくる。
「ケンカ売ってんのかこのク〇ジジィ!」とビビらせることも、
「初対面に性別聞くとか失礼すぎ!どっか行って。」とイイ女風の毅然とした態度をとることも、「その年でそのコミュ力ですか・・wwかわいそwww」と冷笑して思いきりバカにすることも出来た・・・。
あ”あ”~なんで言えなかったんだ!なんでなんでなんで・・・!!!
よし、鏡に向かって練習だ。
「は!?あなた失礼すぎですよ??舐めてます?」
なかなかの顔をしていた。
鏡の前で自分の怒りに満ちた顔をまじまじと見てみると、眉間にシワが寄って眉毛が釣り上がり、想像以上に人に不快感や不安を与える形相だった。
果たして、この顔をさらけ出してまで、赤の他人のあのうんカスク〇ジジィに怒る価値があるのか、疑問に思えてきたほどだ。
あいつにそれほどまでの価値があるのか・・・。
ふと、以前ランチをした和食店での出来事ことがフラッシュバックした。
その時私はカウンターに座って、ひとり静かにお昼ご飯を食べていたのだが、奥に座った中年のオバサンがものすごい形相で店員を怒鳴りつけていた。
そのオバサンの顔は鬼みたいで、幽霊みたいに色白で白髪交じり頭髪を後ろでまとめ、眉間にしわを寄せて怒り狂っていた。声は店内に響き渡って、周囲のお客は引き気味で、怒られた大学生のアルバイトと思われる女の子は、泣いていた。
私はそれが不快でたまらず、急いでご飯をかき込んで店を出た。
つまり私が感じたのは、紙一重で私もこの人になっていたかもしれない、ということだ。公共の場で怒り狂うことの代償はデカい。見苦しい。
あのジジイには心底腹が立ったが、あそこで取り乱して怒りに任せて怒鳴り散らかさないで良かったのかもしれない。
そんな風に自分を慰めながら眠りにつくことしか、今夜の私には出来ないみたいだ。