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#1

「じゃあそういうことで。この件は彼に任すこととする。明日からに備えて、今日は皆よく休むように。」

なんてことだ。「メンバーの中で一番この役に適しているから、それに若いし。」という満場一致な理由で自分が選ばれた。嬉しいかって?そうだな、多分嬉しいんだろうな。



この任務が終われば、あの娘に会えるんだ。やるしかないだろう。

僕は、胸元にいつも大事にしまってあるあの娘からの手紙にそっと左手を添えた。



翌朝。僕らはいつもの研究室から移動し、Execution Roomへ向かった。
そこにはちょうどリクライニングチェアのような椅子があり、僕はそこへ座った。緊張していたかって?そうだな、緊張よりも優って興奮でワクワクしていた。

「まずは日本だな。年号と場所の座標を入れてくれ。年号は…」

全てが整うのに何分とかからなかった。
何度と予行演習で繰り返してきたからだ。


「J、準備はいいか?」

「ああ、いいよ。」

「いいか、決めた通りやるんだぞ。ルールは厳守するんだ、いいな?」

「わかってるよ。」



僕はとある研究所に勤めている。何の研究かって?それは時空を操作する許容範囲のデータとエビデンスを取るための研究をしている。
そもそもはタイムラインガーディアン(時空警護隊)として勤務していたが、今の僕のボスに見初められ、現在は一研究員メンバーとして働いている。

今の任務は、一体どのくらいの変化を加えたら、元々のタイムラインに支障なくその時の『現在』がそのままあり続けるのか、のデータを取ること。
方法は至って簡単。過去に生きた『生』に戻って、もう一度その時の人生をなぞるようにやり直す。途中、随所随所で少し”変化”を加えてみる。

その”変化”の大きさと幅を測定しながら行い、どのくらいまでが許容範囲なのかを計測する。元々のタイムラインと大幅にずれ出したら、最後のチェックポイントに戻ってやり直す。
その時の『生』が終わりを遂げる場所、時期、時間、方法に変化がなければ無事に終了。次の『生』へ。

僕がどうして”適任”だと満場一致で決まったか。
それはまず僕が346歳と一番若手だったことと、僕の繰り返した転生回数が他の研究員よりも多いのと、全て短命でこれまでの『生』を終えていたためだ。少しでも多くのケースを試す必要があったのと、その一回一回が短ければ短いほど、トータルにかかるミッションの時間が節約されるため、いわば僕は”都合がよかった”のだ。

今回のミッションは惑星が限定されていた。
『ガイア(地球)』

現在ガイアは次元上昇が急速に進み始めたため、これから迎える”ある時点”に間に合うように研究を任されたのだ。まず僕らが選んだのは、

・1840年台
・江戸


この『生』は僕のお気に入りでもある。
僕の数ある『生』の中でも素敵なドラマが含まれたものだ。



【Case 1】

その子は大事に大事に育てられた。両親ともが切望してようやく授かった男子なのだ。上に姉たちが二人いた。…が、一人は幼いうちに病弱で亡くなっていた。
一家の一人息子として生を受けたその子はすくすくと育ち、特に親を悩ませることなく、それはそれは立派な青年へと育っていった。


「姉上、今日は私が行きます。ちょうど、寄りたいところもありますから。」

「またあの娘?本当好きね、あんたったら。わかったわ、じゃあお願いね。」



私の家は代々同心で、決して裕福ではなかったが、貧しくもなかった。
父上はよく働く人で、なおかつ人当たりも良いので、周りからの評判は大変よかった。そのようなお人を父上にもつ私は十二(現代の十歳)の時に見習いとしてよく父上について出仕していた。

仕事がないわけではないが、はっきり言うと同心としてだけでは稼ぎが足りないので、一家で副業を営んでいた。


今日はその、頼まれた品をお客に届ける日。
いつもは姉上が行くのだが、今日は私が。

私には思いを寄せる娘がいた。
その娘との出会いは今でも鮮やかに覚えている。
顔立ちの良いその娘はとある商人の一人娘。たまたま用事で立ち寄る予定だったその商人の店に向かう途中、何人かの下等武士に囲まれて困っているその娘を助けたところからこの想いは始まった。

あの時出逢ってから、もう二年になる。

私と歳が五つ離れるのその娘は今日も娘の父と店を切り盛りしていた。
母はなく、家のことは全て娘がこなしていた。


「御免ください。」

「…おお、君か。さ、入って入って。今呼びますから。おーい!お前!」

「はーい!…あら…。」

私は礼儀正しく会釈をした。いつ見ても娘の頬は薄い紅色をしている。色白な分、余計に頬の赤らみが目立つのだ。それを見て、私も少し赤らむ。


私たちはしばらく街を歩いた。最近あったことをお互いに交換するようなこの時間は、私の好きな時間だ。これまで何度このように共に時間を過ごしてきただろうか。


「では、また。お体には気をつけて。」

「…はい。…あ、あの…!」

「なんでしょうか。」

「…次は……次はいつお会いできますか?」

「そうですね、また、そのうち。」


私も別れ難かったが、できるだけ早くも同様にという言い遣いを守らねばならなかった。…本当は話しておきたいことがあったのだが。



その後も月に二度ほどの頻度で娘には会いに行くことができた。

その間、時代は激しく揺れ動き、1860年3月24日桜田門で井伊直弼が暗殺されたのを機に私の中である決心が生まれた。

「江戸をでて京へ上洛致す。」


新撰組。
後に歴史に名を残すこととなる彼らの志にひどく打たれたのだ。
父を説得し、案の定父上からは猛反対を浴び、母上はただ泣いておられたが、私の心は揺るがなかった。そんな私を唯一支えてくれたのが姉上だった。

「もう決めたんでしょ?…じゃあいってらっしゃい!!向こうでもしっかりやるのよ?いいこと?」

そういう姉上の目には涙が今にもこぼれ落ちそうになっていた。




入隊願書を届けた帰りに、娘に会いにいった。


「御免ください。」

「あれ、君か。どうしたんだ珍しい。」

「……。」

「あぁ、今呼びますから。おーい!お前!」




娘の顔がみるみる哀しみに包まれてゆくのを見た。
いつも薄紅色していた頬には氣が宿っていないようだった。


「もう、お決めになられたのですね…。」

「ああ。…だが必ず戻る。戻った時には私の妻となっていただきたい。」

「………!……は、はい…!」



こうして結婚の契りを結んだのち、私は京へと上ることに。


江戸を発つその日、他の隊士と並んで出発の刻を待っていると、ふと、門の外に頬を真っ赤にした娘がいるのが目に飛び込んできた。

驚きを隠せないうちに私の足は門へと向かっていた。

「どうされたのですか。」

「あの、これを…!」

白い息を吐き吐き、やっとのことで言葉を発せられたような娘は、私の手に何かを手渡した。寒さ厳しいなか、一生懸命に走ってきたのだろう。すっかり冷たくなった娘の手が私の手を離れたその時、手の平に目をやると、そこには碧い勾玉が。

「こ、これをお持ちください。御守りです。そしてどうか、…どうかご無事で……!」

そう言うと娘の目にみるみる涙が溢れた。頬に負けないくらい赤らめたその愛らしい目は、地面を見るしか無かったようだ。


大きな目からこぼれ落ちる涙を受けて、私の目にも熱いものを感じ始めたその時、私は娘の手を取り、まっすぐに目を見て返答した。」

「必ず。必ずや戻ります。貴女の元に。」

そう言うのが精一杯だった。

私は素早くけれども丁寧にお辞儀をし、くるりと翻すようにその場を去った。

振り返ることはできなかった。
もう一目でも娘の姿を見たら、己の決心が少しばかりぐらつきそうだったからだ。



《続く》

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