大なり小なり
人には大なり小なり触れてほしくないものがある。
並ぶ自販機の向こうから歩いてきた上司の中川さんが
「おう、おつかれ」
と僕の肩をたたいた。あったかい。彼の平熱はきっと高いに違いない。
彼は恩人で、入社したてのころに僕の失敗を上司からかばってくれた過去がある。中川さんにとっても上司だったのに最後まで、大したことじゃない。これから何とでもなる。そういいながら僕の味方でいてくれたのだ。
その時、感じた人としての温もりは今でも忘れてはいないし、忘れない。
その時、その場にいた同僚の坂井は、今でもまだ会社の人間に、そのことを吹聴するのを日課のように立ち回っている。なんて器の小さな男なんだろう。彼がいつか、中川さんのような大きな人間に変貌することは、きっとこの先もないのだろう。
午後の休憩時間、並ぶ自販機の向こうのトイレに駆け込むと、水の流れる音と同時に個室から中川さんが現れた。
「おう、奇遇だな」
その言葉の使い方があってるのかどうかは、わからなかったけど僕は
「そうですね」
と返事をした。
彼はそのまま手も洗わず出ていった。
人には大なり小なり触れてほしくないものがある。忘れてはいけないし、忘れない。
とくに大