忘れる生き物
馳せる思いは、まだ見ぬ大地。見上げた夜空の、その彼方……
複数の会社の人間が参加するプロジェクトにおいて、わが社の人間を統率するリーダー、その男の名はアライ。非常に物忘れがひどく、その指示のもとで働く者のストレスは、太陽系第三惑星の大気の総量にも匹敵するといわれている。
休憩時間に世間話をするほどには仲良くなっていたD社のクセの強い日本語をあやつる謎の外国人が僕に、日本人の女の子は冬でも短いスカートを穿いているのをよく見かけるけれど寒くはないのか?という意味合いのことをたずねてきた。
この時点で彼はふたつの過ちを犯していることに、その時はまだ気づいていなかった。質問を投げかけた相手が、夏は暑がり、冬は寒がりでおなじみの従順系男子であることと、何よりこの僕であったことだ。
「彼女たちは、永遠にコスモを燃やし続けていられるから、ぜんぜん寒くないんだよ」
首をかしげながら苦笑いの外国人。
ある日の仕事中、アライが他社の人との4、5分程度の通話を終えた直後に作業にとりかかろうとしているのをみて、僕は抱いた疑問を、そのまま彼に投げかけてみた。
「今の会話の内容、ぜんぶ覚えてられるんですか?」
すると彼は「あ、そうだね」と言い放ち、おもむろにメモ帳をとりだしたのだ。僕は愕然とともに確信した。こいつ、メモしなきゃ忘れるのに、メモすること自体をいつも忘れてるんじゃねえのか?
休憩時間に、後輩のクラタを驚愕させてやろうと思い、その話をしてみると、まだそんなところにいるの?といわんばかりの呆れ顔で、彼は口をひらき、僕の甘い認識を、もう一段階、引き上げた。
「そんなの、とっくに知ってますよ。このまえなんか、自分がメモ帳にメモしたことすら忘れて、思い出せないって騒いでましたよ」
地動説ばりの驚愕である。
人格を否定するつもりはまったくない。いい人だからね。しかし、あんた、よくそのスペックでそこまでのぼりつめたな。逆にすげえわ。この国の総理大臣かよ。噛み合うことなく回り続けた歯車、不本意ながら多くのことを学ばせてもらったよ。
そんなプロジェクトも会社の都合により、今月いっぱいで僕だけ一足先に離れることになってしまった。さようならアライさん。ごめんねクラタくん。そして謎の外国人ラマ。君の語尾が近づくにつれて加速してゆく日本語が、僕にはとっても心地よかった。
「ありがとうごじゃいマ〜〜ッシュ」
「おちゅかれさまディ〜〜ッシュ」
君にはずっと、そのままでいてほしい。無垢なる思いを、ありがとう。いつか君にも、コスモを感じられる瞬間がおとずれることを……。
この場所での出来事を僕は一生……思い出そうとはしないだろう。忌むべき日々に苦々しく刻まれたクレーター、いびつに在ろうとするよりも、燃えて銀河のチリとなれ。そして、馳せる思いは、まだ見ぬ大地。見上げた夜空の、その彼方。無に属さんと、闇へと帰した、亡き星よりも、果ての忘却へ。