軽くフィクション~サクの中~

『ウエキの話』

任されてる店の開店前、駅の人通りを眺めながら退屈な時間を過ごしていた。俺はどうやら、より多くの刺激を求めようとする性分のようだ。

まわりの態度を見ていればそれがわかる。今夜も退屈な柵の中で己を満たそうとする奴らの相手をしなければならないと思うと悲しくなる。

柵なんて取っ払っちまわないと世界は広がらないんだぜ。お前らが重んじているものを重んじているあいだに人生なんて、あっという間に過ぎちまうんだ。

毎日、閉店後の酒が進んじまうのはそのせいだって思っちまうぜ。

『ある女性の話』

テレビのニュースを見ていると許せない者ばかり。この世界を、どれほど歪めれば気がすむのでしょう。

日常に潜むすべての不義に対しても私は戦う勇気と覚悟がある。過去は問題じゃない。鉄槌を下した後に広がる理想の世界こそ私の望むすべてであり、正しい思いは必ず相手に伝わるものと信じている。

今日は知人と夕食の約束をした日だ。今から出発すると二時間前には到着してしまうけれど遅刻するワケにはいかない。私は冷蔵庫以外のすべての電源を落として自宅を後にした。

『またある女性の話』

もう起きなきゃいけない時間。なのに体が重い。夜更かしのせいだ。いつもならシャワーを浴びてる時間だけど今日はもういいや、もう少し寝てたい。

これから会わなきゃならない人、やらなきゃいけないこと、想像すると心まで重くなる。

もう支度の時間だ。伸びすぎた髪を鏡で見ながら思う。そろそろ切んなきゃだ。

最低限の身なりだけ整えて私は玄関の扉を閉めた。15分後の電車に乗れなきゃ遅刻だ。急がなきゃだ。

『ある店長の話』

僕のつくったジントニックを美味しそうに飲みながら常連客の一人が、そういえばさっき彼を見かけたと、僕の友人の名を口にした。

僕はその友人は友人たちの中では嫌われ者で、皆で集まって出かける時の幹事のような立場を任されることが多い僕にとって悩みの種でもあることを僕はその常連客に話し始めた。

行き過ぎた言動に対して、謝罪の言葉も少なく、親しき仲の礼儀を軽んじている節があるのは明確で、最近は「あいつを呼ぶなら俺は行かない」という声も増えてきて困っている。

この店で客同士として何度か面識があるその常連客もわかる気がするとうなずいていた。仕事に必要な鍛練の時期をともにすごした者が、多くの者に嫌われるのは必然であったとしても胸の痛むものだ。

『またまたある女性の話』

冷え性の私にとって、この試練はあまりにも過酷だといえるでしょう。高貴な精霊と交わした契約において、その名に恥じぬよう精進は努めさせていただきますが。いつしか達成するあるとなくある秩序の確立なるユメのため、その貢献者として得る称号のため、今は服従の時を過ごさせていただいておるのです。

『私の話』

禁酒二日目、職場からの電車での帰宅中、最寄りの駅からひとつ離れた駅での下車。ここから徒歩による帰宅経路はふたつ、商店街と川沿いの草木茂る道。ウォーキングは体にとてもよく、ここに筋トレや食事管理などの策を講じて、一貫性という名のクシに健康という名の肉付けをしてゆくのだ。

シラフの時間を満喫しようと駅中のコーヒーショップに入ると、目立つ空席に似合わず長蛇の列。カウンターを挟み、長髪の女性店員とメガネをかけた女性客の口論、というか一方的に客のほうが大声で店員に説教をしているようにみえる。

いったいどれほどの挑発をうければ、人はここまで人に怒りを覚えるのだろうか?「謝りなさい」の連呼に「すいません」を連発する店員。「その顔は本当に申し訳ないと思ってない」と「心からの謝罪を受けるまで私は許しません」の無限ループ。この店でのコーヒーはあきらめて長蛇の列に別れを告げた。

『謝罪』という概念には考えさせられることがいくつもある。言葉であったり頭を下げたりなどの態度であったり。その最たるものが土下座であろう。私は人に土下座をするような人にも、させるような人にもなりたくないという願望をもつが、今は深掘りする時ではない。

駅の階段を降りていると、真冬の時期にも関わらず、上から見おろしているのに足の付け根まで見えそうな短いスカートをはいた女性が、私のほうに登ってきていた。そしてその向こうに身をかがめ、なんとも形容し難い……否、なんとも形容したくない笑みを浮かべた男が視界に入り込んできた。私はこの男の名を知っている。ウエキだ。

ウエキは私の存在に気づくとなんともつまんなさそうな表情を顔に貼り付けたまま逆戻りしていった。これほど短い時間の中での一喜一憂を目の当たりにすることは稀中の稀であるため、私はある種の感動に似た念を抱き、彼に感謝した。ありがとうウエキ。どうやら頭の位置を下げることにより見える絶景もあるようだ。

ウエキのせいで行きつけのシャレた飲み屋の店長の顔が思い浮かぶようになってきた私は、選んだ道の上でわずかな時間、足を止めた。あくまで店長に会いたくなっただけなのだ。そこは薄暗い藪の中だった。

『ある精霊の話』

ミズ、クウキ、ユメ、エロス、あるとなくあるモノとともにワタシのすべてがソコにある。正すとなく正し、乱すとなく乱す秩序のもとで、真なるモノを見きわめんと、その目をドコに集めよう。英知より広がるその領域よ、すべてワタシのサクの中。

            

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