背負えぬシロモノ

結婚願望なるものがいっさいない。まるでない。微塵もない。どこを探しても見あたらない。愛ゆえに家族となり得た者の運命など、私ごときが容易に背負えるシロモノではない。そんなお年ごろなのである。

自分なりの理想を求めて配偶者との契約を結び、日々の生活を送っている既婚者たちの思いは、私にとって永遠に未知の領域でしかないだろう。

仮に願望があってもアナタに結婚は無理でしょう。そう思われた読者の方がいらっしゃいましたら、もれなく髪の毛にカメムシが、からまったまま、秋の夜長を有意義に過ごしていただきたいと、せつに願うばかりではある。

ある者は運命的な出会いだと信じ、またある者は勢いだとか、なりゆきなどといった言葉で、その理由づけを図ろうとする。時には幸せそうに、時には不満を募らせながら、家族についてのエピソードは、様々な場面で語られてゆくのだ。



「パパ起きてー!パパー!」

「こら、ルチ子!パパは仕事で疲れてるんだから、休みの日くらいはゆっくりさせてあげなさい」

「やだー!パパと遊ぶのー!」

「ルチ子は本当にパパのこと大好きねえ」

「うーん!おっきくなったらパパと結婚するのー!」

「おっきくなったらパパより素敵な人が現れるよ、きっと」

「やだー!パパがいいー!パパじゃなきゃイヤー!!」

幸せな時間は得てして儚い。ワイフとの会話も次第に少なくなり、娘も最近なんだか、そっけない。そんな距離感を感じていた数年後の、ある休日の午後、リビングのドアを開けようとすると、聞こえてきた娘の声…………

「ちょっとママ〜!パパの服と私の服、一緒に洗濯しないでって言ったじゃん!これでもう何度目〜?本当マジで勘弁してほしいんだけど〜」

…………静かにそっと、ドアノブから手を離す私…………




…………よし、死のう。




虚ろな心の、そのままに、どれほど歩き続けただろう。気づけば私は公園のブランコに座って物思いにふけていた。ひどいじゃないか。あまりにもひどいじゃないか。人をバイキンあつかいしやがって。パパはお前をそんなふうに育てた覚えはないし、そもそも育てた覚えがない。私にはもう心の支えと呼べるものはなにも…………

「パパー!」

「え?ル、ルチ子!どうしてここが?」

「だってここ、ウチの隣の公園だよ、私の部屋から丸見えだよ…………そんなことより、今日はパパの誕生日でしょ?早く帰ろ!ママがいっぱい料理つくって待ってるよ、私もさっきまで手伝ってたんだけど…………ごちそうだよ〜」

「……ふ、ふたりで?…………そうか………うん、ありがとう…………よし、ウチに帰ろう…………あれ?ルチ子、ヒザから血が出てるじゃないか」

「さっき走ってる時に転んですりむいちゃったんだ〜」

「ルチ子はちっちゃいころから、あわてんぼうだからなあ……さあほら、乗りなさい」

「なにしてんのパパ?離陸すんの?」

「おんぶだよ、おんぶ!ウチまでおぶるから、早く乗りなさい」

「…………友達に見られらたら、どうすんの?恥ずかしいから本当マジで勘弁してほしいんだけど〜」


私ごときが容易に
背負えるシロモノではない
そんなお年ごろなのである

















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