アニメと私#n

今敏監督作品「PERFECT BLUE」を観た時に思ったのだけど、私はどうやら物語の構造を掴むのが苦手のようだ。
特に虚構と現実の時空が入り乱れるような世界観では、今見せられているものがどの時空で、そしてこの発言はいつの物なのか、とか、そういったものを視聴と同時に、いや、視聴後に考えてみようとしてもちょっと自分の中では簡単に整理を付けられない。

きっとそういうのが苦手な脳みそをしているのだと思う。

だからいつも「そういう悪い夢を見ていた」程度の理解で楽しむことにしているのだけれど、今回はその良し悪しには目をつぶっておいていただきたい。

本作では主人公が見ている世界が実は虚構(夢)でした、と説明してくれるシーンとして何度か自室のベッドの上で目を覚ましてはっとする、という場面が出てくる。
このシーンについて視聴者はどう思っただろうか。
また夢落ちか、とか、そういう感想を持つ人はいただろうか。
一般論、どういう感想に落ち着くのか、これを想像するのも私は一つ苦手である。

さておき、私の感想なのだけれど、ああ、そうそう、すごく良くわかる、とか思ってしまった。

あまり積極的に口に出そうとしないようにはしているのだけれど、私は大学院修士課程を2年で卒業できず、半年間だけの留年を決意した時期があった。
私にとって人生最悪の期間だ。
日に日にあの頃の記憶が薄れていって、そもそも当時からあの日々を覚えておこうとしなかったのではないか、と思うほど、正直どう生きていたのか記憶にない。
飯をどうしていたのか、風呂、というか私は一人暮らしを始めてから専らシャワーですませるようになってしまったのだけれど、シャワーはどうしていたのか、とか、食器を洗うだの洗濯をするだの、本当に記憶に薄く、これを記憶にないと言ってもいいものかはっきり断言してしまうのも少し気が引けるので、だいぶ濁して記憶に薄いということにしておくとして、ただ、それでも身に沁みて覚えている感覚がある。
それは、今自分は寝ているのか、起きているのか、起きているんだけれど、自分は何時から覚醒していたのだろうか、そろそろ寝る時間なのか、寝ていた気がするけれどその充足感がなく、ただベットの上ではっとする。

その感覚はなんとなく覚えている。

だからPERFECT BLUEのある意味夢落ちみたいなシーンを観て、ああ、そうそう、わかるなぁ、と思ったのだと思う。

私もそういう悪い夢を見ていただけだったらよかったのに、とか、そんなことを思わないでもないけれど、本当にしょうもない自分のしょうもない人生を説明するのにある意味適当な一部のかもしれない、とか、思うけれどそう思うこと自体が本当に気持ち悪かったりして、できるだけ考えないようにしているし、私自身どんどんあの日々を忘れていってしまっているのは、積極的に忘れようとしている、と言うこともできる、多分。
そりゃ無かったことにできるならそれがいい。

あと、こういうことは今度から日記に書くようにしようと思いましたこれは自分宛のメモ

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