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実在の人物を題材とするFA(ナマモノのファンアート)の取り扱いに関する自論

はじめまして。鷲見(すみ)と申します。

今回、散々ネット上で様々な意見が飛び交い議論が繰り広げられていたであろう表題の件について自論をまとめたいと思い、こうして筆を執ることに致しました。
終始一貫して、私の自論を述べるだけの記事となっております。読む際には、この点についてご理解頂けますとありがたいです。

前提

話を始める前に、私の今までの経験について暈しを入れつつにはなりますが自己紹介致します。
・数年間ナマモノジャンルで活動経験あり
・複数ジャンルを経験しているが、経験したジャンルではどれも一度は御本人様を巻き込んだ事件の発生を見てきている
・どの事件も、御本人様が苦言を呈したり公式活動が縮小する結果になった
これらを念頭に置いていただくと以下の本題が読みやすくなるかもしれません。

今回話さないこと

・特定のジャンルにのみ該当する話
・著作権等に関するFAの是非

結論

簡潔に申し上げると、「ガイドラインが公式から特に出ていない場合、FA(ファンアート)であっても隠れて欲しい(鍵付きアカウントなどでの活動にして欲しい)」と考えております。
より具体的には、「御本人様及び関係者が存在しているSNS上誰にでも見える状態でFAを発信する行為は控えた方が良い」と私は考えております。

以下、それぞれ理由や具体例を挙げながらこの結論についてより詳しくお話しさせていただきたいと思います。

なぜFAであっても隠れて欲しいのか

多分、「隠れる必要があるのは俗に言う同性愛表現や女体化等と言った御本人様の人格を侵害するもののみなのでは?」と思われた方も多いのではないでしょうか。
それをさらに掘り下げると、「FAは隠れなくてもいいもの、それ以外の創作活動は隠れてやるべきもの」という意識が根底に存在しているのではないでしょうか。
ここで一つ浮かび上がるのが「どこまでがFAに該当するのだろうか?」という疑問です。

皆さんは、自分が活動しているジャンルでこれを明確に答えられますか?
例えば「FAは隠れなくてもいいもの」とした時、どのような創作活動ならFAに該当するかを把握できているでしょうか。
隠れなくてもいいもの、すなわち「御本人様が見ても不快に思わない、御本人様を傷付けることが無いもの」と考えたとしましょう。
絶対に御本人様が傷付かない表現かどうかを、他人である貴方は判断することができるでしょうか?
それこそ完全に後の祭りですが、御本人様が苦言を呈したり不快と言う意思を表明してくれることもあります。ただ、いつも全てに関してそうなるとは限りません。
そう考えると、絶対に安心安全なFAというものはそもそも存在しないのではないでしょうか。
万に一つでもリスクが存在するものを公表することは恐ろしいので出来れば避けたい。私はそう考えます。
ただ、公式からガイドラインが出ている場合もたまにあります。その場合、ガイドラインに沿った創作活動が出来ているかを確認しておけば基本的には可能な限りリスクが0に近いFAとして発信できるでしょう。

ここまで書いて「FAを公開する為に一々ここまで考えないといけないの?」と私は思いました。
正直面倒くさい、そう思った方は私以外にも居てくれると思いたいです。
ここで一つ提案したい事があります。それこそが「面倒くさい事を避ける為に鍵付きアカウントでFA活動をすれば良いんじゃないか?」ということです。

そのFA活動、鍵無しアカウントでやる必要はある?

何故、鍵付きアカウントで活動しないのか。
これが甚だ疑問でなりません。
鍵付きアカウントで活動すれば、上記のFAの境界線等の面倒な定義を考える必要がほぼ無くなるのです。
身も蓋も無い話をしてしまうと、承認欲求を満たす為に鍵付きアカウントでは活動したくないと考えてあるんじゃないか?と思えてならないのです。
鍵付きアカウントは承認を通ったユーザーからしか閲覧がされないので、自身の創作活動でリーチできる層が必然的に減りがちです。「見てもらいたい!」という気持ちが強い人からすると消極的な選択肢になるのではないでしょうか。

例1. 私はこの人たちの素晴らしさをより多くの人に知って欲しいから鍵を掛けずにFAを公開しています

その人たちの素晴らしさを知ってもらう為にFAという手段以外にもあると思います。それこそ、御本人様たちのコンテンツを触れてもらう事が一番確実で手っ取り早いのではないでしょうか。
勿論、あなたの素敵な創作がきっかけで流入する人が生まれるのも事実です。でも、その為にFAが公開しても大丈夫なものか一々確認するのは面倒じゃないですか?
それこそ、あなたの創作が好きでフォローしてくれているフォロワーの人たちへのリーチだけでは不足なのでしょうか。そう考えてしまいます。

例2. 公式や関係者はブロックしているからFA活動を鍵無しでしても大丈夫だと思っています

私的には一番これが理解に苦しみます
公式や関係者の範囲を全て把握していますか?
御本人様たちの知人の全てを把握していますか?
そんな事など不可能に近いです。どこを経由して御本人様の目に触れるかなんて予測できないと思います。
そもそも、御本人様をブロックする必要があると考えられる創作鍵無しアカウントで発信するべきものなのでしょうか。
少なくとも、何かしらの後ろめたさ(御本人様や公式に迷惑が掛かる可能性を考えている)を感じているのなら誰にでも見える場所でその作品を発信するべきではないと思います。
それこそアカウントに鍵をかければ、その作品が不慮の事故で御本人様の目に触れる機会はほぼほぼ無くせます。鍵をかけるのはとても簡単な作業でできます。
頑なに鍵をかけずにSNSで発信し続ける理由は何なのでしょうか。承認欲求の影がちらついているような気がしてなりません。

例3. FAが嫌なら見なければいい。自衛してもらいたいです

論外です
見ないように自衛しているのに公式タグをつけたり公式名を含めたツイートをされれば事故ります。
また、同じ考えの人が多ければ多い程、ブロックしきれなくなります。忘れた頃に新たな人のツイートで貰い事故を食らったりします。
そもそも、「嫌なら見なければいい」という考え方は「嫌な人が出るであろう作品を公開していい」という根拠にはなり得ません。全くの別問題です。
嫌に思う人が見ない環境を作るのに手っ取り早いのが鍵付きアカウントです。それこそ、自分の創作を好む人だけを許可すれば不要な揉め事は起きずに済みます。
「何故私がここまでしなきゃいけないの?」と思われた方もいるかもしれませんが、鍵をかける事自体にはそこまでの労力は伴わないし、やったからと言って自分自身が後ろめたい存在になるものでもなんでもないです。

ここで改めて「そのFA活動、鍵無しアカウントでやる必要はある?」という疑問に戻ってみましょう。
鍵付きアカウントでやっても支障はないし、鍵付きアカウントにする労力もほとんど要らないはずです。

面倒事を全力で避け、ストレスフリーにやりたい創作活動に打ち込んだ方がずっと楽しくやれるのではないでしょうか?

公式サイドへのご提案

ここからは、数多の創作活動によって消費される可能性のある公式サイドに向けて、ある一つのご提案をさせて頂きたいと思います。
それは、「可能ならガイドラインを制定した方がいい」ということです。

様々なメディアに露出をするということはファンを抱えることになり、ひいては消費されるコンテンツになるということになるでしょう。
以前はそれこそ芸能人と呼ばれる人々くらいしか露出する機会を与えられないような環境でしたが、今の時代は異なります。
今まで一般人でしかなかった人たちもが「発信者」となり、「コンテンツ」にまでなっていくことが容易に出来る時代です。
この消費社会の迫り方は気付けなかった、といった無知ではもう済まされなくなってきています。消極的な自衛(ファンの活動を基本的には黙認する)では、御本人様に飛び火する可能性が高いです。
特に、今まで一般人という括りでしかなかった人たちが配信者となることにより初めて消費される側になるというパターンに置いて、消費社会への認識が甘く飛び火してしまった例を多く見受けられるように思えます。
今まで経験が無かったことの対策が難しいことは自明です。知見がほぼほぼ無いものをやることになる訳ですから。

そこでこそ、予めファンと公式側との線引きを明言しておけるガイドラインの制定をしておくことでより積極的な自衛に繋がるのではないでしょうか。私はそう考えます。
一つガイドラインがあることで、公式サイドへの問い合わせも減りますし、実際に被害に遭う可能性も減ります。ファン側にとっても公式側にとっても労力が減らせて嬉しいことが増えるのではないでしょうか。

楽しいFA活動を持続させるために手軽にできることはある

FAに関する自論をここまで述べてきました。
可能な限り、楽しくFA活動をしたいと誰しもが思っているのではないでしょうか。
鍵一つかけるだけでそれが実現するとしたら、どうでしょうか。

これを読んで、FA活動の在り方について改めて考えて下さる方がいれば嬉しいです。




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