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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第31話)#創作大賞2024


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 市民公園前の停留所で片桐が降車してから五分ほど経った。星来はすっかり暗くなった窓の外に目を向ける。アンティーク調の街灯にオレンジ色の灯りが灯っている。バスは大通りに差し掛かり、ゆっくりと進んでいく。よしっ! と心の中で呟き、気持ちを切り替える。ここからはアンナの自宅捜索に集中しなきゃ。

 ベルから得た情報を頭の中で反芻する。美容室とピアノ教室が一体になった建物、それからお弁当屋さんが近くにあるって言ってたわね。マップアプリで検索するとすぐに画像が出てきた。美容室兼ピアノ教室は一階から二階にかけてガラス張りになっていて、それぞれ見える場所に猫用の揺り椅子が置いてある。映像をしっかりと眼裏に焼き付けて瞳を閉じる。再び開いたときには正確な位置と、近隣にあった弁当屋も見つけた。

 この近辺で雨漏りのある家と言ったら、ちょっと古めの賃貸かしら。たくさんのランプが吊るしてあって、植物もあるってベルは言ってた。あとは……。青いカバーをかけたソファー。ある程度のイメージを作ると、眼裏に広がる圧縮された風景の中にポンっと、そこだけ光るスポットのようなものが現れた。見つけた。フッと誰にも気づかれないようにほくそ笑む。

 そこは、年季の入った平屋の戸建て住宅が四棟並んでいる砂利敷きの区画だった。アンナの居住していた建物は四棟のうち、目の前の道に面している二棟の後方、方向で言うと左側にある。他の三棟は灯りがついていたが、そこだけ真っ暗だ。

 ここでベルとニナとアンナは生活してたのね……。古くてこじんまりとはしているが、インテリアにこだわったおしゃれな部屋だった。在宅ワーカーだったのか、アンナの仕事部屋と思われる四畳ほどの部屋には、大きなモニターが三つと書類や書籍類が山積みにされていた。

 アンナが暴行を受けたのは、きっと玄関付近。しつこく何度も訪ねてきていたレイトを中に通すわけはないから。だが、特に痕跡のようなものは見当たらない。ダイニングキッチンの片隅に、ニナが普段座っていたと思われる椅子を見つけた。腰をホールドするように湾曲した形の赤いデザイナーズチェアだ。

 座面に置かれた黄色い花の形のニット製座布団に、ニナの抜け毛がペタペタとくっ付いていた。ああ、ニナ……。
この家を離れて過酷な目に遭って、何度ここに戻ることを夢見たかしら。想像すると苦しくなり、思わず目頭が熱くなる。

 もう少し室内を探索しようとして突然全てが遮断された。離れすぎた。大きく息を吐き出すと、星来はバスの背面に深く身を委ねた。早速今得た情報をグループメッセージで丈太郎たちに送信する。

 すぐに三人の既読が付いた。感嘆のメッセージにはむず痒さを感じてしまう。これがどれだけ簡単なことなのかを彼らは知らない。必要以上の賞賛をもらって逆に申し訳ない気持ちになってしまう。

 自宅付近の停留所に着く頃には、次に集まる日取りが決まっていた。今日みたいに課外の後で集まるとなると行動できる時間が限られてしまう。ちょうど明日は土曜日でみんな丸一日空いている。午前九時に市民公園に集合することになった。

 翌日、星来は待ち合わせの十五分前に公園に到着した。十分ほどして片桐、その五分後に丈太郎と佐野がやってきた。
「お待たせしました」
元気溌剌という言葉が良く似合う丈太郎の横で、佐野はあくびを噛み殺していた。

 休みだというのに一人だけ制服姿だ。どうして? と訊くと「身体の線が細いから、私服だとなよなよして見えるのが嫌なんですよ」と、なぜか丈太郎が答える。佐野は特に否定もせず、眠そうに目をこすっていた。

 今日の目的地である戸建て賃貸方面のバスは九時半出発だ。まだ時間に余裕があったので、公園のカフェで飲み物を買って待つことにした。
「先輩、ブラック飲めるんですか?!」
丈太郎が、片桐のブラックコーヒーのカップを見て目を丸くしている。
「女の子の前で背伸びしたいだけだよ」
佐野が挑発するも片桐は取り合わず、星来に意味ありげな視線を送ってきた。

 なるほど、こういうところね。昨日のバスの中での会話を思い出して吹き出しそうになった。───こちらの気を逆撫でするような佐野の言動のほうが際立ってるから、あの女性霊のせいで彼は……みたいには間違ってもならない、と片桐は言っていた。

 アンナの家を確認したら、その足で星来の家に立ち寄ることになった。丈太郎はもう一度ニナと向き合う決心をしている。あの日の騒動を思うと不安しかなかったが、その決意は固く、どんなに周りが引き留めても聞く耳を持たなかった。

 バスに乗り込むと、星来は隣に座った丈太郎の手をそっと握りしめた。丈太郎の目が大きく見開き、何か言いたそうに口を動かしていたが声にはならず、触れ合った手のひらがじんわりと汗ばんでくる。ちゃんと戻ってきてね……。そう言葉にしたいのに、星来の口も形を成さない。込み上げてくる不安をどうしたら解消できるのだろう。結局バスを降りるその瞬間まで、強く握りしめていることしかできなかった。

 大通りから脇道に逸れてしばらく歩いていくと、透視した通りの美容室兼ピアノ教室のビルが見えてきた。チャトラ猫は今日は二階にいて、こちらに背中を向けている。空の雲を写した窓越しでも、その身体がふくよかであることが分かった。

 散歩のたびにあの猫を見るのがささやかな楽しみになっていたベル。その生活はある日を境にガラリと変わってしまった。けれど、チャトラ猫は今日も変わらずここにいて、気まぐれに一階と二階を行き来している……。そう思うと胸がチクリと痛んだ。

 弁当屋は美容室兼ピアノ教室から三十メートルほど行ったところにあった。黄色い看板を掲げたカウンターのところでお弁当を買うアンナの残像が見えるかのようだ。

「古い戸建ての賃貸なんてこの近辺にあったんだね。ここ、何度か通ったことがあるのに全く気づかなかった」
「意識しないと見えないことってあるよな」
透視で見た通りの四棟の平屋が見えてくると、片桐と佐野は感心したような眼差しを星来に向けた。

 敷地の前に差し掛かり、なんとなく足を止めるも、周りは住宅地なので不審者極まりない。アンナの家───四棟並んだうちの後方左側───に視線を送りながらゆっくりと通り過ぎ、しばらくしてまた戻ってきた。
「車が止まってるね」
片桐の言う通り、アンナの家の横のスペースに青いミニクーパーが見えた。
「アンナの車かな」
「あそこに停まってるってことはそういうことだろ」

 正面から脇道に逸れ、アンナの家が間近に見える位置に移動した。背の高いブロック塀のせいで壁と屋根付近しか見えない。仕方なく敷地の外を一周回ってまた正面に戻ってくる。
「どうする?」
と佐野が星来を見る。頼りにされているのが分かった。
「他の三棟が在宅か視てみるわね」

 一瞬の瞬きのうちに見えた静止画の中には、それぞれの住宅に一人ずつ住人の姿があった。通りに面した前方の二棟には、左側に五十代前半くらいの無精髭の腹の出た男と柴犬。右側に七十代と思しき老女と黒いトイプードル。アンナの家の右隣には三十代後半から四十代前半くらいの痩せた男とポメラニアンがいる。

「土曜日だからみんな家にいるわね。アンナの知り合いってことにして挨拶してみる?」
星来の提案に、三人は緊張した面持ちで賛同する。
「自然に振る舞える自信ないな……」
片桐が不安を吐露すると、佐野が横で、
「じゃあ俺の出番だな」
と嫌な笑みを浮かべる。
「ダメ!」
と、ずっと物静かだった丈太郎が語気を強める。
「佐野くんがでしゃばってうまく行ったことなんてなんもない」

「私が挨拶するわ。みんなは適当に合わせて」
ザワザワしている男たちを制し、星来は前方左側、柴犬を飼っている無精髭男の家の前に歩いてゆく。なんとなく、一番会話が成立しそうな雰囲気だった。


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