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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第4話)#創作大賞2024


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 丈太郎が動物、特に犬の心の声が分かるようになったのは、SNSで拡散されていた迷子のミニチュアピンシャーを保護した三日後のことだ。

 その日は土曜日で、母親の文香と一緒に祖父、冨次の家にいた。小学生の頃は頻繁に会いに行っていたが、五年前に祖母が亡くなってからは、年中行事の際に訪問するくらいで足が遠のいていた。

 中学生になって部活動や受験勉強で慌ただしくなったというのもあるが、寡黙な祖父なので、行くといつも話題に窮する。沈黙が怖くて、丈太郎は高校二年になった今でも、なんとなく訪問をためらうようになった。

 文香に一緒に冨次の家に行こうと誘われたときも、正直乗り気ではなかった。
「母さん一人で行ってきなよ」
「ジョウくん、お彼岸にも行かなかったじゃない。ちゃんとおじいちゃんに顔を見せなきゃ」
「だってさぁ、おじいちゃん、うんとかすんとかしか言わないからさぁ……」

「昔からよ」
「俺、一人で喋ってんの苦痛なんだよ」
「お母さんがいるでしょ」
「そりゃそうだけど……」
「それに、今回はおじいちゃんのほうから電話をくれたのよ。珍しいでしょ? なんでも見せたいものがあるらしいの」
「見せたいもの?」
 冨次は、文香が「見せたいものってなに?」と聞くよりも早く電話を切ってしまったらしく、それがなんなのかは会いに行かない限り知ることはできないらしい。

 せっかくの土曜日、思いっきり写真を撮りまくると決めていたが、丈太郎は仕方なく文香に付き合うことにした。

 冨次の家に着くまでの車の中で、「見せたいもの」がなんなのかを推測し合った。
 文香は、亡くなった祖母の隠し財産が見つかったのかもしれないと浮かれていたが、丈太郎が詐欺られて借金作って督促状が届いたのかもと言うと、分かりやすく表情をくもらせた。

 しかし、答えは冨次に問いただすまでもなく、家の玄関を開けるとすぐにわかった。
「犬?!」
上がり框に一頭の大型犬が脚を伸ばして寝そべっていた。身体は全体的に汚れて黄ばんでいたが、顔周りは冨次が拭いてやったのか純白だった。

「犬だわ!」
文香が素っ頓狂な声を上げる。
「しかも、でかいわ!」
耳を動かしながら、犬が迷惑そうに顔を上げた。

 丈太郎は今まで、こんなにきれいな犬を見たことがなかった。思わず息を呑む。
「父さーん!」
文香は犬を大周りに避けるようにして家の中に入っていった。丈太郎はスマホを取り出し、レンズで犬を検索してみた。

「ホワイトスイス……シェパードドッグ?」
 似てはいるが、少し違うようにも感じる。もしかしたらミックスかもしれない。
「お前、きれいだね」
 思わず口から言葉がもれ出た。犬の目線の高さにしゃがんで、じっと見つめてみる。

「特に目がいいね」
 なにかで、犬と目を合わせてはいけないという話を聞いたことがあったが、なぜか一度目を合わせたら離すことができなくなった。グッと見えない力で引っ張られるような吸引力。一瞬怖いと思うほど。

 そのときだった。突然眉間のあたりがムズムズし出した。目を開けていることが苦しくなり、ギュッと強く閉じた。チカチカと音のような色のようなどっちつかずの感覚が眼裏に広がり、鼻の奥が間違って水を吸い込んだ時のようにツーンとなった。

───アンナ

「え?」

 頭の奥で声が聞こえた。アンナと。丈太郎は驚いて目を開ける。そして次の瞬間、犬の体から灰色の煙のようなものが立ち上っているのを見た。凝視しているとその煙が丈太郎のほうにじわりじわりと迫ってきて、やがて身体を侵食してきた。

 けれど、それは決して不快ではなく、もともと当たり前にあったものが何かの弾みに体から離れて、旅の果てにまた元の場所に戻ってきたような懐かしい感覚だった。

───アンナ。僕はどうしたらいいのだろう? 少年がジッっと僕を見てるんだ。尻尾でも振ってやれば喜ぶかな

「え? なんか……喋ってる?!」
 丈太郎は立ち上がり、一歩引き下がった。
「今アンナって言ったのお前?! は?!……人間と話できるの?」
犬は不思議そうに首を傾げていたが、やがてハッとしたように耳を立てた。

───アンナを知ってるの?!

「いや、知らない……」
じゃなくて……! なんで犬が喋ってるんだ? どういうこと? 俺、頭どうにかなっちゃった?

───会いたい、アンナ……

「なに? 迷子?」
 じゃないや……。まず、なんで犬が喋ってるんだってところから……

───アンナ、寂しいよ……

「アンナって誰だよ。どこではぐれたの?」
ダメだ俺。普通に犬と会話するな。まずは問いただすんだ。なんで俺に話しかけてきたのか。いや、そもそも話しかけられてなんかないよな。俺が勝手にこの犬の独り言を聞き取っただけだ。うー。頭ヤバい。

───もうほっといて。

 犬は丈太郎を無能と悟ったかのように顔を背け、身体を低くして伏せた。ゆっくりと目を閉じ、それ以降丈太郎がいくら問い詰めても何も話さなかった。

「ねえ、おじいちゃん。この犬どうしたの?!」
 丈太郎は犬に完全にシャットアウトされたことに歯がゆさを感じながら、冨次と文香のいる居間にドタドタと歩いていった。

 ガラス格子の引き戸を開けると、座卓の前でリクライニングチェアに腰を下ろした冨次が、ちょうど文香に缶入りのトマトジュースを差し出しているところだった。

「おう。ジョウくんも飲め」
 丈太郎の前に置かれたのは缶入りの甘酒だ。
「俺、こっちのがいい」
 丈太郎は座卓にたくさん出されている飲み物の中から、ペットボトルのウーロン茶を指さした。

「こういうのもあるぞ」
冨次はウーロン茶と一緒にアセロラドリンクも差し出す。喋るのが苦手なのに一生懸命コミュニケーションを取ろうとする祖父に気づき、丈太郎は「ありがとう」と微笑んだ。

「で、あの犬なに?」
 ウーロン茶を喉に流し込みながら、丈太郎は冨次の左手側、文香の真向いに座った。
「迷い犬だって」
文香がお茶請けのせんべいをかじりながら言った。

「おじいちゃんのあとをついてきてここに居座っちゃったみたい」
「きれいな犬だよね。さっき調べたらスイスのなんたらかんたらシェパードっていう犬っぽいよ」
丈太郎はスマホの履歴からさっき検索で出てきた犬の画像を見つけて文香に見せた。

「本当だ。じゃあ血統書付きってことよね」
「わかんないよ。この画像の犬ほど凛々しい感じもしないし。もしかしたらミックス犬かも」
「絶対飼い主探してるよね」
「うん。アンナとかって言ってた」
「え?」
「あっ、いや……なんでもない」

 いくら母親とはいえ、犬から聞いたとは言えない。息子の頭がおかしくなったと心配させるのは親不幸の極みだ。
「で、どうすんの?」
 丈太郎は文香と冨次を交互に見た。
「どうする?」
 母親はまっすぐに自分の父親を見つめる。
「分からないからお前たちを呼んだんだろ」
 冨次はそう言ってゆっくりと湯呑の白湯を飲んだ。

「まずできることは交番に届けることよね。それからSNSで情報を募って。でも、私鍵かけてるしなぁ……。ねえ、ジョウくんのアカウントは?」
「俺のは完全フォト垢だから」
 フォトグラファーアカウントで迷い犬情報を流したりなんかしたら、なんとなく収拾がつかなくなるのが見て取れる。彼のフォロワーは小気味よいコメント返しを読むことを楽しみの1つにしているのだ。迷い犬に関するまじめなやり取りなど誰も望んでいない。

「とりあえず、飼い主が見つかるまではお父さんが面倒見るしかないわよ。うちは住宅街だから大型犬とか無理だし」
「ドッグフード買わないと」
「餌なら、さっき買ってきた。隣の恒子さんに色々教えてもらった」
 隣の恒子さんちにいるのはマルチーズらしい。冨次が隣の住人と一緒にホームセンターでドッグフードを探しているのを想像したら、少し笑えた。

「犬犬言ってるのもかわいそうだから、仮の名前を付けてやったほうがいいかもね」
丈太郎が言うと、冨次はやや恥ずかしそうに、
「仮の名前ならさっき決めた」と言った。

「え? なんて名前?」
文香が興味津々に身を乗り出す。
「……甚五郎」
「じ、じんごろう?」
また渋い名前だ。丈太郎は冨次の背後の茶箪笥に『左甚五郎』と書かれた本が置いてあるのを見つけて苦笑した。

 よほど左甚五郎の話、おもしろかったんだな。
「そっかぁ。ジンちゃんって言うのか」
文香がクスクスと笑うと、冨次はきまり悪そうに視線をそらした。


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月縞翠夢
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