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露光のしもべ

地面に突き刺した三脚杖にガラス玉を載せ、手を添える。露光魔法によって風景をガラス玉に刻む。焦点や光量を自在に操り、描き変えた世界をガラス玉に刻みつける快感は何ものにも代えがたい。

今から私は、嵐を刻む。

『嵐が来る!』今朝に道すがら出会った占い婆が私の顔を見るなり叫んで一目散に逃げ出した。嵐とは何か?決まりきっている。雨風でも、魔法でも、騎馬隊でもない。たった今戦場をなぎ倒し、大地を引き裂いて降り立ったもの。

竜である。

パシッ、ガラス玉に景色が刻まれる音がした。

絹の手袋でつまみあげて覗きこむ。ガラス玉に映るのは、岩を引き裂く爪、鎧を噛み千切る牙、大空をかき混ぜる翼、そして雷霆を従える両眼。

光量を減らし、雷が際立つ一玉となった。戦場の中心に降り立ち、陣営を無視して無数の人体を無惨に破壊するさまは神の怒りそのものだ。丘上から眺めは愚鈍な戦場から審判の場となった。

露光する手が止まらない。これまで刻んできた戦争とは比べものにならない珠玉の破壊がここにあった。

「お貴族さま、お助けください!」

いきなりの大声に驚いたが、無礼討ちしようにも戦場にお邪魔しているのは私の方である。意識不明の少女を肩に担ぎながら丘を登ってきた、片腕を焼き切られた青年を無下にしてはいけない。

ちょうど趣向を変えたかったところだ。

「……記録係として敵前逃亡は見過ごせん」
「そんなっ」
「一発でいい、竜を撃ってくれ。言い訳がつく」

適当に言いくるめて青年をガラス玉の向こう側に立たせる。近くはないが術が届く距離。彼は息を呑んで杖に火球を灯す。素直で良い青年だ。怒れる竜を遠景に、杖を構える凛々しい姿をガラス玉に刻む。

出来栄えを確認するべく覗き込むと、刻まれた景色でしかないはずの竜の相貌がギョロリと動いた。

青年でも、私でもなく、少女へ。
その目玉の動きは竜を捉える私と同じだった。

鉄製の三脚杖を蹴り飛ばす。

雷が落ちる。

【続く】

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