知らないラッパーが家にいる
朝起きると、知らないラッパーが家にいた。
ネックレス、キャップ、ジーパン、大きな口、高そうな時計、黒い肌。
椅子に収まりきらない大きな体を立ち上がらせ、バスケットボールを片手で掴めそうな手を僕に伸ばす。恐る恐るその手を握ると、彼は笑顔でしっかりと握り返した。
旅行に行った両親の話は本当だった。
外国人のラッパーが、我が家にやって来た。
彼はクラスメイトとなった。制服に身を包んでも彼はラッパーで、自己紹介はサムズアップひとつで拍手が湧き上がった。当然、常に人だかりができた。余計な心配で伸ばした手を下ろし、ひとり放送室へ向かう。
古びたドアを開け、古びた機材が並ぶテーブルに座る。昼休みに時間を取られるため放送委員は不人気だが、狭い部屋は1人でも寂しくならないから好きだ。
ノックが聞こえた。ドアを開けるとラッパーが立っており、どこからともなく取り出したマイクを持って機材を指差していた。招き入れると、彼は手慣れた様子で古びたマイクと自前のマイクを入れ替え、僕に握らせた。
止める間も無く放送時間が来た。観念して放送スイッチを押す。ラッパーは僕の背をどんと叩いた。
不思議と嫌じゃない。
「お昼の放送を始めます」
一拍遅れて廊下で放送が反響する。それは違った。毒気が抜けたような、透き通るような、まるで……濾過だった。初めて喋ることが楽しいと感じた。
クラスに戻るとラッパーはさっきの放送について質問責めにあったが、ノーと言いたげに首を振り、僕の喉を指差した。
クラスメイトは僕へ振り向く。
「すごいじゃん」
放課後、ようやく人が捌けた教室でラッパーは壁に貼られた委員名簿の放送委員を指差す。2人目はどこなの、と聞きたげに。
不登校になった僕の幼馴染。放送室でこっそりゲームした記憶が蘇る。
「学校、嫌なんだって」
案内しろ、の目が僕を見つめる。
彼は笑っていない。
【つづく】