ミシュ伝説:『ヴィントリーの戦い』外伝

Dubh Rois do ba ríoghdha a mhais

ドゥブ・ロシュ、彼の顔は風格があった、死の波が彼の手の上に来るまでは。
私は今悟って、涙を流す。寝椅子にいるロシュの若者のドゥブ・ロシュ。
薔薇の選んだ選り抜きの栄光であるドゥブ・ロシュは武器の力の源だった。
グアリは恩恵についてそれほど心が広くはなかった。破滅した故郷とは彼のいないアイルランドだ。
死の運命は強大だった。彼は白鳥よりも美しかった。私の才知に溢れた学びの子。私のアイルランドの愛する人は愚かしくも、今は逝ってしまった。
彼との夜は短いように思えた。クロウタドリが声を震わせるまで、私は彼と一緒にいた。彼の美しい姿が最も逞しかった時に、それでも彼は痩せた猟犬よりも細身だった。
コンガル・カシュの末裔は食事の際に決して住居に閂や戸を立てるようなことはしなかった。彼の傍で詩人が歩いている時、ロシュの英雄は決して馬上にいることを善しとしなかった。
彼は虐殺から遠ざかることを不名誉に思った。彼は休息を愛する戦士ではなかった。強きドゥブ・ロシュは青き槍を恐れて踵を返すことはなかった。戦いに従事する時、英雄は三つの色になった。彼が怒りに囚われる時、白と赤と黒になるでしょう。
彼に夢中になっている乙女は完全なる喜びを与える。女はロシュの女王の息子の灰色の瞳に巻髪の房を映している。
私たちは徒歩ではなく、ロシュの寛大な英雄がいるシュリーヴミシュに馬に乗って蜂蜜酒を飲みに東へ行く。
馴染みのある猟犬の子犬。彼は素早く、奴隷ではなかった。全ての女性を虜にした、私の愛するドゥブは色白で血色が良い。
クリーナの波と風は彼を悼んだ。人々がそうするのは不思議ではない。ドゥアの息子の河川や浅瀬の嘆きはやまなかった。
美しいケルトハルの息子のドゥバンの息子、過熱した戦いを避けなかった者。彼は波で[溺れ]死ぬまで決して戦いから手を引かなかった。そして彼は手ずから百人を打ち倒したのだった。
メイヴとアルスター人の血が彼の中に流れていた。そして彼の頭上には加護の輝きがあった。猛きレンスター人の血が美しく輪で飾った戦士に滴り落ちた。
トラグ・ロシュの血気盛んな若者。恐ろしい略奪者たち皆を追い立てた。
彼は決して襲撃で背を見せない。なぜなら彼には後ろを見ることは不法だったからだった。
クリーナ・カシュ出身のケルトハルの孫は屋敷の中に数多くの寝椅子を有する。彼は敵を引き裂くのに後戻りしなかった。美しい姿のロシュの英雄を数快活で無謬な多くの女性たちが抱きしめた。
マックコンと偉大なマクニアの末裔、彼に抗うことは愚かしい。彼の優しさは何にも代えがたく、それゆえ女性たちは彼に言い寄った。
美しく輝かしい武装をしたルグの末裔、ルグのように多く[の女性]に言い寄られた私の恋人。英雄は才気に優れた。見目麗しいドゥブは森の上の太陽のようだった。
ダーレの娘が彼を促し、彼はミシュの平野を越えて跳んだ。それでも、ガヴラの女性が彼に子を産むということは、勇敢で強いクロウタドリ(lon:首長の比喩)に禁じられていた。
ベリーの色のように命の熱を輝かせる彼の頬はとても悲しい光景だ。主よ、天国に最愛のドゥブを迎えているあなたが美しい若者に恵みを与え給え。
彼は僧侶で、鍛冶師で、船首の勇士で、厳めしい城を奪取する英雄だった。浜に寄せる波は激しくなかった。
私は本当にルグの如く輝く賢い英雄を愛していた。また、別の時には私の最愛の若者、ドゥブは高貴な詩人だった。
惜しむことがなかった寛大な彼を生き延びさせ給え。私の嘆きの声はやまない。主よ、城でこれまでで最も快い男である美しい英雄に恵みを与え給え。
ロス・アリスレで彼は生き残らなかった。不幸のせいと責められるべきではない。私の愛しの白い歯のドゥブは最初に行った主張で失敗しなかった。
大小の名誉において彼は立派だった。私は声に出して彼を涕泣することができなかった。彼は多くの家があるタラから出た血筋。ドゥブから離れるのは嫌だ。

 Dánta do chum Aonghus Fionn Ó Dálaighより。アンガス・フィン・オダリーという16世紀後半の詩人の作と伝わるが確実とは言えない。いくつかの手稿の文頭にはダーレ・ドイドゲルの娘ミシュとある。このダーレとはヴィントリーの戦いでフィン・マックールに敗れて死んだダーレ王のこと。この歌はミシュが恋人のドゥブ・ロシュの死を哀悼して詠んだものとされる。しかしいくつかの点で現存する物語に合致しない。例えば、ミシュがアイルランド人であるのは『破滅した故郷とは彼のいないアイルランドだ。』の文言から明らかだ。また、ドゥブ・ロシュとミシュが溺れて死ぬ英雄と嘆く恋人であるという点では、「ヴィントリーの戦い」のカイルとゲイルヘス、古老たちの語らい版「ヴィントリーの戦い」のカイルとクリズィ(Creidhe)に相当する。18世紀頃の作とみられるドゥブ・ロシュとミシュの悲恋の物語を以下に紹介する。

The romance of Mis and Dubh Ruis

 ダーレ・ドイドゲルの娘のミシュが彼の伴侶である、マンスター王フィデルミド・マククリファンの竪琴演奏者ドゥブ・ロシュを哀悼してこれを歌った。それというのもミシュを取り押さえて正気に戻したドゥブ・ロシュに報いるためにフィデルミド王が下賜した貢ぎ物を彼が取り立てに来た時にクラン・モーリスの兵士たちが殺してしまったからである。なぜなら彼女は父親のダーレ大王がアイルランドを征服しに来てヴィントリーの戦いで殺された時から狂人ゲルトとなって、140年(あるいは300年だとも伝わる)にわたってケリー州のトラリーの近くにあるクラン・モーリスの領地にあるスリーヴ・ミシュ(ミシュの山)にいたのだ。彼女は彼の一人娘だったので連れて来られていて、戦いが終わった時に彼女は他の大勢の者とともに死体の山の中で父親の姿を探して、父の身体にたくさんの傷がつけられているのを見ると、彼女は傷口から血を舐め啜り始め、とうとう彼女は狂気の熱に駆られてスリーヴ・ミシュに飛び立ち、前に述べた時が来るまでそこにいた。それで毛髪が伸びて地面に垂れ下がるほどになった。そして手足の爪は大きく成長してたので彼女に出会ったなら獣も人も即座に引き裂かれてしまうほどになった。
 そして彼女はとてつもない速さで狂ったように飛び回って風のように走り、気に入った物が何であれ追いついてしまうので、彼女は獣も人も殺しはしなかったがその血肉を望めば飲み食いできた。またフィデルミド王が彼女を如何なる理由であっても殺してはならないと布告したため、クラン・モーリスの領地と呼ばれる地方に彼女を恐れて人々も牛も寄り付かない荒地が出来た。しかし彼は彼女を生きて連れてくるか捕らえた者にはその領地の徴税とともに莫大な報酬を与えると約束したのだった。
 多くの者が彼女に挑戦しようと次々と旅立ったが、大部分の者は彼女によって冒険の中で非業の死を遂げた。しかし最後にフィデルミド王の竪琴奏者ドゥブ・ロシュが竪琴で彼女に挑んでみるつもりだと言った。王は彼の事を笑ったがドゥブ・ロシュは手のひら一杯の金と銀を要求したが、それは冒険のために必要だった。王は金と銀を与えると彼はすぐさまスリーヴ・ミシュに行った。そして彼がその山にたどり着くと、彼は彼女が見つかると思われた場所に外套を敷いてその縁に金と銀をまき散らして座り込んだ。彼は仰向けになって竪琴を持った。そして彼女と寝てねんごろになれば彼女の正気を取り戻すことができる良い手段になるだろうと考えたのでズボンを開けて、彼自身をむき出しにした。音楽を聴いた彼女がその場に来るまでそう長くかからなかった。そして彼女は野生の獣のように彼を見て、音楽を聴いていた。
「お前は人ではないのか?」
彼女は言った。
「人だよ」
彼は言った。
「これは何だ?」
竪琴に手を触れて彼女は言った。
「竪琴さ」
彼は言った。
「あ、あ! 竪琴のことを思い出した。お父様がそれに似た物を持っていた。それを奏でてほしい」
彼女は言った。
「そうするとしよう。だが、私に危害を加えるようなことはするなよ」
彼は言った。
「やらない」
彼女は言った。それから彼女は金と銀を見て言った。
「これはなに?」
「金と銀さ」
彼は言った。
「思い出したわ。お父様が持っていた。ああ、あああ!」
 それから彼女は彼を見て、むき出しの男根を見つけた。
「これはなにかしら?」
彼女は袋(陰嚢?)を指して言った。そして彼は彼女に話した。
「これはなにかしら?」
彼女は見つけた別のものについても尋ねた。
「それは”お手柄”の棒さ」
彼は言った。
「それは思い出せないわ。お父様はそんなもの持っていなかったもの。
”おてがら”の棒、ねえ、”おてがら”ってなに?」
彼女は言った。
「私のそばに座りなさい。”お手柄”の棒をきみに披露しよう」
彼は言った。
「そうするわ。あなたのとこにいる」
彼女は言った。
「そうしよう」
彼はそう言って、彼女と寝てねんごろになったのだった。
「あっ、あ゛っ、あ゛っ、”お手柄”、ね。…ねえ、もっと」
彼女は言った。
「そうしよう。だが、まずは竪琴を演奏しよう」
彼は言った。
「竪琴のことはいいから、”お手柄”を挙げて」
彼女は言った。
「食事をしたい、お腹がすいたから」
彼は言った。
「鹿を狩ってくるわ」
彼女は言った。
「そうしてくれ、私は自分のパンを持ってきている」
彼は言った。
「どこにあるの?」
彼女は言った。
「ここにある」
彼は言った。
「ああ、パンのことを思い出した。ずっと昔にお父様が食べていた。[あなたは、]離れて行ってしまわないで」
彼女は言った。
「離れないさ」
彼は言った。
 彼女が鹿を縊り殺して抱えて帰ってくるまで長くはかからなかった。彼女はそのまま引き裂いて食べようとちぎっていると、ドゥブ・ロシュが彼女に話しかけた。
「待ちなさい。鹿から血を抜いて、肉は調理しよう」
彼は鹿の喉を切って、その皮を剥いだ。そして森で焚き木にするため柴を刈って、花崗石を集めて積み上げ、それらに火をつけた。彼は穴を地面に掘って水で満たした。それから彼は肉を切って、茅で包んでわら縄で括ると穴の中に入れてよく火が通るように沈めると、真っ赤に加熱された石を水中に入れた。そして肉が調理できるまでじっくりと煮込んだのだった。
彼は穴からそれを取り出すと、鹿の脂をとって煮えた湯に溶かした。それから彼は鹿の毛皮を敷物にして肉とパンを広げて置くと、彼女に来て料理を食べるように言った。なぜなら彼女は彼の事を穏やかに、不思議そうにずっと見ていたからだ。
「思い出したわ。お父様が食べていた調理されたお肉。こうするのが一番だって知ってたけれど、私はこんなふうに食べてこなかった」
 そこで彼は彼女のためにパンをちぎり、肉を切り分けてあげると彼女は物静かに満足そうに食事をして、ついに彼女と一緒にいてくれさえするのなら、彼が何を言ったとしても従うと言った。そして彼は彼女に、外套(あるいはかぶと)に入れた新鮮な水を持ってきて彼女に飲ませたのだった。
 それから彼はぬるくなった煮汁と鹿の脂を溶かした湯が満たされている穴に彼女を連れて行って立たせると、鹿の毛皮を手に取って彼女の身体をこすったり揉んだりして、そして鹿の脂や煮汁で磨きあげ、しまいに丁重に扱って彼女を清め、汗を流させた。
 彼は葉や苔やイグサで彼女のためにベッドをしつらえ、鹿の毛皮を敷くと彼の外套を彼女に掛けてあげた。彼は隣で寝て、ねんごろになり、朝になるまで彼らは眠った。しかし彼は朝になっても彼女を起こさずに立ち上がると衣服を身に着け、梁を彼女の上に渡して掘っ立て小屋を作った。彼女は夕方になるまで目を覚まさなかった。そして彼のことが見当たらなかった時に、彼女は泣き出して言った。(そして彼は密かに彼女のことを聞いていた。)
「私が涙を流すのは黄金や竪琴の音色や陰嚢(?)のためではなく、ラグナルの息子のドゥブ・ロシュが持っていたお手柄の棒のため」
 彼は二か月間その山に彼女と居て、今まで描写してきたとおりに体を磨き洗い続けて、最後には毛がさっぱり抜け落ちて(獣の荒野から人間社会に帰ったことの比喩)彼女は心と記憶、正気と理性を取り戻した。そしてドゥブ・ロシュは相応しい衣装を彼女に身につけさせて家に連れ帰った。そして、彼女が狂気の中で山で過ごした日々と同じ姿だったと記されている。ドゥブ・ロシュは彼女と結婚して、四人の子宝に恵まれた。彼女は当時、マンスターの女性の中でも最も美しく才知に溢れていた。

 Great Irish short storiesより。前に紹介した物語とかなりノリが違っていて、最後は死別という悲劇に変わりないものの、下ネタによるコメディや、愛する人との子供たちという救いが与えられているのが印象的。
補足すると、ダーレ王とフィン・マックールの時代から300年以上が経過しており、西暦820年から846年に在位したマンスター王フィデルミドの時代に舞台が設定されている。
この物語では、ミシュは相応しい男性と出会って正気を取り戻すという物語を持つ王権を表す典型的な女神である。ドゥブ・ロシュは詩人であるものの、中世の系図の中にはドゥブ・ロシュの名前がダール・ガシュという王族の系譜の中に挿入されている。ドゥブ・ロシュというキャラクターの原型がダール・ガシュに関連していたのかという問題はさておき、当時のマンスターで政治的に主流だったのはフィデルミド王を輩出したエオガナハト七家だったが、ドゥブ・ロシュの存在は後に台頭してくるダール・ガシュ王朝の萌芽であると神話的に解釈することもできよう。ちなみにダール・ガシュ王朝の代表的な王が一度はアイルランド全土を支配した上王ブライアン・ボルである。詳しくはwiki参照。
ミシュは近世の物語では、ドゥブ・ロシュという恋人と関連づけられているが、それより古い中世の物語ではカイヴィン・コンガンフネス・マクデガというマンスターの戦士の妻である。いずれにせよ、ケリー州のスリーヴ・ミシュという山の地名にまつわる伝承がある。このカイヴィンはコンガンフネスとも呼ばれており、親戚であるクーロイ・マクダーレがクーフーリンに殺された後に仇討ちのためにアルスターで暴れまわった人物だった。最終的に彼はケルトハルによって殺害される。最初に紹介した物語で、ドゥブ・ロシュがケルトハルの孫として設定されているのが興味深い。

次に紹介するのは散文ディンシェンハスのスリーヴ・ミシュ伝説。ディンシェンハスとはわかりやすく例えるなら風土記に記載されてる地名伝承のような伝説集のこと。

ディンシェンハス

1.赤き剣のカリドの息子の強大なマイリドの娘のミシュはデザの真なる血統に永遠に冠たる山を彼女自身の特別な所領として得た。
2.活発なマイリドの偉大な息子たちがシンの土地を去った時――
(エフとリー、王族の一団、最初に不幸によって放浪を始めた者たち)
3.厳然たる傷を応酬するカイヴィンはその集団の高貴な女性を娶らなければならなかった。ミシュは決してそれから離れることはなく、婚礼の贈り物としてシナハの丘を得た。
4.鋭敏なデザの息子の猛きシナハその山で死んだのだ。そこは芝でびっしりと覆われていて、彼の砦は彼の敗北の悲しみを物語っている。
5.兵士たちの林立した刃の上で、マイリドの愛多き娘のミシュは並々ならぬ熱意と契約によってシン・ミシュの山の高貴で幸運なる称号を得た。

 ミシュの夫であるカイヴィンはボドリアン図書館に収蔵されている写本ではカイヴィン・コンガンフネスという名前になっている。先述のとおり、ケルトハルに殺された戦士として知られている。ミシュはマイリドの娘であるが、マイリドの息子たちはとある理由から住み慣れた土地を離れて旅に出ていく。この放浪の旅は「マイリドの息子のエフの最期」という物語で語られている。

Aided Echdach maic Maíreda

 カリドの息子マイリドという善良な王がマンスターを統治していた。 彼にはエフとリーという、二人の息子がいた。グアリの娘エイブリウはマックオグの宮殿の出身(ブルー・ナ・ボーニャのこと)で、マイリドの妻だった。 彼女は彼の息子、エフに、ありもしないことを吹き込んだ。
(マックオグの宮殿とはオェングスのボイン川の宮殿、ブルー・ナ・ボーニャのこと。また、今ではこのエイブリウからスリーヴ・エイブリウ、または「エイブリウの山」という名前が付けられている)
彼女は時間をかけて若い男を説得して、とうとう彼が彼女と一緒に駆け落ちすべきだと強くを働きかけた。 リーは兄弟に、自分を恥ずかしく思うのではなく女性を連れ去るべきであり、彼も国を出奔するつもりだと言った。
 そこでエイブリウと共にエフは駆け落ちし、リーは彼らに同行した。 彼らは総勢で千名となって、家畜の群れを連れてくるというやり方で旅をした。彼らの占い師は、彼らが一つの場所に上陸して集落を作り上げるのではなく、ベラハジャーリャグ「二つの敷石の道」に従って別れる運命であると彼らに告げた。 リーは西に向かって「ミディールとマック・オグの遊戯の国」、あるいは「白い平原」に向かった。 ここで、かつて彼らの馬を殺していたミディールが、荷鞍をつけた馬一頭を端綱で牽いて彼らのところにやって来た。その上に彼らはすべてのものを積み込み、彼はそれをアルヴィウの平原、つまりリー湖が今日ある場所に運んだ。この地点で、馬は彼らと一緒に横になり、そして再び立ち上がった、そしてその場所で噴水が爆発し、それは突如として彼ら全員を圧倒し、溺死させた。まさにこれがロッホ・リー「リーの湖」である。
 一方、エフは旅を続けてマック・オグの宮殿にたどり着いた。背の高い男が彼らのところにやって来て、彼らを国外に追い出そうとしたのだろうが、彼らは出て行かなかった。その夜、男はすべての馬を殺した。翌日、彼は彼らのところに戻ってきて言った。
「あなたがたが立っている土地から去らない限り、今夜、私はあなたのすべての民を殺すぞ」
エフはこのように答えた。
「あなたが私たちの馬を全て殺してしまって大いに我らを困らせている。それがなければ、私たちが望んでいたとしても、出発することはできない」
オェングス・マック・オグは彼らに素晴らしい馬を与え、彼らはその上にすべての旅装を積み込んだ。彼は、馬が立っているところで彼らの死期が訪れるということが起こるといけないから、途中で馬から積荷を降ろさないように、またどんな時も止めさせないようにと彼らに厳命した。それから「収穫の真ん中の月」、つまり九月の日曜日に、彼らはアルスターのリアスムニ「灰色の茨の茂み」に向かって出発した。そこでは、彼らのうちの一人として自分たちが来た道に振り返ることはなく、彼ら全員が馬に寄り集まって一度にすべての荷を下ろした。そのため、馬は彼らと一緒に立っていた。そしてここにも噴水があった。この上にエフは家を作り、井戸を蓋で覆ってそれを女性に習慣として世話させた。そしてフィアハの息子ムレダッハに対して、彼は結果的にアルスターの半分の支配権を主張した。だが、女性が井戸を閉じていなかった時に「茨の茂みの水」が吹き上がってリアスムニを水没させた。そこでエフはリーバンと、ダール・ムアンとダール・サルニの祖となったコナインと”半分の理解の”クルナンを除くすべての子供たちと一緒に溺れ死んだ。本当のことなのだが、クルナンはもうまもなくして湖がどのように彼らを鎮めるかを予言していた。
「来い、来い!櫂を掴んで、船を漕ぎだせ!灰色の洪水がリアスムニを覆う。広い海でアリウとコナインは溺れるだろう。四方の海を西に東に浮き沈みして泳げ!」
このことは彼自身にも当てはまっていた。なぜなら、三百年間、リーバンは海を旅して、彼女がどこに行ってもカワウソの姿になった子犬がすぐ後ろに離れることなく付き従っていたからである。そしてインレの息子のビーアンが彼女を網で掴まえた時に、彼女の運命を告げたのは彼女だった。その時に彼女は以下の文言を唱えたのだった。
「エフの湖の下に私は今住んでいます。かつて馬の一団が踏みしめた固い地表は私のはるか頭上にある。丸い船体の下が私の領分です。波が屋根となって、岸は壁……」
これはアイルランド中にアルスター人を広げるのに最も貢献したものだった。エフの湖、つまり「ネイ湖」」の噴出である。彼女は洗礼を受けた後は、ムイルヘン、すなわち「海の誕生/海の宝石」という別の名を与えられた。彼女の半分は鮭であり半分は人間だった。そして彼女のために吟遊詩人はこれらの四行連句を歌った。
「特別な美徳に満ちた誇り高いエフの娘の誕生である”海の誕生”は...」
リーバンとアリウはエフ・フィンの娘だった。クルナンの妻アリウはそこで溺れ、彼は悲嘆にくれて死んだ。よってクルナンの塚の名前の由来となった。そしてそれはクルナンが作ったものだった。
 さて、リーバンは一年間子犬を連れて湖の下の休息所にいた間に、神がネイ湖の水中から彼女を見守っていた。彼女がある日言った。
「神様、波に洗われ、あるがまま泳げるから鮭の姿になるべき人を祝福なさってください」
それから彼女は鮭の姿に変わって、子犬はカワウソの姿になった。そうして、子犬は彼女の進路がなんであれ、どこに行こうと、水中の航跡をすぐさま辿って行った。このようにして彼女はマイリドの息子のエフの時代からバンゴールのコヴガルの時代まで過ごした。ダヴェオグの農場からそのコヴガルがインレの息子のビーアンを遣わして、グレゴリウスの説教を行い、あるべき秩序を取り戻した。ビーアンの部下たちがそれで航海していると、革船の下から天使のような歌声が聞こえてきた。ビーアンは言った。
「どこから歌が流れてくるのか」
「私が歌ったのです」
リーバンが答えた。
「お前は何者だ」
ビーアンは追及した。
「私はマイリドの息子エフの娘、リーバンです」
「では、どうしてこのようなことをしているのだ」
彼女は答えた。
「これまで三百年間、私は水中にいました。私が来ている目的は、私が西に行って、オラーバの河口であなたに会うつもりだということを伝えるためです。十二月のまさにこの日に、ダール・ナラディの聖人たちのために、私の約束をあなたは守らねばなりません。そしてそのことをコヴガル、そして同じ様に他の聖人たちにもあなたが告げるのです」
「対価が支払われなければ、そうするつもりはない」
「あなたが求める対価はなんなのですか」
「私の修道院にあなたを埋葬したかった」
「そうなるはずです」
彼女は答えた。ビーアンはその後、東方から帰って他の聖職者たちと一緒にコヴガルのところに戻ってムイルゲルト、すなわち人魚について全てを話した。(ムイルゲルトは海の狂人の意味。ミシュがゲルトと呼ばれていたことに留意)
こうして一年が過ぎた。海岸であらかじめ指定された場所に網が用意されて、彼女はミーリックでフェルグスの網にかかった。彼女が陸地に連れてこられたところ、彼女の容姿は素晴らしかった。大勢の者が彼女を見に来た。そして、彼女は水が入った容器の中にいた。他の者と同じように、ウィ・ホナイン(コナインの子孫)の首長がいて、紅の外套を羽織っていた。彼女はじっとこれを見つめた。その戦士はねだっているのかと思って言った。
「あなたが外套にご執心なら、差し上げましょう」
彼女は答えた。
「いいえ、それが欲しくて見ていたのではありません。ただ、エフが溺れ死んだ日に身に着けていたのが紅の外套でしたから」
彼女は付け加えて言った。
「それでも、あなたの申し出への恩返しに、あなたとその後継者に幸運を授けます。その者が出席しなければならない会議がなんであれ、あなたがたの代表者が(当主と後継者の)どちらかと尋ねられる必要はなくなるでしょう」
そこに凶暴な顔つきの偉丈夫の英雄がやってきて、彼女の子犬を殺した。彼女は、彼と彼の国が取るに足らない敵を除いて決して勝利することなく彼女の近くで贖罪の断食をするまでは、彼らへの悪行のために仕返しができると言い残した。そこで年若い英雄は彼女に跪いた。
さて、彼女の所有権をめぐって、諍いが起こった。コヴガルは彼女が彼の国で捕まったので、彼のものだと言った。フェルグスは幸運にも彼の網で彼女を捕まえたので彼のものに違いないと続いた。ビーアンは彼女が約束したので彼のものだと念押しに断言した。このようなわけでこれらの聖人たちは、この事に関する彼らの論争について神が彼らの間に裁定を下されるように、完全に断食した。
天使がある男に言った。
「カーン・アレン(アリウの塚)から二匹の鹿が来る。これらに軛をつけて、[リーバンを乗せている]戦車を牽いて行くのがどの方角であってもそのままにしておきなさい。」
翌日になって天使が予言したとおりに鹿がやって来て、彼女をテハ・ダヴェオグに乗せて行った。それから聖職者は洗礼を受けてすぐにその場で天国に行くかどうか、あるいはもう一度三百年間過ごして多くの者の寿命を超越して天国に行くのかを彼女に選ばさせた。彼女はその場で旅立つことを選んだ。コヴガルは彼女を洗礼し、先述の通りに名前を与えた。それはムイルヘン「海の誕生」という名前か、あるいはムイルゲルト「海の狂人」だった。彼女の別の名前はフィンフェといった。
その場で彼女は奇跡を起こして、神が天国で授けた名誉と崇敬を永久に享受している。

人魚リーバンはミシュの姪にあたり、「三百年さ迷った」こと、「狂人である」こと、「捕まって人間社会に帰る」などの共通点がある。また、彼女は女神ボアンとも類似しており、「女性の過ちにより洪水が起きた」「子犬が付き従った」といった共通点を見いだすことができる。

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