【短編】教えて、ともくん
あ、ともくん? 元気にしよん? 朝早くにごめんね。うんうん。いやええんよ、私のことは。何言よんよ、大丈夫よ。世話ない世話ない。血圧の薬も忘れず飲みよるけん。あのともくんが教えてくれたお薬カレンダーのおかげよ。ともくんは何でも知っとるねえ。うんうん。ほんで転勤先はどうなんよ。うんうん。ほうで。それは大変やねえ。うんうん。でも、あれやろ、部長さんは優しいんやろ。ええことよ。いやあ田舎っていうても、こっちよりは都会やろ。うんうん。あ、そうそう。いやあねえ、急ぎやないんよ? 今は時間あるん? うんうん。ほうなんやねえ。そりゃ、あいちゃんも大変やねえ。そっちでも友達ができたらええけど。今度二人でうちに泊まりに来てよ。いやいや、なんで実家で寝るんが嫌なんよ。何年も寝よったやん。ああそうそう、いやあ、そんな大したことやないんよ。時間があるならと思って。うんうん。ほうで。ほんならええけど。ともくん朝苦手やのにごめんよ。いやあ、ちょっとどうしても教えてほしいことがあってね。
昨日ね、いつも通り、夜に寝よか思って布団入っとったらね、いつもはこんなことないんよ? いつもはないんやけどね、隣のお父さんの部屋から、ううう、ううう、って呻き声みたいなんが聞こえるんよ。すごい低い声でね、最初はなんか重いもんでも引きずりよる音か思ったけど、よう聞いたら動物の声みたいなんよ。ううう、ううう、って。
ほんでね、もしかしたらなんか悪いことが起こっとんかもしれんって、予感がしたんやけどね、立ち上がろうとしたら体が動かんのよ、全く。敷布団に吸い付けられて。そうそう、これ金縛りや! て思ってね。でも前にともくんが教えてくれたやん。金縛りっていうんは血流のなんかで、寝る体勢が悪くて体が痺れとるだけやって。医学的に説明できるんやって。お医者さんやないのにえらいねえ。まあ私はもう歳やけん、そもそも体が悪いってこともあるやろうけど。まあどっちにしても、動けんけんね、なんとか必死で力入れたり、体を揺すったりはするんやけど、それでも駄目なんよ。うんともすんとも言わんのよ。
その間にね、ううう、ううう、って隣の部屋から聞こえる声が、ちょっとずつね、大きくなっていくんよ。ほら昔、散髪屋さんの角のとこに黒い大きい犬がおったやろ。小林さんちの。ドーベルマンいうんかいね。あの犬が、近づいてきた人に威嚇するみたいにね、ううう、ってずっと言よんよ。あれ、そういえば昔さっちゃんが、お父さんの畑の側であの犬に手の指何本も噛まれて、血出て大変やったねえ。首輪がよう切れるんやったら、ちゃんと檻の中入れとかないかんわいね。お父さん全く関係ないのに、自分の畑の近くやけんって何回も謝りよったけど。そうそう、さっちゃんも結婚したらしいね。あの時に取り返しつかんことにならんでよかったわい。あれ、左の薬指は残ったんかいね?
ほんで昨日の夜の話よ。私もね、布団の中で動こう動こうってしたらね、勝手に声が出るんよ。隣の部屋から聞こえるんと同じような感じでね、うう、うう、って。せっかくお風呂入ったのに、全身汗かきながらよ。最近は涼しくなってきたのにねえ。そっちも涼しい? うんうん。ほうで。ええことよ。
そんなことしよったらね、ガチャンって、隣の部屋の扉が開く音してね。それと同時に、ううう、って声が聞こえんくなったんよ。でも、今度は私の方が苦しくなって、体が全部ぎゅって固まったみたいで、粘土の中に埋められたみたいで、爪は手のひらにざっくり刺さっとるし、ふくらはぎは薄い筋肉が今にもつりそうやし、喉は熱くて咳が出そうやのに、ほとんど閉じとって出んくて、息苦しくて、瞑っとる目にも汗が入り込んできて、沁みて痛くて、大変やったんよ。
ほんならね、隣の部屋から足音が聞こえてきたんよ。ぺたっ、ぺたっ、て。ともくんも聞き馴染みあるやろ、あの湿った足音よ。やけんちょっと安心して気持ちは落ち着いたけど、それでもまだ体はしんどくて痛くて、その足音が近づいてくるんを待っとったら、私の部屋の扉が開いたんよ。
助けてって言いたかったんやけど、相変わらず喉は閉じとるけん、必死で、うう、うう、って伝えるわけ。どうにかしてって。助けてって。ほしたら、両肩に手が置かれて、その瞬間にすっと全身の力が抜けて、喉も通って、呼吸できたんよ。肩を揉んでもらって、私は目閉じたままで、ゆっくり呼吸を整えてね。そのまま、顔の汗もタオルで丁寧に拭いてくれたんよ。
「心配せんでも大丈夫よ、世話ない」
ってね、お父さんの声が聞こえて、お父さんの匂いもしたんよ。やけん助けてくれてありがとうって、答えたかったんやけど、今度は力が抜けすぎて、喋ることもできんくなってね。しんどいんやないんよ? すっごい落ち着いてね。何事もなかったみたいでよかった、これで安心して寝れるって思って。布団の中に、涼しい空気も吹き込んできて。
それでぐっすり寝てね。いま起きたとこなんやけど。すごいんよ。ずっとあったやん、頑固な肩こり。あれが治っとんよ。しかも気分もいいんよ、すっごい。目覚めもいいし。うんうん。ほうよ。よかったわい。変なことやなくて、よかったわい。
いやいや。分かっとるよ、お父さんが死んどることくらい。私まだボケてないけん。大丈夫よ。でもね、昨日の晩のことは、夢やなかったみたいなんよ。いやいや、それがね、枕元にね、お父さんがいつも首に巻いとったタオルが落ちとったんよ。あの、ともくんもよう知っとるやろ。農協のロゴが入った、ださいやつよ。ずっとお父さんの部屋のタンスにしまっとった、くたびれとるやつよ。
これは医学的には、どう説明できるんやろか。ねえともくん、教えてほしいんよ。
いつも難しい小説ばかり書くのですが、たまには子どもでも読める小説を書きたいなと思いまして。
※BFC6一次選考通過作品を一部修正。