表現について
先日、箱根に行ったとき、彫刻の森の中のピカソ美術館に行った。
そこでおもったのが、人間は理解しようとしたり、意味を見出そうとしたりしすぎだなぁ。。。という。
子供の頃を思い出せば、見えたものよりも、そのものを通じて、“思うもの”を自由に描いていた。(味が好きでもないのに、子供の頃なぜかキウイフルーツを何パターンもやたら描いていた記憶がある)
今、時々わたしも絵を描いたり、文章を描いたりするが、インスピレーションが、構築する中で弱まっていく感覚を覚えている。
インスピレーションに意味など、あるのだろうか。インスピレーションに意味づけする意味はあるのだろうか。
せっかくなので、インスピレーションのまま、自分が表現したいものをメモしておく。
●絶対的価値と相対価値
●新しい基軸(GDPでない)
●山と川と鹿
●拡張家族
ほんでこれを書いた気付きとしては、一番目、二番目、四番目は、社会や周りに訴えたい、提案したいことで、(ちょっと意味つけたがってる感あり)
ただただ故郷を想って、描きたいのが、山と川と鹿。瞼の裏に思い描いてるのは、帰りたいけど帰れない、時々涙目で思い描くような、モネぽいタッチを盗んで表現する感じ。昔はくっきりと脳に描けてた景色が、田舎を離れて長いために、思い描ききれないせつない感じを表現したい。