フルーレ・この世界最初の日の出を共に
──執事の皆と、団欒のような優しい時間を共にして年越しを済ませ、ここにいる時には珍しく夜更かしをして、私はフルーレにエスコートしてもらいながら部屋へ向かっていた。
「主様、ありがとうございます。今夜はすごく楽しかったです」
──「私こそ、ありがとう。皆と過ごせて楽しかった」
「俺は普段、夜っていうと地下室でミヤジ先生やラトと一緒にいるんですけど、こんなふうに全員で集まって……あの、主様も一緒で、楽しく出来るのもいいなって思いました。ミヤジ先生やラトとの時間も、家族と一緒にいるみたいな感じで好きなんですけど……」
──「地下室の皆は仲がいいね」
「はい、大事な存在なんです」
──「そういうのって、何だかいいな」
「そう言ってもらえると嬉しいです!」
会話を交わしているうちに部屋へ着いて、窓の向こうが少し明るんできていることに気づく。
──「もうすぐ日の出なんだね」
「本当だ。……あの、主様の世界では年が明けて初めての日の出を初日の出って言うんですよね?」
──「うん、向こうで毎年見に行ってるよ」
「そうなんですか。……主様、良ければ一緒に初日の出を見ませんか?せっかく、こっちの世界で新年を迎えたので……」
──この世界の澄み渡った空気に、初日の出は美しく映えるだろう。私は笑顔になって頷いた。
──「そうだね。ぜひ見たいな」
「そうと決まれば、夜明け前と朝日に映えるようにペイルブルーのコートをお召し下さい。きっと主様が、より綺麗になります」
「あと、マフラーは柔らかくて太めの毛糸で編んだ純白のものをどうぞ。手袋も色味をマフラーに合わせましょう」
──「うん、分かった」
「では、バルコニーまでご案内しますね!あそこなら主様も椅子に座って待てますから」
──「ありがとう、フルーレ。このコートとかも全部フルーレが作ってくれたんだよね?すごく着やすくて素敵だよ」
──私が素直に伝えると、フルーレは頬を染めながらも嬉しそうな笑顔になった。
「俺は衣装係ですからね!……それに、あの、主様のお召しになる衣装なら、どんどんアイデアが浮かんでくるんです!そしたら作りたくなりますし……」
──フルーレの真っ直ぐな心と熱意が伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなる。それにつられて、頬が熱を帯びるのを感じた。
──「フルーレ、ありがとう……嬉しいよ。フルーレはよく、私を頑張り屋さんって言ってくれるけど、フルーレこそ努力家ですごいって、いつも思ってる」
──「私は、向こうの世界で買った服も好きだけど、この世界でフルーレが作ってくれた服の方がもっと好きだよ」
「主様……ありがとうございます!さっそく作りたくなりました」
──「その前に、初日の出だね。綺麗なものを見たら、フルーレの創作意欲がもっと湧いてきそう」
「自然界からのインスピレーションは大きいですしね、俺、主様と見に行けるのが楽しみです」
──答えてくれる声は期待に弾んでいる。衣装への意欲が湧いたフルーレは無敵だ。楽しそうなフルーレを見ていると、こちらまで元気な気持ちになった。
──そして、二人で連れ立ってバルコニーに行く。椅子を勧められて座ると、フルーレが膝かけを柔らかくかけてくれた。
「主様、冷えますから、こちらを召し上がって下さい」
フルーレが手際よく湯気の立つカップを差し出してくる。準備がいいのは、前もって私と見る日の出について考えてくれていたのだろう。
──「ありがとう、ミルクティー?香りが……シナモンかな?」
──でも、シナモンだけではない複雑な香りがする。
「ミヤジ先生に教わったチャイです。スパイスの使い方がミヤジ先生らしくて、俺にも冬になると作ってくれるんですよ」
──「そうなんだね。……美味しい、ミルクとスパイスが相乗効果になってる」
──フルーレは私の様子を見て嬉しそうにしているけれど、冬の夜明け前の寒さに当たって、指がかじかんでいるのが分かる。
──「フルーレも飲んで温まろうよ」
「えっ?俺が?だけど、俺は執事ですし……」
──「フルーレが冷えて風邪をひいたら心配するし、二人で一緒に飲んだ方が美味しいから」
「主様……ありがとうございます!──では、お言葉に甘えさせてもらいますね」
──頷いてくれたフルーレに、咲きほころんだ花のような笑顔が浮かんだ。
──そうして、二人で熱いチャイを口にしていると、稜線の向こうから日が昇ってきた。
──「初日の出だ、すごく綺麗……」
「本当に綺麗ですね……俺は普段、夜明けも地下室で迎えるので……こんなに眩しくて晴れやかな夜明けは初めてです」
──「そうなんだね」
まばゆい太陽を見ていると、不意にフルーレが改まった様子になった。
「こんなに綺麗な日の出、新年の誓いをするのにぴったりですね。……あの、俺は、強さでは他の執事に負けてますけど……でも」
「俺に出来ること、俺にしか出来ないこと……これから、出来なかったことも強くなって出来るようになって……」
「その、えっと……主様が頼れる執事だと思ってもらえるように、隣にいられるように、頑張りますから、俺の傍で見ていて下さい!」
──「フルーレ……」
──「……その誓いは、きっと成就するよ」
「主様……?」
──「私は、フルーレの頑張る姿を見てきたし、何より、フルーレは何でも頑張っていて、それと……これからも、私はそんなフルーレを頼もしいって、見ていたいから」
「主様……それって……」
──「私も新年の誓いをするよ。心はいつだってフルーレの近くで、フルーレの努力を見てるから」
──フルーレの頬が赤く染まっているのは、寒さゆえか、それとも……。
──私はそれ以上考えるのは無粋に思えて、昇るお日様を見つめた。
「……主様、俺、今……何だかすごく胸のあたりが温かくて幸せです。この幸せな気持ちを服で表したら、きっとすごく温かみがあって、気高くて力強い服になるんだろうな……」
ぽつりと、噛みしめるように呟いたフルーレに……私は微笑みを返した。